逆行したら別人になった

弥生 桜香

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第一章

薄紅の瞳の少女

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 日が昇ってしばらく歩いていると、私の耳に小さな悲鳴が届く。

「――っ!」

 私は思わず声のする方を見て無意識に力を使う。
 私の視界には物凄い速さで、森を駆け抜ける風の『眼』の視界を見ていた。
 グングンと気配を察すれば、こちらに向かって走る紺色の髪の少女がいた。

「……。」

 まだ少し遠い。

 でも、彼女を追う狼の姿を見て、私はサッと視界を閉ざした。

「マラカイト。」

 急に足を止め、ジッと木々の向こうを見ていた私に対してジェダイドは不安そうな顔でこちらを見ていた。

「大丈夫…。」

 どうする。

 このまま少女を見捨てるか。

 万が一、彼女を逃した狼がこちらにやって来ないか?

 一瞬にして私の中で計算が行われ、そして、ジッとジェダイドを見た。

「ここで大人しくしていて。」
「えっ?」
「疾風よ、駆けろっ!」

 風が私に味方する。

 地面を蹴ればあっという間にジェダイドから距離を取り、逃げ惑う少女に一歩以上近づく。

「マラカイトっ!」

 後ろでジェダイドが叫ぶが私は気にせずにそのまま進む。

 どのくらい走っただろうか、逃げる少女の姿を捕えた。

「いた。」

 少女は汗だくになりながら狼から逃れようと足を必死で動かしているが、恐怖からか足が縺れ転ぶ。

「きゃっ!」

 両手をついて顔を何とか庇った少女だったが、狼はまるで好機と言うように彼女に襲い掛かった。

「風よ、一迅の刃となりて、駆けよっ!」

 私の言霊によって風が刃となって少女を襲っていた狼に命中する。
 ぎゃんっ!と呻く狼に少女は恐怖に濡れた目をこちらに向ける。

「だ…れ?」
「大人しくしてて。」

 私は地面を蹴り、少女と狼との間に割って入る。
 唸る狼に対し、私は冷めた目でそれらを見る。

「……。」

 睨み合いが数秒続くが、先に目をそらしたのは狼の方だった。

「えっ?」
「……。」 

 狼は私たちから目を逸らし、体を反転させ元来た方へ戻っていく。

「……。」
「……。」

 気配で戻ってこない事を探ると、少し余分に入っていた肩の力を抜いた。

「大丈夫?」
「あっ、あ、はいっ!」

 少女は涙をボロボロと零しながら頷いた。

「大丈夫?」
「大丈夫です、助けてくださいましてありがとうございます。」

 土下座をするように頭を下げる彼女に私は若干困惑する。

「あ、あの頭を上げて。」
「本当にありがとうございました、あのままならきっと食い殺されていました。」
「……。」

 彼女の言葉に私は内心で同意する。
 きっとあのまま行けば彼女は無事では済まなかっただろう。

「一人ではないよね。」
「はい、父と一緒に来たんですけど、迷子になって……。」

 シュンと肩を落としている少女に私は取り敢えず周囲に人の気配がないか探るが、残念ながらこの周囲にはいなかった。

「貴女どこから?」
「エメーリエです。」
「……私たちの目的地もそこだし一緒に行く?」
「で、でも…。」
「貴女の気持ちもわかるけど、むやみやたらと歩き続けてもさっきの狼やこの森の動物とかの餌になってしまうわよ。」
「う……。」

 少女も理解はしているのだろうから、呻きながらも、私の言葉を否定しない。

「ご、ご迷惑じゃなければ、申し訳ありませんけど、よろしくお願いいたします。」
「私が提案した事だし、そんなに頭を下げないで。」
「で、でも、命の恩人で。」
「たまたま狼が引いた訳だし、私は何もしてないわ。」
「……。」

 ジッと彼女は私を見つめる。

 よく見れば彼女の瞳は薄紅の瞳をしていた。

 どこかで見たような気がするが、思い出せなかった。

「……知られたくないんですね。」
「……。」

 無言の私に彼女はニッコリと笑う。

「分かりました。わたし、コーラルって言います。」
「私はマラカイト。」
「マラカイトさんですね、よろしくお願いします、わたしをエメーリエまで送ってください。」
「分かったわ、あっ、言い忘れていたけど、私には連れがいるから、ごめんなさいね。」
「いえ、いえ、こちらこそお邪魔だったんじゃないですか?」
「偶然だから仕方ないわよ。」
「…ありがとうございます。」
「ところで。」
「はい?」
「いつまで、地面に座っているの?」

 彼女、コーラルは先ほどからずっと地面に座り込んだままだった。

「あっ。」
「汚いわよ。」

 手を伸ばし、彼女に触れた瞬間、私の脳裏に一つの光景が浮かんだ。
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