逆行したら別人になった

弥生 桜香

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第一章

真綿の記憶3

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 義父と義母が往診に行くと決まって二日経った朝。
 彼らは目的地に向かうために馬車に乗った。

「姉さん。」
「ごめんなさいね、娘を、マラカイトをお願い。」
「……。」

 唇を噛む義母の妹は義母には見えないように憎々しそうに私を睨んだ。
 彼女に嫌われているのは赤子の時から知っている。
 そして、その恨み、妬みなどの感情は年々深まるばかりだった。
 だけど、義母たちの前では綺麗に隠すものだから、私は何も言わなかった。
 …もし、義母たちが気づいていても多分私は言わなかっただろう、だって、当然の事だから。
 彼らの畏怖は当然なのだから。

「マラカイト、帰ってくるからね。」
「……。」

 義母はその暖かな手で私の手を握る。
 私はその手が離れてからポケットに入れていた二つのお守りを差し出す。

「これは?」
「おまもり。」
「……ありがとう、マラカイト。」

 綺麗に縫われているそれを受け取り、義母は私を抱きしめる。

「絶対に帰ってくるわね。」
「うん。」
「早く帰ってくるわね。」
「うん。」

 義母はまるで自分に言い聞かせるようにそんな言葉を紡ぐ。
 もしかしたら彼女は気づいていたのかもしれない。
 この先に待ち構えているのが死神の鎌である事に。
 死への旅路の一歩を踏み出してしまう事に……。

「貴女は大人しいし、賢いから、何も注意はしないわ。」
「……。」

 その言葉に、私はギュッと彼女の服を掴んだ。

「そろそろ時間だ。」
「ええ。」
「行ってきます。」
「いってらっしゃい。」

 名残惜しそうに離れる手。
 揺れる長い髪。
 華奢な体に義父の逞しい腕が回される。
 その姿は「前」でよく見た背中によく似ていた。
 戦地に向かうその背。
 もう二度と戻らない、背――。
 もし、私のこの目が乾いてなければ涙が零れたのだろうか?
 涙の代わりに私は唇を噛む。
 そして、彼らは約束通り、帰って来た。
 だけど、その身は病に侵されていた。

「愛しているわ、マラカイト。」
「幸せになりなさい、マラカイト。」

 まるで、その言葉を私に言う為に戻って来たかのように、その言葉を紡いで二人は静かに息を引き取った。
 二人の荷物の中に私が託したお守りの姿はなかったーー。
 それを意味しているのは……。
 ……あの義母も義父も優しい人だった。
 自分の命よりも、他人を優先したのだ。
 きっと、次の世代にその命を繋いだのだーー。
 分かっていた。
 分かっていた。
 でも、心の奥底で何でだ、という疑問と。
 やはり、私は他者を不幸にするのだ、という事実にもうすでに壊れた心が軋んだ。
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