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第一章 少年、開花す
015.祈望の雷雨
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視力、聴力ともに元に戻るのにそこそこの時間を要した。しばらくして、ルーラは服がじっとりと冷たく湿って、重くなっていることに気が付く。
ザーーーーーッ………………
ゴロゴロ…………ドーーンッ
欲していた音が幻聴でないことを確かめるために、恐る恐る目を開ける。すると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
突き出したルーラの握り拳を中心に、巨大な光の盾が出現していたのだ。
「な、なんだこれ………何だこれ?!」
しかもよく見ると、それはまるで編み物のような緻密な光の線の集合体だった。さながら一種の幾何学模様のようであり、ところどころに桜の花のようなモチーフがあしらわれていることがわかった。世間一般にこのような模様を何と呼ぶのか、ルーラは聞いたことがあった。
「これもしかして、魔法陣か…?!」
ルーラは目を疑った。
肌にはバケツいっぱいのビー玉を一度にぶち撒けたかのような大粒の雨が絶えず打ち付けられている。空を仰げば、厚い黒雲が時折脈動のように光っているのが見えた。そして勿論、こんな豪雨の中で炎が生き永らえられるはずもない。火の玉はルーラに届くことなく掻き消されていた。
雷雨になった。
あの男性__ヤゲンに導かれ、ルーラが引き起こしたのだ。
こんな超常現象を起こせる力、魔法以外に有り得ない。しかし、魔法を使うときに魔法陣なんてものは出現しない。何よりルーラには魔力はないのだ。これは魔法ではない。
ルーラははっとして、拳の中を見た。そこにあったのは、ひとつの古びた御守りであった。先程ヤゲンに握らされたものだ。
元は鮮やかな桜色だったと思われるが、今は薄汚れて染色が薄くなっている他、ところどころ解れている。しかしそれらを差し引いても、今までとても大切に保管されていたと感じる代物。そして何より目を引くのは、黄色の糸の刺繍だ。その模様はどう見ても、目の前の魔法陣と同じなのである。
「なぜ………今の、貴方様が、“魔導”を………?!」
ずぶ濡れになった巫女が、呆然と呟くのが聞こえた。見ると、彼女からごく近い地面が黒く焦げていた。雷は彼女の目の前に落ちたのだ。
(直撃しなくて良かった!)
しかしながら、落雷を目の当たりにした彼女はすっかり戦意を喪失したらしかった。安堵すると同時に、“魔導”という聞き慣れない単語が引っ掛かった。べちゃっと膝から崩れ落ちた彼女を問い詰めようとすると、背後から「うっ…」と小さく呻き声がした。
ラヴィンが玉砂利に倒れ込んでいた。纏っていた炎は雨によって全て消え失せていた。身につけていた衣服は全焼しており、体中の刺し傷が顕になっている。全身血塗れ、正直死んでいてもおかしくない有様だった。
「ラヴィン!」
駆け寄り、顔を覗き込み呼び掛けるも、ラヴィンは苦しげに浅く呼吸をするばかりで反応を示さない。
「ラヴィン、ラヴィン起きろ。俺さすがにお前のこと病院まで運ぶのは無理だよ。なぁ、起きろって……!」
雨のおかげで消火はなされたが、今度は逆に体温を奪っていく。そのうえこの大怪我だ。このままでは本当に命が危ないかもしれないと、ルーラはひどく焦り声をかけ続ける。もうヤゲンはおらず、他に何をすればいいのかわからない。
ふと、視覚に違和感を覚えた。妙に明暗がはっきりしているというか、やたらと黒色だけが濃いような気がしたのである。先程の落雷でまだ目が眩んでいるのだろうか。ルーラは目を擦る。
(いや、違う)
視覚は戻らない。ならばこれは正しい景色だ。黒色が、闇が不自然に濃い。そしてその闇の出処は、ラヴィンの体だった。夜間、しかもこの天気なのにもかかわらず、ラヴィンの体からのびる影は、炎天下にできるそれよりも遥かに濃く、重たい。
ルーラはラヴィンの影に触れた。べっとりと湿った感触と、生きているかのような小さな振動が伝わってきた。
「これ、影じゃない………」
影に質量なんてあるわけがない。何かがラヴィンに取り憑いている。
ラヴィンは、これのせいで目覚められない。
いったい何が起こっているのかはわからないが、こういった類のものを祓えるとしたら、それは巫女の仕事だろうか。ルーラは振り返る。
「あっいない?!」
しかし、いつの間にかあの巫女は忽然と姿を消していた。逃げられたのである。ダメ元だったとは言え、ルーラは唇を噛んで、再びラヴィンに視線を落とした。為す術もない、いや諦めたくない。考えることを放棄してはいけない。
「…っそうだ、効果あるかわかんないけど…!」
ルーラは、ヤゲンに渡された御守りをラヴィンに握らせた。これだって神社関連のアイテムだ。どうか何か起これと念じ、ルーラはことの行く末を固唾を呑んで見守った。
(ラヴィンを助ける)
固く、固く、祈る。
(ラヴィンを助ける………!)
すると、握らせた御守りが白く発光し始めた。ラヴィンに取り憑いた闇が、それを嫌がるかのように蠢いたのがわかった。ラヴィンが背中を丸めて呻いた。
もうひと押しだと直感し、ルーラは更に声を張った。
「ラヴィン、絆創膏ありがとう。これ貼れば火傷は大丈夫だから、俺もうお前のこと無視したりしないから! だから戻ってこい、ラヴィン!!」
次の瞬間、御守りが一層強い光を放った。ラヴィンに取り憑いた闇が一つ残らず霧散した。
そして、ラヴィンの瞼がピクリと動いた。
ザーーーーーッ………………
ゴロゴロ…………ドーーンッ
欲していた音が幻聴でないことを確かめるために、恐る恐る目を開ける。すると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
突き出したルーラの握り拳を中心に、巨大な光の盾が出現していたのだ。
「な、なんだこれ………何だこれ?!」
しかもよく見ると、それはまるで編み物のような緻密な光の線の集合体だった。さながら一種の幾何学模様のようであり、ところどころに桜の花のようなモチーフがあしらわれていることがわかった。世間一般にこのような模様を何と呼ぶのか、ルーラは聞いたことがあった。
「これもしかして、魔法陣か…?!」
ルーラは目を疑った。
肌にはバケツいっぱいのビー玉を一度にぶち撒けたかのような大粒の雨が絶えず打ち付けられている。空を仰げば、厚い黒雲が時折脈動のように光っているのが見えた。そして勿論、こんな豪雨の中で炎が生き永らえられるはずもない。火の玉はルーラに届くことなく掻き消されていた。
雷雨になった。
あの男性__ヤゲンに導かれ、ルーラが引き起こしたのだ。
こんな超常現象を起こせる力、魔法以外に有り得ない。しかし、魔法を使うときに魔法陣なんてものは出現しない。何よりルーラには魔力はないのだ。これは魔法ではない。
ルーラははっとして、拳の中を見た。そこにあったのは、ひとつの古びた御守りであった。先程ヤゲンに握らされたものだ。
元は鮮やかな桜色だったと思われるが、今は薄汚れて染色が薄くなっている他、ところどころ解れている。しかしそれらを差し引いても、今までとても大切に保管されていたと感じる代物。そして何より目を引くのは、黄色の糸の刺繍だ。その模様はどう見ても、目の前の魔法陣と同じなのである。
「なぜ………今の、貴方様が、“魔導”を………?!」
ずぶ濡れになった巫女が、呆然と呟くのが聞こえた。見ると、彼女からごく近い地面が黒く焦げていた。雷は彼女の目の前に落ちたのだ。
(直撃しなくて良かった!)
しかしながら、落雷を目の当たりにした彼女はすっかり戦意を喪失したらしかった。安堵すると同時に、“魔導”という聞き慣れない単語が引っ掛かった。べちゃっと膝から崩れ落ちた彼女を問い詰めようとすると、背後から「うっ…」と小さく呻き声がした。
ラヴィンが玉砂利に倒れ込んでいた。纏っていた炎は雨によって全て消え失せていた。身につけていた衣服は全焼しており、体中の刺し傷が顕になっている。全身血塗れ、正直死んでいてもおかしくない有様だった。
「ラヴィン!」
駆け寄り、顔を覗き込み呼び掛けるも、ラヴィンは苦しげに浅く呼吸をするばかりで反応を示さない。
「ラヴィン、ラヴィン起きろ。俺さすがにお前のこと病院まで運ぶのは無理だよ。なぁ、起きろって……!」
雨のおかげで消火はなされたが、今度は逆に体温を奪っていく。そのうえこの大怪我だ。このままでは本当に命が危ないかもしれないと、ルーラはひどく焦り声をかけ続ける。もうヤゲンはおらず、他に何をすればいいのかわからない。
ふと、視覚に違和感を覚えた。妙に明暗がはっきりしているというか、やたらと黒色だけが濃いような気がしたのである。先程の落雷でまだ目が眩んでいるのだろうか。ルーラは目を擦る。
(いや、違う)
視覚は戻らない。ならばこれは正しい景色だ。黒色が、闇が不自然に濃い。そしてその闇の出処は、ラヴィンの体だった。夜間、しかもこの天気なのにもかかわらず、ラヴィンの体からのびる影は、炎天下にできるそれよりも遥かに濃く、重たい。
ルーラはラヴィンの影に触れた。べっとりと湿った感触と、生きているかのような小さな振動が伝わってきた。
「これ、影じゃない………」
影に質量なんてあるわけがない。何かがラヴィンに取り憑いている。
ラヴィンは、これのせいで目覚められない。
いったい何が起こっているのかはわからないが、こういった類のものを祓えるとしたら、それは巫女の仕事だろうか。ルーラは振り返る。
「あっいない?!」
しかし、いつの間にかあの巫女は忽然と姿を消していた。逃げられたのである。ダメ元だったとは言え、ルーラは唇を噛んで、再びラヴィンに視線を落とした。為す術もない、いや諦めたくない。考えることを放棄してはいけない。
「…っそうだ、効果あるかわかんないけど…!」
ルーラは、ヤゲンに渡された御守りをラヴィンに握らせた。これだって神社関連のアイテムだ。どうか何か起これと念じ、ルーラはことの行く末を固唾を呑んで見守った。
(ラヴィンを助ける)
固く、固く、祈る。
(ラヴィンを助ける………!)
すると、握らせた御守りが白く発光し始めた。ラヴィンに取り憑いた闇が、それを嫌がるかのように蠢いたのがわかった。ラヴィンが背中を丸めて呻いた。
もうひと押しだと直感し、ルーラは更に声を張った。
「ラヴィン、絆創膏ありがとう。これ貼れば火傷は大丈夫だから、俺もうお前のこと無視したりしないから! だから戻ってこい、ラヴィン!!」
次の瞬間、御守りが一層強い光を放った。ラヴィンに取り憑いた闇が一つ残らず霧散した。
そして、ラヴィンの瞼がピクリと動いた。
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