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第二章 失はれし思ひ出
021.悪夢
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奴が通った道は、轟々と燃えている。
建物が、人が、顔が焼け崩れていく。熱い、苦しい、助けてと、泣き叫ぶ声が耳を刺す。それなのに奴は、そんなものお構いなしに進んでいく。
どうしてこんなことを。許せない。見下ろす自分は強い憤りを覚えて、「何をやってるんだ」「止まれ」と声を荒らげようとする。しかし、ふいにこちらを見上げた、その血の気のない顔を見て、言葉を失うのだ。
その顔は、自分なのである。そして瞬時に理解する。これは自分なのだと。
そう気付くや否や、先程まで上から見下ろしている視点だったのが、いつの間にか地面を歩き進むようになっている。やがて辿り着くのは巨大な桜の木の前だ。そこでは一人の男が、こちらに背を向けて立っている。
濃い紅色の袴に身を包む、白銀色の髪をした初老の男。彼はゆったりとした動作で振り返ると、袴と同じ深紅の瞳を不気味に細めて、薄く口角を吊り上げる。そしてこちらを指差した。
これが本来のお前の姿だ。
男の口元は動いていない。しかし、確かにそう言われている。
取り繕ったところで、全部壊れてしまう。
お前は不幸しか生まない存在。
一刻も早く消えてしまいなさい。
絶望の闇に落ちてしまいなさい。
耳を塞いでも聞こえてくる。心臓が握り潰される心地がして、急に足元が無くなった。
落ちる。落ちて死ぬ。
この人の言う事は正しい。眼前に迫る暗黒の世界を、罪人たる自分は受け入れなければいけない。そう思ったそのとき、がし、と力強く、落ちる自分の手を掴む存在が現れる。
「お前は悪くない」
眩しく輝く白銀の髪に、全てを見透かすような血の色をした瞳を持つ美しい少年が、こちらを見下ろしていた。
しかし不思議なことに、助けられたのにもかかわらず、自分の気持ちは晴れないまま。妙に重たい口を動かし、自分は必死で彼に訴える。
どうして何も教えてくれないの、と。
____________________________________
ゴンッという鈍い音が耳の奥に響いた。次いで、頭にじんわりと痛みが広がる感覚がして、ラヴィンは目を覚ました。
天井が見える。目が異様に冴えていた。逆さまになった体を起こして、ベッド脇に置いたスマホで時刻を確認する。まだ午前四時過ぎだった。
(またこの夢かよ…)
窓辺に近寄ると、シャッと部屋のカーテンを開ける。外は、東雲。ついでに窓も開け、澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、思いきり吐き出した。そうすると少しだけ気分がすっとして、ここ数日毎晩のように見る夢について、考える余裕が生まれた。
自分に消えろと言う男と、手を差し伸べる少年、従弟のルーラ。二人の見目は、とてもよく似ていた。そして、自分が突き落とされそうになった、あの濃い闇の気配には覚えがある。
ルーラにそっくりなあの男が、自分を___放火魔に変えた人物なのだろうか。
ラヴィンは、とうに自覚していた。数日前命鼓の街を騒がせた無差別放火事件の犯人が自分であること、そして、助けてくれたのがルーラであることを。
しかしルーラはまだ、ラヴィンがそうと自覚していることを知らない。だから気を遣ってか、その話題には一切触れようとしない。今後も教えないつもりでいるのだろう。
その気遣いは、嬉しくないわけではない。盛大に嫌われていた以前と比べれば、奇跡的なほどの前進だ。
しかしラヴィンの心には、黒い霧が纏わりついて止まなかった。
建物が、人が、顔が焼け崩れていく。熱い、苦しい、助けてと、泣き叫ぶ声が耳を刺す。それなのに奴は、そんなものお構いなしに進んでいく。
どうしてこんなことを。許せない。見下ろす自分は強い憤りを覚えて、「何をやってるんだ」「止まれ」と声を荒らげようとする。しかし、ふいにこちらを見上げた、その血の気のない顔を見て、言葉を失うのだ。
その顔は、自分なのである。そして瞬時に理解する。これは自分なのだと。
そう気付くや否や、先程まで上から見下ろしている視点だったのが、いつの間にか地面を歩き進むようになっている。やがて辿り着くのは巨大な桜の木の前だ。そこでは一人の男が、こちらに背を向けて立っている。
濃い紅色の袴に身を包む、白銀色の髪をした初老の男。彼はゆったりとした動作で振り返ると、袴と同じ深紅の瞳を不気味に細めて、薄く口角を吊り上げる。そしてこちらを指差した。
これが本来のお前の姿だ。
男の口元は動いていない。しかし、確かにそう言われている。
取り繕ったところで、全部壊れてしまう。
お前は不幸しか生まない存在。
一刻も早く消えてしまいなさい。
絶望の闇に落ちてしまいなさい。
耳を塞いでも聞こえてくる。心臓が握り潰される心地がして、急に足元が無くなった。
落ちる。落ちて死ぬ。
この人の言う事は正しい。眼前に迫る暗黒の世界を、罪人たる自分は受け入れなければいけない。そう思ったそのとき、がし、と力強く、落ちる自分の手を掴む存在が現れる。
「お前は悪くない」
眩しく輝く白銀の髪に、全てを見透かすような血の色をした瞳を持つ美しい少年が、こちらを見下ろしていた。
しかし不思議なことに、助けられたのにもかかわらず、自分の気持ちは晴れないまま。妙に重たい口を動かし、自分は必死で彼に訴える。
どうして何も教えてくれないの、と。
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ゴンッという鈍い音が耳の奥に響いた。次いで、頭にじんわりと痛みが広がる感覚がして、ラヴィンは目を覚ました。
天井が見える。目が異様に冴えていた。逆さまになった体を起こして、ベッド脇に置いたスマホで時刻を確認する。まだ午前四時過ぎだった。
(またこの夢かよ…)
窓辺に近寄ると、シャッと部屋のカーテンを開ける。外は、東雲。ついでに窓も開け、澄んだ朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、思いきり吐き出した。そうすると少しだけ気分がすっとして、ここ数日毎晩のように見る夢について、考える余裕が生まれた。
自分に消えろと言う男と、手を差し伸べる少年、従弟のルーラ。二人の見目は、とてもよく似ていた。そして、自分が突き落とされそうになった、あの濃い闇の気配には覚えがある。
ルーラにそっくりなあの男が、自分を___放火魔に変えた人物なのだろうか。
ラヴィンは、とうに自覚していた。数日前命鼓の街を騒がせた無差別放火事件の犯人が自分であること、そして、助けてくれたのがルーラであることを。
しかしルーラはまだ、ラヴィンがそうと自覚していることを知らない。だから気を遣ってか、その話題には一切触れようとしない。今後も教えないつもりでいるのだろう。
その気遣いは、嬉しくないわけではない。盛大に嫌われていた以前と比べれば、奇跡的なほどの前進だ。
しかしラヴィンの心には、黒い霧が纏わりついて止まなかった。
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