ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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第二章 失はれし思ひ出

026.再び神社へ

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 命鼓高校から最寄り駅までが徒歩15分。そこから電車に揺られること10分。降りたら今度は、自宅とは反対方向に徒歩20分。


 下校早々、ルーラとラヴィンが目指していたのは命鼓神社であった。


 向かう道中、ルーラはラヴィンから話を聞いた。

 ここ数日、ラヴィンは毎晩のように同じ夢を見ているのだという。放火魔となった自分が町を荒らし、に責められ、暗闇に突き落とされる夢だと。

 つまりラヴィンは記憶こそなかれ、放火魔の自覚が数日前からあったらしい。当然ルーラは焦った。望まず犯罪者となってしまったのだから、そのショックは相当なものだろうと。そう考えたから本人には何も言わずにいたのに、まさか悪夢というかなり気分の悪い形で、それを知ることになるなんて。

 しかし、当の本人は拍子抜けするほど反応が薄かった。

「…傷付いてないのか?」

 恐る恐るルーラが問うと、ラヴィンは半笑いで逆にこう聞いてきた。

「操られてただけ、だから悪くないって自分で言ってただろ」

 どうやら、教室での会話を聞いていたらしい。知らないうちに励ましていたのならいいのだが、窓の外を見つめるラヴィンの表情は、日差しが明るすぎて見えなかった。


 そして話題が回帰する。そのというのが、ルーラと同じ白銀色の髪と、赤色の虹彩をした初老の男性だったらしい。


 更に詳しく容姿を聞きだすと、髪型はボサボサの七三分けで、更に袴まで身につけていたという。その男性こそが、自分を操っていた犯人だと、ラヴィンは言うのである。


 なんでも、気配に覚えがあった、のだそうだ。


「覚えがあったって、記憶無いんじゃなかったのか」

「記憶が無い…つーか、何かあったのは分かるんだけど、黒塗りされてて何も見えないって感じ」

 住宅街を歩きながら、ラヴィンはそう答えた。ルーラは思わず聞き返す。

「…黒塗り?」

「あーごめん、うまく説明できねぇんだけど何かこう、単純に忘れてるんじゃなく、他の誰かが見えないように隠した感じがあって。その気配っていうのかな。それが夢の中でその男の人から感じたのと似てたんだよ。だから俺に何かしたのはその人なのかなーって。………けど、ルーラもその人と会ってるんだよな?」

「あ、ああ。そうなんだよ、俺も…多分あれは、夢の中で会ってる」

 変に話が逸れてもいけないと、ルーラは頭を振った。ラヴィンの夢に出てきたその男性が本当にヤゲンだとすると、ルーラの中では大きな矛盾が発生する。

「でも俺はむしろ、あの人に何度も助けてもらったんだ。これくれたのも、ヤゲンさんだし」

 ルーラはブレザーのポケットから、あの古びた御守りを取り出してみせた。するとラヴィンがギョッとした顔をする。

「えっ何? 夢の中でもらったモンを実際に持ってるってこと?」

「…そういえばそうだな?」

「もっと驚けよ! 夢の中通じて話しかけてくるなら精神干渉系の魔法使いかな~とか思ってたけど、それ魔法の域か?! マジ何者だよそのおっさん!」

 の域かもな、とルーラは思ったが、今は黙っておいた。

「とにかく、この御守りを持たせたらラヴィンの意識が戻った。つまりヤゲンさんはお前のことも助けたんだよ。なのに夢に出てきて罵ってくるっておかしくないか?」

「あっそういや目ぇ覚めたとき持ってたな俺! あれそういうことだったのか」

「そうだ。だから本人に確認する。多分神社に行けば会え………あれ」

 ルーラは空を仰いだ。話しながら歩いていたら、あっという間に目的地に到着していた。目の前には、あの夜無我夢中で駆け上った階段があった。

 しかし改めて見ると、命鼓神社はかなりの高台に位置している。ラヴィンは何も気にせず先を登っていこうとするので、ルーラも慌てて追いかけた。しかし、段々とルーラの足取りが重くなり、最終的にはラヴィンが肩を貸して、やっと鳥居をくぐった。



 命鼓神社の境内には、巫女とラヴィンが戦った跡がまだ残されていた。石畳は所々溶けて変形しており、「足元注意」の貼り紙がされている。しかし幸いなのは、本殿などの建物への被害は殆どない点だ。

 今思うと巫女は、ラヴィンを穴に落としたり階段から落としたりと、身動きを奪うか、あるいは神社、そしてルーラから遠ざけるようにして戦っていた。

 神社とルーラを庇いながら戦った彼女。内容はどうあれ、ルーラを諭し、逃がそうとしていた彼女。不意を突かれて致命傷を負ったあの後、すぐ何処かへ消えてしまった。済んでみればラヴィンはこうして無事だし、段々と彼女のことも心配になってきた。

 また、参拝客は一人もいない。別に事件があったからというわけではなく、何もイベントがなければ普段からこんなものだろう。お陰で、参拝の順序もへったくれもなく御神木の命鼓手向に直行しても、人目を気にせずに済んだ。


 天高く聳える、巨大な桜の木。芽吹く新緑の葉からの木漏れ日が美しい。一年を通して、この高台から町を見下ろしている、命鼓市の守り神とも言うべき存在だ。しかし夢の中では一般的な大きさのままで、ヤゲンはその下で首を吊っていた。

 ルーラはひとまず真っ先にベンチに座ると、しばらく深呼吸を繰り返して疲労を癒やした。「あの程度の階段で大袈裟な」と呆れるラヴィンをスルーし御神木を見上げると、神妙な顔をして呟く。

「…どうやったら会えるんだ?」

「えっまさかのプラン無し?! ルーラが神社に行けば会えるって言うから着いてきたのに!」

 絶句したラヴィンに、ルーラはあの日のことを思い出しながら言った。

「でも、ここで会ったのは確かなんだよ。命鼓手向の前で座って話してて…」

「あっ、あー偽サホ? って奴と一緒にいたときなんだな。俺が引き合わせたんだっけ、覚えてねぇけど…」

「…覚えてなくていいよ。で、話してる最中にこう、急に眠くなって」

 ルーラは上半身を後ろに倒す仕草をした。しかし、こうしてあのときの状況を再現してみても、何も起こらない。ラヴィンが唸る。

「急に眠くなるってそれ、こっちの意志で会いに行けるもんなんかな」

「…わからなくなってきた…」

 ルーラは息をつき、命鼓手向の幹に背を預けた。ざわ、と風が命鼓手向の枝葉を揺らした。ルーラの髪が木漏れ日を反射して、キラキラと輝く。

「…なぁラヴィン、夢に出てきた人物像に間違いはないんだよな?」

 ルーラはわかりきったことをまたラヴィンに尋ねた。ラヴィンは、確信を持って答えを返してくる。

「ない。銀髪赤眼の袴姿で、おっさんな」

 何気なく付け加えられた情報。ルーラはがば、と身体を起こして食いついた。

「微笑んでた?」

「お、おう。ずっとにこ~って、薄気味悪く。感情が読めなくて、何考えてんのか全然わからなくて、人っぽくなかった」

 言われれば言われるほど信じられない。ルーラの知るヤゲン__と言っても会ったのは数回だが、その数回がかなり濃かった__とイメージがかけ離れている。

 ヤゲンと言えば、よく喋りよく怒る、やたらと元気な自殺志願者である。ある意味何を考えているのかわからないが、それはあくまで情報の渋滞を起こしているからであり、何も感情を感じ取れないというわけではない。少なくとも、人らしくないだなんて一番似合わない言葉なのではないか。

「どうしたルーラ、やっぱ人違い?」

「いやっでも、少なくとも見た目の特徴は全部一致してるんだよ! じゃあ逆に、ラヴィンの夢に出てきたその人は誰なんだ?!」

「誰なんだろう…」

「そ、そんな…謎が増えただけ…」

「え、何かごめん」

 ルーラはベンチから立ち上がると、意味もなく命鼓手向の幹を撫でた。何も起こらない。何か条件が必要なのか、そもそもここにはいないのか。


 話が聞きたい。何もわからない。


 そのとき、横から玉砂利を踏む音がした。ラヴィンは後ろにいるので、違う誰かだ。まもなくして二人に声がかかった。

「御神木がどうかしましたか?」

 声の主は、装束を身に着けた、二十代前半くらいの若い男性だった。一目で神社の関係者だとわかった。

 運動部経験の長いラヴィンが、真っ先に元気よく挨拶する。ルーラは小さく首を竦めるようにして頭を下げ、サッと幹を撫でていた手を引っ込めた。

「すみません、神社の大事な木をベタベタと」

「いえいえ、大丈夫ですよ。先日の事件があって、参拝客は余計遠のいてしまいましたから、こうして若い方に足を運んでいただけるだけでも嬉しいです。きっと神様も喜んでますよ」

 男性は淡い紫色の瞳を細めて、巨木を見上げた。無意識にルーラの唇に力が入った。横からラヴィンが男性に問う。

「神主さんすか? 若いっすね」

「はは、そうですね。先日父から継いだばかりなんですよ、『花守はなもり』を」
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