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第二章

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 一度メイヤが魔族と戦った後は嵐の前の静けさなのかと思うくらい、何もなかった。
 獣さえも襲ってこないので、道中の食糧不足が危ぶまれたが、そこはメイヤなので、問題なく彼が何かしらを狩ってきた。
 猪、ウサギ、鹿、時に魚など同じものを連続して狩る事がないのは見事だと思う。
 そして、敵陣地に入っても向こうからの攻撃はなく、目的の城が目視できるほど近づいていた。

「……。」
「大丈夫か?」

 温かい飲み物を二つ持ったメイヤが私の横に座り、一つのカップを私に渡す。

「少し……ううん、かなり怖いかも。」
「そうか。」
「……もう手遅れのような、失ってしまうものが確定しているような。」
「……。」

 メイヤの表情を見て私は彼がなんて思っているのか分かってしまう。

「……本当に嫌ね。」
「ルナ。」
「力が目覚めてから、こういった予感が外れた事がない。」
「……そうだな。」
「だから、何となく分かってしまう。」
「今回最低でも二つの命が失われると?」
「……。」

 私が言いたくなかった言葉をさらりと言うメイヤに私は軽く睨む。

「言わないで欲しかった。」
「でも、そういう事だろう。」
「そうかもしれないけど。」
「……早かったら明後日くらいには決着がつくだろう。」
「うん。」
「逃げるか?」
「……。」

 彼と私ならば逃げられる。
 でも…。

「逃げる機会はいっぱいあった、でも、私たちは逃げていない。」
「ああ。」
「だから、最後まで逃げないよ。」
「そうか。」
「メイヤは本当に私をそそのかそうとするのが好きね。」
「そそのかすって。」

 私の言葉にメイヤは顔を顰める。

「違うの?」
「違う。」
「ふーん。」

 メイヤが持ってきたお茶に口を付ける。

「美味しい。」
「それはよかった。」

 私好みの温かいお茶、それはメイヤの思いやりそのものだ。

「俺はずっとお前が平穏な場所にいるのを望んでいるだけだ。」
「うん。」
「なのに、お前はいつもいつも俺の気持ちなんて考えずに…。」
「うん、ごめんね。」
「……まあ、そういうお前だから俺はお前を選んだんだけどな。」
「……。」

 固く目を瞑るメイヤは一体いつを思い出しているのだろう。
 私なのかミナなのか…。
 それはきっと彼にしか分からない。
 少しもやッとしたので彼の肩にもたれ掛かるように体重を預ける。

「俺が思い浮かべるのはお前だよ。」
「どうかしらね。」
「……まあ、ほんの少し違う瞬間がよぎっているが、それは俺じゃないからな。」

 自分の胸を押さえるメイヤに私はため息を零す。
 仕方のない事だ。
 そう分かっているのに、ついつい、自分に嫉妬してしまう。
 自分だけど自分じゃない。
 だけど、結局は自分で。
 切り離すことが出来ない過去。
 メイヤは私と違って特にそれが強いだろう。
 私なんかよりずっとその記憶を鮮明に覚えている。
 頭では分かっているのに、心では拒否する。
 本当に人の心は複雑だ。

「なあ、ルナ。」
「なーにー?」
「お前に俺たちが逃げろって言った時の事を覚えているか?」
「……いつの分?」
「あの選民思想野郎とぶつかって、初めて俺とあいつが傷ついて立ち上がれなくって、そして、血反吐を吐くように叫んだ時だよ。」
「初めてあの人と本気でぶつかって負けた時?」
「負けてない。」
「……。」

 忘れるはずもない。
 あの時は本当に怖かった。
 自分は自分の血筋を受け止めきれなくって、でも、二人は「ルナ」を守ろうとして傷ついて、傷ついて、そして、死にそうになりながらも、何度も立ち上がった。
 相手との力量差があったのに、なのに、私を守る為に傷ついた。
 逃げ出したかった。
 でも、出来なかった。
 私を守ろうとする二人を置いて逃げるわけにはいかなかった。
 いや、違う。
 怖かったのだ。
 自分が居なくなった瞬間に二人が殺されてしまうのではないかと…。
 そして、逃げたいと思っている自分も…。
 もし、あの時にメイヤに余裕があったのならきっと弟に頼んで私を逃がしていただろう。
 でも、あの時はそんな余裕なんてなくって。
 結局私に逃げろと叫ぶことしか出来なかった。
 私は逃げなかった。
 ううん、逃げ出せなかったのかもしれない。
 足が震えて逃げれなかった。
 心情的にも逃げたくなかった。
 そして、私は気づいたら足を叱咤して、両手を上げ、二人を庇うように立っていた。
 何が怖かったのか今は分からない。
 取り敢えず怖かったのだ。
 敵に対してなのか。
 死なのか。
 二人を失うかもしれないと思ったからか。
 とにかく分からないなりにその時の私は動いた。

「あの時のお前は本当に…、こっちを殺す気かとも思った。」
「えっ、そんな訳ないじゃない。」
「分かってる、だけど、こっちはたまったもんじゃないんだぞ。」
「……。」
「終わり良ければ総て良し、じゃないけど、結果が良かったから、あん時は何も言わなかったが、本当にこっちは気が気じゃなかった。」
「その節はすみませんでした。
「分かればよろしい、と言いたいところだが、あの出来事のお陰で逆に腹を括った。」
「どういう事?」
「お前の無茶は昔からだが、今後は命を張るのだと納得すらした。」
「えっ?」
「多分、あいつも似たような事を思っていただろうな。」
「えっ、マヒルも?」
「ああ、口には出さなかったが多分な。まあ、俺とお前が結婚した時には肩の荷が折れたという顔をしていたから、あの瞬間に全てを俺にゆだねたって感じだな。」
「……まじか…。」

 私は何とも言えない気持ちで顔を手で覆う。

「この命が続く限りはお前の願いは叶えてやるつもりだから、逃げたいときはいつでも言ってくれ。」
「……素直に喜べない。」
「まあ、そうだろうな。」

 唇を尖らせる私にメイヤはポンポンと私の頭を撫でる。

「ルナ、それ冷めているだろう、いれなおしてくる。」

 メイヤは持ってきてくれたカップを指さす。
 確かに時間が経って冷めてしまっているだろうけど、そこまでしてもらう必要はない気がして、私は首を横に振る。

「飲めるからいいよ。」
「……なら、ちょっと貸せ。」

 メイヤはそう言うと私に手を差し出し、私は素直にそれを渡す。
 するとメイヤは力を使い、カップの中の飲み物を温める。

「力の無駄遣いだ。」
「十分有効活用している。」

 悪い顔で笑うメイヤに私はクスクス笑いながら彼があっためてくれた飲み物に口を付ける。
 本当に彼はこの力のように温かな人だ。
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