逆行したら別人になった

弥生 桜香

文字の大きさ
上 下
72 / 136
第一章

月夜と共に

しおりを挟む
 あの後、何とか村人を落ち着かせ、私たちはダルヤに向かうために再度荷物をもった。
 ただ、明るいうちに出ていくと盛大な見送りがある為、私たちは闇夜に紛れるように出ていく事を決めていた。
 外に出ると思ったよりも月明かりで明るかった。

「疲れてないか?」

 ジェダイドは心配そうに私を見てくるが、私は特に疲れてはいなかったので首を横に振った。
 しかし、彼は虚勢だとでも思ったのか表情を曇らせる。

「本当に大丈夫よ。」
「だが、今日の立ち回りは…。」
「あれくらい貴方に会う前までは日常茶飯事だったけど。」
「……。」
「……。」

 言葉を間違えてしまったようで、ジェダイドの纏う空気がどこか暗く重いものになっている。

「ジェダイド?」
「マラカイト。」
「何かしら?」

 全く分からないけれども、ただただ、ジェダイドの纏う空気に私は顔を引きつらせる。

「あの…。」
「出会う前だから仕方ないと言え、お前はどんな無茶をしてきたんだよ。」
「そこまでの事はしてないわ。」
「……。」

 じっと見てくるジェダイドに私はどうしたものかと頭を悩ませる。

「ほーんと、無茶よね。」
「ああ…って。」
「えっ?」

 聞き覚えのない女性の声にジェダイドは言葉を詰まらせ、私は全く感知していなかったものだから、思わず反応が遅れた。
 声のする方を見れば私の白髪とは違い少し青白い色合いの髪をした女性が立っていた。

「こんばんは。」
「……。」
「……。」
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。」

 私はジッと彼女を観察する。
 彼女の気配はどこかで知っている。
 人ではありえない大きな力。
 それはまるで、今日会った神龍のよう……な…。

「もしかして、今日お会いした、あの神龍?」
「当たり。」

 私の言葉に彼女はニッコリと笑い、ジェダイドは驚愕している。

「どうして。」
「お礼を言いたかったの。」
「お礼ですか。」
「ええ、貴女のお蔭でこの湖は穢れなかった。」

 この湖のように澄んだ蒼い眼が私をじっと見つめる。

「感謝してもしたりないわ。」
「……お子さんはお元気ですか?」

 唐突な私の質問に彼女は虚を突かれたような顔をして、そして、すぐに上品に笑い出した。

「貴女は不思議な人ですね。」
「そうですか。」
「ええ。」
「ええ、息子も夫も元気よ。」
「そうですか。」
「それも、これも貴女のお蔭よ。」

 彼女はそっと私の手を取り、そして、こっそりと私の腕にそれを嵌める。

「えっ?」
「貴女ならばきっと正しく扱ってくれると信じているわ。」
「これはーーっ!」

 彼女はそっと私の唇に指をあてる。

「今回の一件でわたしたちは思ったの、人はこれを狙っている、いつか、息子を人質にし、それを手に入れようとするものが現れるかもしれないと。」
「……。」
「それに貴女は別の方に風の加護を分けているのでしょ。」
「……。」
「聡い貴女なら違和感を覚えているはずですよね、それを補うためにもそれを使ってちょうだい。」
「いいんですね。」
「勿論よ、もし、他の奴らが文句をいうようだったら遠慮なくわたしたちの名を出しなさい。」

 彼女は凛とした面持ちでジェダイドを見る。

「貴女と彼が出会ったのはきっと必然よ。」
「分かっているわ。」
「貴女は力を欲している。」
「……。」
「受け取りなさい。」

 私は目を閉じ、そして、小さく頷く。

「ありがとうございます、いずれ必要になるもの、その必要になる時まで私が命に代えてもお守りします。」
「ええ。」

 そして、彼女は天を見上げる。

「あら、来てしまったの?」

 すっと彼女が手を天にあげると、青銀の鱗を持つ小さな龍が彼女の腕に収まる。

「その子は?」
「わたしたちの息子よ。」
「可愛いですね。」
「ふふふ、そうね。」

 愛おしそうに目を細める彼女だったが、腕の龍はジェダイドの腕に抱かれているセラフィナイトに興味津々だった。

「……マラカイト、大丈夫なのか?」

 セラフィナイトを守るように龍から守るジェダイドに私は思わず笑ってしまう。

「大丈夫よ。」
「……。」

 大丈夫だと私が言ったのにもかかわらず、ジェダイドは未だに警戒するように龍を見ている。

「もう、噛まれないのに。」
「ふふふ、どちらかといえば、愛娘を守る父親に見えるわね。」

 彼女の言葉に私は驚き、マジマジと見れば確かにそのように見えた。

「セラフィナイトには性別がないけど、確かに娘だとしたらそのように見えるわね、でも、父親にしては若いけど。」
「お母さん役の貴女は呑気に見ているけどいいの?」
「あら、息子さんの応援をしなくてもいいんですか?」
「わたしとしては可愛い娘はいつでもお嫁に来てくださいって感じよ。」
「……種族の溝があると思いますけど。」
「そんなものは愛の前では無に等しいわ。」
「おい、マラカイト、何呑気に話をしているんだ、つーか、セラフィナイトはどこの馬の骨とも分からん奴には嫁にやらん。」
「「…………ぷっ。」」

 ジェダイドの父親みたいな発言に私たちは思わず吹き出してしまった。

「ふふふ……そんなにも、その子が可愛いのね。」
「ジェダイド、本当にセラフィナイトのお父さんみたいね。」
「……。」

 私たちに笑われたジェダイドはどこか不機嫌そうな顔をするが、その口から漏れた言葉は確実に開き直っていた。

「こんなにマラカイトに似ているのに、嫁に出せる訳ないだろう。」
「本当に親バカね。」
「……。」

 クスクスと笑う私の横で彼女は唖然としている。

「あら……冗談で夫婦などと思っていたけど、冗談じゃないようね。」
「何がですか?」
「……まあ、壊せしモノの一方通行のようね。」
「……。」
「何の事ですか?」

 ジェダイドはどこか諦めたような顔をし、訳の分からない私は首を傾げる。

「いえ、何でもないわ、ふふふ。」

 何が可笑しいのか笑っている彼女に私は怪訝な顔をする。

「あら、もう朝明けも近いわ、さあ、行きなさい、新たな時代を築きし者たちよ、どうかあなたたちの未来に幸多からん事を。」

 彼女はそう言うと龍の姿に転じて、宙を舞う。

“我らのそれを頼んだぞ 若き癒しのモノよ”

 そう言い残すと幼き龍と共に住処へと彼女たちは帰っていった。

「本当に神龍だったんだな。」

 どうやら半信半疑だった彼は驚いたような顔で彼女らを見送っていた。
 さあ、私たちも目的地まで行くとしましょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

私、今の方が楽しいです!

みらく
ファンタジー
1話200文字くらいです  ほのぼの旅を書こうと思っています。    ちょっとタイトル変えました 旧 私、今が楽しいです!

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀
ファンタジー
 雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。  場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。

処理中です...