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幽霊少女サイド

ぬくもりを感じて

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「………北斗、仕事終わったの?」

 私はあたたかな腕の中で、問いかける。

「ああ。」

 私はちらりと机の上を見れば山はまだ一山残っていた。

「……。」
「……。」
「……。」
「……嘘じゃ、ねえからな。」

 沈黙に耐えきれなかったのか、北斗はそんな事を言う。

「でも…。」
「あれは明後日提出分だから明日やっても問題はない。」
「……本当に?」
「ああ。」

 しっかりと頷く北斗に私は苦笑する。

「だったら、いいんだけど。」
「それにしても、疲れた。」
「お疲れ様、お腹すいたよね?」
「ああ。」
「なら、早く帰らないと、食堂の時間終わっちゃうよ?」
「もう、手遅れだ。」

 諦めたため息を零す北斗に私はえっ、と声を漏らす。

「どうするの?」
「部屋にカップ麺があったと思うから、それを食う。」
「いいとこのお坊ちゃんがカップ麺。」
「いいとこの坊ちゃんでも食うもんは食う。」
「そっか。」
「でも、今はこうさせてくれ。」
「……いいけど、こんなんやっても、何も満たされないと思うけど?」
「満たされるから、黙ってろ。」

 先ほどよりも強く抱きしめられ、私はおとなしく北斗の背に手を回す。

 トクン トクン、と北斗の鼓動を感じる。

 その体に流れる温かな血潮。

 それは北斗が生きているという証だった。

 でも、私にはその証がない。

 彼に伝わるものはない。

 北斗は何を思ってこんな泡沫のような、偽りの命を掻き抱くのか分からなかった。

 脆く、すぐに消えてしまいそうな魂。

 刹那、雰囲気をぶち壊すかのように、北斗の胃が空腹を訴えた。

「……。」
「……。」

 黙り込む、私たちだったけれども、また、北斗のお腹から獣の唸り声が上がる。

「ぷっ!」
「……。」

 くすくすと笑いだす私。

 ムッとした表情で黙り込む北斗。

 そんな可笑しな光景があったが、第三者が居れば、機嫌の悪い北斗しか映らないだろう。

「ふふふ、早く部屋に戻ろうか?」
「ああ。」

 北斗は頷き、カバンに筆箱などを適当に詰めた。

「スピカ、帰るか。」

 北斗は当たり前のように私に手を差し出す。
 私は北斗の顔とその手を見比べる。

「…スピカ。」

 手を振って北斗は私を促す。

「うん、帰ろう。」

 私は北斗の手を取る。
 あたたかくて、大きなその手が私の手を包み込む。

 北斗なら私の消えるその一瞬まで、この手を取ってくれるだろう。

 何となく、そんな確信が私の中であった。
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