上 下
2 / 111
第一章

しおりを挟む
「ルナ。」
「はい?」
「今の名は何て言うんだ?」
「イザベラ、イザベラ・ティール・オルディウスよ。」
「……。」

 彼は何か考えるしぐさをするが、私は彼が何を考えているのか分からず、首を傾げる。

「メイヤ?」
「ああ、すまない、俺の今の名はアルファード・クラウド・ラバンディアっていうんだ。」
「ラバンディアって。」

 私は聞き覚えのあるネームに思わず手で口を塞ぎ、ある事実を思い出し、顔を真っ赤にする。

「えっ、いいの?いいえ、でも……。」
「ふっ…、お前はやっぱり可愛いな。」
「からかわないで。」

 確実にまだ顔が真っ赤で迫力はなかっただろうけど、それでも、私は彼を、アルファードを睨む。

「もう、貴方という人はーー。」
「俺の妻は過去も未来もお前ひとりしかいない。」

 私は真っ直ぐに向けられる視線に気恥ずかしさを感じながらも、歓喜でいっぱいになる胸に調子がいいんだからと、どちらに対してかの言葉が漏れる。

 この国は王政を主体としており、国名が彼らのファミリーネームになっている。
 この国の名は「ラバンディア」そう、アルファードは王族なのだ。
 因みに王族には不思議な風習があって、彼らは他人に素手で触れてはいけないのだ、もし、素手で触れればどんな素性の者でも、その王族の伴侶となる。

 身分。

 性別。

 国。

 人種。

 本来なら大きな壁と立ちはだかるものがその風習の前では無意味だった。
 だから、王族の人は普段から手袋をして決して他人に触れない、だけど、アルファードは先ほど何をした。
 手袋を外して、私――イザベラに触れた。

 その真っ白な手で。

 意識してしまったらダメだった、気恥ずかしさで死んでしまいそうだった。

「イザベラ?」
「もう……貴方って人は……。」

 いつまでも黙りこんでいる私に彼は覗き込んできた。

「本当に私しか見ていないのね。」
「当たり前だろう……前も、その前も、その前だって、俺はお前しか見ていない、勿論これからだってな。」
「……私も…前だって今だって、それにこれからだって、貴方だけよ「メイヤ」。」
「愛している「ルナ」。」

 こっそりと呟かれる真名。
 この真名は基本他の人には特殊な音にしか聞こえない、でも、この意味を知っている人がいれば危険だった。
 真名はその人の魂を縛る。

 私たちの場合は私が「メイヤ」の魂を私に縛り付け。
 「メイヤ」は私「ルナ」の魂を縛り付けているので、よっぽどじゃないとそれを破棄できない。

 でも、それが絶対とは言い切れない。
 もし、解除する人がいたり、または後から上書きする事が出来る人がいれば、間違いなく危険なのだ。
 だから、私たちは相手の名前を知るまでは誰も私たちの真名が分からないように縛りをつけている。
 さほど危険性はない物なので、すぐに解けてしまい、名をしてからだと意味をなさないので、こうして、真名を呼び合う時はこっそりと呟くように言うのだ。

「あの、王子。」

 遠慮するように声を掛けられ、私はようやく現実を思い出す。
 カッと顔を赤く染め、アルファードの胸を押すが、彼はがっしりと私を抱きしめたまま、顔だけを声を掛けた相手に向けた。

「何だ。」
「その方は……。」
「俺の妻だ、」
「いやいや、まだ結婚してないし。」
「素手で触れただろう。」
「うわっ、こいつ、ガチで分かっててやっているんだっ!」
「ああ。」
「確信犯怖ぇ。」
「あの……、アルファード様?」
「ん?なんだ?イザベラ?」

 蕩けるように優しい瞳に思わず見とれそうになるが、それよりも、今はこの状況を把握したかった。

「そちらの方は?」
「ああ、イザベラは知らなくて大丈夫だ。」
「おい。」
「イザベラに他の男の名前なんて知らなくていいからな。」
「独占欲強すぎだろう。」
「あっ?当たり前だろうが。」
「そうですね、アルファード様がよその女性の名など呼べば、その女狐になにをするかわかりませんから。」
「怖っ!似た者夫婦かよ。」
「ああ。」
「そうですね。」
「ああ、そうだ、イザベラ、様付けはいらない。」
「でも。」
「夫婦になるんだ、様なんてつけられれば距離が開いているようで寂しいからな。」
「でも…。」
「駄目か?」

 シュンと肩を落とすアルファードはどこか子犬のようで可愛らしかった。

「…分かりましたわ、アルファード。」
「ああ、イザベラ。」
「おーい、いい雰囲気を醸し出しているところ悪いんだが、さっきの夫婦っている所を否定してくれよ。」
「何故だ。」
「何故でしょう?多分、この学園を卒業すれば、結構致しますし、もう夫婦同然でしょう?」
「……何と言うか、さらりと、怖い事を言っているよ、この二人。」

 私はアルファードを見上げるが、彼は優しい笑みで私の髪を撫でる。

「気にしなくてもいい。」
「はい。」

 私たちが微笑んでいると、人ごみから騒ぎ声が聞こえた。

「イザベラ姉上。」

 ピクリとアルファードの米神が動く。
 ああ、愛おしいと思いながら、私は穏やかに声がした方に顔を向けた。

「あら、ヒース?」

 私は弟に首を傾げた。

「姉上、姉上は下がっていてください。」
「えっ?」
「アルファード様、わたくしの姉に何をなさっておられるのですか?」
「求婚だ。」
「……貴方様のお立場を鑑みていただけないでしょうか。」
「イザベラは妻なんだ、何を鑑みる必要がある。」
「何を言っているのでしょうか、わたくしめに分かるように教えていただけないでしょうか?」

 ああ、やばいと私は思わず頭を抱えたくなりました、でも、ここで割り込むような勇者はーー。

「あ、あのわたしの為に争わないでください。」
 いましたわね……。

 私は思わず遠い目をしてしまいます。
 アルファードもヒースも何を言っているんだ、この女はと言う目で少女を見ている。

「よかった、仲直りされて、そうでした、わたし、チューベローズって言います、ローズって呼んでください。」

 ニコニコと笑う彼女に私と彼は得体のしれないものを感じる。
 彼と視線をかわし同時に頷く。

「イザベラ、そろそろ、チャイムが鳴るな。」
「ええ、そうですわね。」

 何事もなかったかのように私たちは寄り添い合い、さっさと校舎に向かって歩き出す。

「えー、何でわたし無視されているんですか~。」
「姉上っ!」
「王子。」

 後ろから声がかかるが私たちは互いしか見ていなかった。
 ああ、きっとあの少女がイレギュラーなのだろう。
 どっかで、こんな話を聞いた事があったきがするけれども、どこだったかしら?
 私は取り敢えず、思い出す事から始めるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。 だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。 気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。 だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?! 平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。

今までありがとうございました、離縁してください。

杉本凪咲
恋愛
扉の隙間から見たのは、乱れる男女。 どうやら男の方は私の夫で、女の方はこの家の使用人らしい……

処理中です...