逆行したら別人になった

弥生 桜香

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第一章

甘い願い

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 ジッと穴が開くほど見つめられた私は赤子の泣き声にようやく動き出す。

「セラフィナイト。」

 私は反射的にセラフィナイトの元に行こうと体を動かそうとするが、すぐに、ジェダイドに拘束される。

「ジェダイド?」
「………。」

 黙ったまま抱きしめるジェダイドに私は困りながら、セラフィナイトの方を見れば、精霊によってあやされる姿が私の目に映る。
 これなら、少し余裕があると思いながら、私は今ここで優先しなくてはならない人物に向き合うことにした。

「ジェダイド。」

 私が彼の腕に触れれば彼は驚いたかのように僅かに体を震わせた。

「どうすれば、貴方は安心するの?」
「お前が……俺の傍にずっといてくれれば、マシにはなるかな……。」

 ポツリ、ポツリと呟かれた言葉に私は、それは出来ないと口に出そうになる。
 だって、私は彼を届けたら、お金を稼ぎながら地位を確立しなくてはならないのだから。

「……。」

 答える事が出来ない私に彼は溜息を零す。

「分かっているんだ…お前は、俺の腕に大人しく収まっているような奴じゃない事くらい。」
「ジェダイド。」
「だけど、願ってしまうんだ……。」

 フッと私の脳裏に有り得ない映像が流れる。

「俺と」

 何処の花畑か分からないけど、色とりどりの花々が咲き乱れるそんな楽園な光景。

「お前が」

 そこに三人の姿がある。一人は貴族の女性なのか、緑色のドレスを身に纏い絹のようにサラサラの白い髪を風に遊ばせながら、連れの男性に向かって手を指し伸ばしていた。

「笑っていられる」

 男性はさし伸ばされた手を空いた手で、掴み、そして、その広い胸に彼女をしっかりと収める。

「そんな」

 男としっかりと繋がれた手をほどき、子どもが女性にしがみつくように抱きしめる。そして、女性はコロコロと笑っていて幸せそうだった。

「未来を育んでいきたいんだ。」

 そして、女性はまるで、こちらの視線に気づいたかのようにこちらの方に顔を向けた。

 美しい顔立ちだった。

 知っている顔立ち。

 未来であったあの人に似ているが、明らかにこちらの女性は十代後半から二十になったばかりの女性なのだから有り得ない。

 それにあの人の髪は白灰色をしているが、この女性はまるで、自分のように真っ白な髪をしている。

 あり得ない。

 あり得ない。

 一瞬、よぎった考えに私は否定する。

 そう、有り得ないのだ。

 白髪の貴族の女性が私で。

 黒髪の同じく貴族の服装をしていている男性がジェダイドで。

 灰色の髪をして可愛いドレスを着た少女がセラフィナイトであるだなんて。

 あり得ない。

 だって、私は貴族じゃない。

 ジェダイドは……大いにあり得るけど、私たちはそんな関係じゃない。

 セラフィナイトは精霊であるから性別なんてないのだから、ドレスを着る必要性なんてないのだから。

 だから、これはきっと恐れ多いけれども、私の願望……なのだろう。

「……マラカイト?」

 黙り込んだ私の名を呼ぶジェダイドの声にその幻はまるで、風に吹き消された霧のようにサッと散った。

「大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」

 心配して私に触れようとするジェダイドに私はスッと体を引いてしまった。
 中途半端に伸ばされた手はきっと私が避ける事がなければ私の頬を包んでいただろう、だけど、私はそれを拒んでしまった。
 私の拒絶を受け取ったジェダイドは痛みを堪えるような顔をしている。

「お前は……俺を拒絶するのか?」
「ちが……っ!」

 ジェダイドの傷ついた顔を見て私は反射的に否定の言葉を告げようとするが、私の行いを思い出し、否定できない事を思い出す。
 唇を噛み、ジッと耐える私にジェダイドは何を思ったのか、また、私に手を伸ばした。
 私は思わず逃げようと足が動く。

 私は汚い。

 ジェダイドが触れたら彼が汚れてしまう。

 私は動くのと同時にそんな言葉が脳裏をかすめた。

「あっ……。」

 今度も私が避ける事を知っていたのか、ジェダイドは逃げる私の頬を追いかけ、青ざめている私の頬に触れた。

「払わないんだな。」
「………離して、貴方が汚れる。」
「……。」

 私は心の中で思った言葉を告げれば、彼は目を伏せた。

「ジェダイド。」

 離して、と思いを込めながら彼の名を呼べば、彼の手が頬から離れる。

 ホッとする私だったが、それは間違いだった。

 風が動いた。

 否、動いたのはジェダイドだった。

 彼はその小さな、でも、私を包み込むには十分な腕を伸ばし、私を抱きしめる。

「えっ?」
「……。」

 黙って抱きしめられる私は困惑する。

「じぇ、ジェダイド…私の言葉を聞いていないの。」
「……。」
「私に触ったら、貴方が汚れる……。」
「……。」
「離して、お願いだから…離して。」

 私は彼に懇願するが、彼はそれを聞き入れてはくれなかった。

「ねぇ……。」

 弱い、弱い、私の言葉にようやく重かった彼の口が動く。

「嫌だ。」

 否定の言葉に私は愕然とする。

「何で?」
「お前は汚くない、むしろ、俺の知っている奴の中で一番純粋で綺麗だ。」
「そんな事はない。」
「打算、傲慢、嫉妬、色んな目で俺を見て来た奴らがいた、だけど、お前は例え何も持っていないただの子どもの俺を見てくれてる。」
「それは……。」
「俺はお前が思っているほどお綺麗な人間じゃねぇ、もし、お前自身が汚いというなら、汚せよ、俺はお前にだったら汚されるのなら構わねぇよ。」
「ジェダイド。」
「だから、お前はこれ以上俺を拒絶するな。」
「………。」
「頼むからさ。」

 彼の懇願に私は目を瞑り、そして、心の中で呟く。

「(貴方の傍に居る間なら…)拒絶しないよ。」

 私のその言葉に彼の腕の力が強くなる。

 彼は私の心の言葉を悟って、力を込めたのだろうか。

 それとも、私の言葉にホッとして力を入れたのか分からなかった。

 ただ、震えるその腕に対して私は力任せでほどく事はなかった。

 どのくらいの時間が経っただろう。

 数分、数十分、一時間、もしかしたら、一分にも満たない時間だったかもしれない、だけど、それは時計を持たない私には分からない話だった。

「……マラカイト。」

 耳元で囁かれ、私はギュッと目を閉じ、そして、意を決して、彼の肩口に額を当て強引に距離を開けた。

「……いつまでも、ここに留まる訳ないはいかないよ。」
「……。」
「そうだな。」

 少し名残惜しそうにしながらもジェダイドは私を開放する。

「……。」

 寂しく思う、でも、そんな資格は私にはない。
 私はそっと目を閉じ、目を開けた時には鍵を掛けよう。

 私の気持ちが貴方の道を塞がないように。

 私の想いが貴方の重荷にならないように。

 私の不安が貴方を襲わないように。

 私の迷いが貴方を危険に晒さないように。

 私はしっかりと自分をコントロールしなくてはならない。

 もう二度と貴方を失いたくないから。

 何度、何度鍵をかけても溢れ出す想いに気づきながらも、私は何度も、何度も心に鍵をかけていく事になるのだが、残念ながらこの時の私は知る由もなく。

 そして、目の前の問題に追われ続けるので、それが当たり前になってしまい、最後の、最後まで彼に指摘されるまでその当たり前のように処理をしていく。
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