逆行したら別人になった

弥生 桜香

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第一章

碧き風

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 私は木々の間を飛びながら目的地にたどり着き、枝から飛び降りると二回転して勢いを殺すと、音を立てる事無く地面を踏みしめる。

 リーン

 澄んだ音色がする方を見れば、パチリと開いた緑色の瞳と、暖かな光の玉があった。

「ただいま。」
「遅かったな。」
「えっ?」

 帰ってくるはずのない返事に私は弾かれたように振り返ると木に凭れ掛かって寝ているはずのジェダイドの姿がある。
 彼は閉じられていた緑の瞳を見せ、私をじっと見つめる。

「どこで何をしていたんだ?」
「……。」
「……はぁ。」

 黙り込む私にジェダイドは溜息を一つ零し、膝に手を置き、起き上がる。
 徐々に私との距離を詰められるが、私は逃げる事が出来なかった。
 ギュッと目を閉じ、彼の対応を待つ。

「本当にお前は……。」

 ふわりと暖かいものに包まれ、私は恐る恐る目を開けると、そこにはジェダイドの外套が見えた。
 そして、数秒後に私は彼に抱きしめられている事にようやく気付く。

「何で?」
「お前が俺たちを置いて先に行く事なんてないとは分かっている、だが、お前は俺たちに黙って危険な事を仕出かすのは知っている。」
「そんな事は……。」
「ある。」

 断言されてしまい、私はそんな事はーー。

 あるかもしれないと、これまでの所業を思い出し思ってしまった。

「必要だから、お前は動くんだとは分かっている、分かってはいるんだが、頼むから声くらいはかけてくれ、目が覚めてお前が居なくて、胆が冷えた。」
「ごめんなさい。」

 素直に謝罪をすればジェダイドは私の外套のフードを取り、私の髪を直で撫でる。

「………。」
「……。」
「…………。」
「……。」
「…………ジェダイド…もう離して?」
「……。」

 黙ったまま私を撫でるジェダイドに私は困惑する。
 力づくで退かす訳にもいかないし、かといって、このまま抱きしめられたままだとただでさえ短いジェダイドの睡眠時間を奪ってしまう。

「……うあー。」

 不機嫌そうなセラフィナイトの声が聞こえ、ジェダイドは何を思ったのか深く溜息を吐き、そして、ようやく私から手を離してくれた。

「はぁ、セラには負ける。」
「えっ?」
「俺は充電したし、セラの所に行きたいんだろう?」
「まあ、そうだけど……充電って何?」
「マラカイトの補充?」
「私の補充って何っ!」

 私は訳が分からなくて、混乱しているとジェダイドはポンポンと頭を叩きそして、元寝ていた場所に戻る。
 そのまま見ていた私だったが、セラフィナイトの声にハッとなり、セラフィナイトをあやし始める。

「ごめんね。」
「うーあ。」
「……。」

 まだ不機嫌そうなセラフィナイトに私は苦笑しながら歌う。

「風よ 碧き風よ

 どうか 届けて

 紅き炎の先にいる彼の元に

 どうか どうか

 生きてと 一日でも長く生きてと

 我が身はこの場で朽ちてしまっても

 この魂はきっと 地を越え 風を越え

 貴方の元にたどり着きます

 幾年の時を超え どうかまた貴方と出会えますように

 愛しております 愛しております

 昔も 今も きっと未来も

 だから 忘れないでください

 私が貴方の傍で 泣いた事を 怒っていた事も 笑っていた事も

 私は覚えています 貴方の叱責を 嘆きも 思い出も

 だから 風よ 最後に私の言葉を届けて下さい

 私の愛しい方に 愛していると

 風よ 碧き風よ

 どうか 彼の人にこの言葉を伝えてください」

 これは「前」に立ち寄った街で見た演劇の歌だった。
 一人の少女が姉妹の為に騎士となり、そして、一人の騎士と恋に落ち、しかし、戦火によって少女は命を落としてしまう悲恋だった。
 自分はただそれを何となく見ていたが、その時に歌っていた女騎士の歌を何となく気に入っていた。
 いつの間にか眠ってしまったセラフィナイトと精霊の寝顔を見て私は笑みを浮かべた、
 空を見上げ、あの人を思う。

「風よ、碧き風よ……、時空を超えた先のあの人に伝えてください……。ごめんなさい。私はもう道を閉ざしてしまった。」

 一粒の涙が私の頬から流れ落ちる。

「ごめんなさい……私はこれからも、きっと勝手をしてしまう。許してとは思いません。でも、一つだけ、私は貴方の笑顔を見たかった。」

 一度も見た事のなかった彼の人の笑顔、今の彼はたまに見せてくれる笑顔、私はそれを守りたいと思った。
 私は気づいていなかった、この時、ジェダイドがこの言葉を聞いていた事に……。
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