私モブ（幽霊）だよねっ！

幽霊少女サイド

風花

　私は月子さんと会ってから猛勉強をした。
　幸いにも、北斗と一緒に勉強をしていたので、ある程度の勉強は出来ていた、だけど、三学期の追い込みは、あれはないと思う。

　もし、北斗と二学期分の勉強をしていなかったら確実に間に合わなかったと思う。
　そして、今日その成果を紙にぶつけてきた。

　全てが終わり、私はホッとしていた。
　私ひとりで帰らすのが怖いからと、お母さんが迎えに来るまで私はあの場所にいた。
　北斗と出会い、分かれたあの花壇に。

　出会った時は沢山の花が咲いていたこの場所。
　別れた時は初雪が舞っていたこの場所。
　彩実としては始めてきた場所だけども、スピカとしては懐かしい場所だった。

　私がスピカだった時の記憶は誰にも話していない、こんな非科学的な事は誰も信じないだろうし、もしかしたら、また病院に連れていかれるだろうから。
　だから、私に幽霊（スピカ）だった時の記憶があるのは月子さんしかいない。

　私の背後でジャリッという音と息を飲む音が聞こえた。
　私はまさか、と思った。

　だって、ここは彼にとって忌まわしい記憶となっているだろう、なのに、彼はわざわざここにくるのだろうか？

　あり得ない。

　そう思っているのに、私は期待していた。

　私はゆっくりと振り返ると、そこにはあの日と同じ北斗がいた。

　違うのはあの時よりもぐっと背が伸びた事。

　そして、子どものように丸みがわずかに残っていた輪郭がシャープになっている事。

　ずっと、一緒だったから気づかなかったけど、こうしてみると、彼は大人になっていた。

　私は愛想笑いを浮かべる。

　すると、北斗は顔をくしゃりと歪め、手を伸ばしてくる。

　あの人は違う。

　彼は今にも泣きそうな顔で、私に触れてくる。

　彼が触れる前に私はつい口を開く。

「第一声は、私の司狼にそっくりなんだ、だったっけ？」

　私に触れる手前で北斗は動きを止め、そして、信じられないように私を見る。

「………。」

　何か言いたげに口を開こうとするが、北斗は視線をさ迷わせて、そして、呆れたような顔でこう言う。

「スピカ、違うだろう、お前の第一声は「うそだ」の絶叫だろう？」
「そうだっけ？」
「ああ、自分の足元を見て、絶叫しただろう？」
「……そうだったかも。」

　よく覚えているな、と私は感心する。

「スピカ、俺は……。」
「北斗、改めて自己紹介させて。」

　何か言いたそうな北斗を遮り、私は一歩下がってから微笑む。

「私の名前は仙奈　彩実、「仙」は仙人の「せん」、「奈」は奈良県の「な」、「彩」は彩雲の「あや」、「実」は実るの「み」。
　今回の編入テストで合格なら、北斗と同じ学年になる予定です。」

　目を大きく見開く北斗に私はクスリと笑う。

「知らなかったの？
　月子さんが特別処置として持ってきてくれたんだけど。」
「いや、誰かがテストを受けるのは知っていたが、お前だったなんて、何で言わなかったんだ？」
「それ私に対して？それとも、月子さん？」
「両方だよ。」
「月子さんは分からないけど、私は貴方の連絡先知らないよ？」
「……。」
「それに、貴方は私に会いたくないと思った。」
「なっ！」

　言葉を詰まらせる、北斗に私は苦笑する。

「だって、あんな別れ方をしたんだよ、正直どんな顔で会えばいいのか分からなかった。」
「……。」
「ごめんね、私さ、自分の体がまだ生きている事に薄々気づいていたんだけど、その体が一体幾つなのか、分からなかったから、北斗と会えるか分からなくって、自棄になってあんな滅茶苦茶なこと言ってしまった。」
「本当に滅茶苦茶だったな。」
「ごめん。」
「許すと思うか？」

　ジトリと北斗に睨まれ、私は首を竦める。

「許してくれないの？」
「……。」

　上目づかいで彼を見れば、北斗は大きくため息を吐く。

「お前な…質が悪いな。」
「何がよ。」
「……俺だって、お前を手放したくなかった。
　だけど、お前が生きているのなら、生きて会いたかった。
　こうして、触れたかった。」

　懐かしい、北斗の手が私の頬に触れる、その手は私が知っているよりも冷たかった。
　それもそうだろう、だって、スピカの時はどの時も彼は力を使って温かかったのだから。

「……ひゃっ！」
「――っ！」

　せっかくいい所だったのに、私の首筋に何か冷たいものが掠って変な悲鳴が上がってしまった。
　北斗も私の悲鳴に驚いて、手を離してしまった。

「何だ？」
「首筋に何か冷たいものが…。」

　半泣きで私が周りを見れば、晴れながら雪が舞っていた。

「雪？」
「狸の嫁入りか。」
「たぬき？」
「ああ、晴れながら雨が降るのを狐の嫁入りっていうだろう？」
「うん。」
「晴れながら雪が降るのを狸の嫁入りって言うんだ。」
「へー、私は風花って言い方なら知っているけどね。」
「そんな言葉があるのか？」
「うん、そっちの方が綺麗な言葉だから、私は好きだな。」

　私は晴れながら天から舞い散っている白い六花を見る。

「冷えるだろう、中に入ろう。」
「そうだね。」

　私は特にここに居る理由がなかったので、北斗について行く。

「スピカ…いや、彩実。」
「何？」

　屋根のある場所で足を止める、北斗に私は首を傾げる。

「時間はあるか？」
「うん。お母さんが迎えに来るまであと三十分くらいはあるよ。」
「三十分な。」

　一人頷く北斗に私は小首を傾げる。

「北斗？」

　私は彼の名前を呼ぶが、彼は応える事無く、私の手を引っ張ってまた歩き始めてしまった。

　もう、本当に一体何なんだろう？