逆行したら別人になった

弥生 桜香

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第一章

記憶の中の青き龍

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 ゾッとするほど強い存在に自分は震えそうになる。

 でも、目の前で剣を構える彼はそんな恐ろしい存在の前に立っても怯みすらしていない。
 しっかりしなければと自分を叱咤する。

“人の子よ 我が妻と子だけでは飽き足らず 我が宝すら奪う気なのか”

 静かな若い男性の声が青い龍から漏れる。

「俺たちはお前が守るその秘石が必要なんだ、奪いはしないが貸してくれないか。」

“笑止”

「……。」

“人はいつもそうだ 自分の意見を通そうと武力を持って 他者を排除する”

「そんな事はありません。」

“黙れ 小娘が”

「つっ!」

 龍の殺気に真っ白な装束を着た彼女が後ずさる。

「大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。」

 弱弱しく彼女が微笑むが、その顔は青かった。

「わたくしは大丈夫ですわ。」
「……神龍だか何だか分からないけど、セレスタイトは癒しの神子の末裔なのよっ!」
「アメトリン…。」
「そうよ、力を貸すのが筋というものじゃないかしら?」
「カーネリアンも。」

 この時二人が苛立っていた、一人はあの方――ジェダイド、もう一人と言いますか、もう一柱は龍だった。

“喜劇はようやく終わったか”

「茶番だな。」

 二対の冷めた目に自分はほんの少し、震える。

“終わってなくとも、行くぞ”

 龍のブレスによって戦闘の火ぶたは切られた。
 龍は恐ろしく強かった、一歩間違えたら死人が出ていたと思う、でも、何とか誰も死ぬ事なく、幸いにも自分の治癒術によって重傷になっている人もおらず、龍はジェダイドの最後一撃で地に伏した。
 全員が息も絶え絶えになりながらも、警戒を解かない。

“流石は癒しの神子と破壊の神子というところか…”

「……。」

 龍はジェダイドとセレスタイトではなく別の所を見ながらそう言った。

“秘石はくれてやる……ようやく、ようやく、お前の元に行ける…我が妻よ…”

 龍は天を見つめながら、そして、息絶えた。
 後から分かったのだが、この龍は病に侵されていた、だから、最後の気力を振り絞って自分たちと戦闘し、敗れた。
 だけど、もし、この龍が万全の状態ならば、自分たちの誰かが亡くなっていても可笑しくはなかったという事になる。
 刹那、暖かな風が洞窟内に吹き渡る。




 愛しき

 愛しき我が夫よ

 最期の務めお疲れさまでした

 どうか

 我が腕(かいな)でゆっくりと休んでください

 ありがとう

 人の子よ

 病魔に侵されたこの方を救ってくれて

 新たな壊せしモノ

 新たな癒しのモノ

 どうか、聖女と覇王の加護があらん事を




 風が女性の声を運ぶ。

 しかし、その声は自分の耳にしか届かなかったようで、他の人は勝利を噛みしめているだけだった。

 私の中に刻まれた「前」の自分の短い命の記憶。

 その光景は悲しく。

 その光景は脆く。

 その光景に憤りを覚え。

 だけど、それ以上に無力だった自分を恥じる記憶だった。
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