ぼくらのおわはじ

三澄 みそこ

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第一章 少年、開花す

008.孤高の人

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「ぁざしたー」

 やる気のない店員から雑に商品を受け渡されると、ラヴィンは頭すれすれのコンビニの自動ドアを潜り、外へ出た。

 右手に握る商品の異物感が、妙に気になって仕方がない。意味もなくそわそわと辺りを見回すと、コンビニの外壁にもたれかかってスマホを眺めている、一人の少女を見つけた。てっきり、まだ彼女は神社にいるものだと思っていたので、ラヴィンは驚き声をかけた。

「サホ? 何でここに。ルーラはどうした?」

 少女、サホはスマホから目を離し顔をあげた。その表情がやけに暗いことに気が付き、ラヴィンはひとつの良くない可能性を見出だしてしまう。迂闊に質問したことを悔やんだ。

「…聞きたい?」

 サホは力なく笑ってそう聞き返してきた。予想が確信に変わる。ラヴィンはばっと腕を前に伸ばして顔を背けた。

「いや! 言いたくないならいい!」

「じゃあ言わない」

「あ、待ってやっぱ気になる! あーでも! いや無理すんな!」

「落ち着いて」

 ラヴィンははっとして、咄嗟に羽織っていたジャージの袖を見た。うっすらと焦げていることに気が付くと、大袈裟なほど大きく深呼吸をする。そしてしばらく黙っていたかと思うと、やがて静かに口に出した。

「…フラれちゃった?」

 サホは無言だ。それを肯定と受けとり、ラヴィンは「そうか……」と唸ると、腕を組んで目を瞑った。



 先日、ルーラから「女子に桜祭りに誘われたから付き添ってほしい」と頼まれた。それが出会って3年目にして、ルーラと初めてまともに交わした会話だった。



 ルーラと初めて出会ったのは、小学校卒業を目前にした3月の日だった。その日は午後から急に天候が荒れて、ラヴィンは雷雨のなか急いで友達の家から帰ってきた。ルーラは、まるで新しい家具が増えたかのように、静かにリビングにいた。


「父さんの妹、つまりお前の叔母さんの子、ルーラ。今日から一緒に暮らすことになった、お前の従弟だ」


 そう自分で説明しているのに、父は困惑している様子だった。その説明を一緒に聞いていた母も首を傾げており、ラヴィンも何が何だかわからなかった。

 従兄弟がいたなど初耳だった。また、血縁関係にあるとは思えないほど容姿が似ていなかったことにも驚いた。縮れた濃い灰色の髪の毛に、浅黒い肌をしたラヴィンとは対称的に、このルーラという男は消えそうなほどどこまでも白く、そして美形だった。無表情なのも相まって、作りものなのではないかと疑った。

 しかし、従弟である。それまでひとりっ子だったラヴィンにしてみれば物珍しい存在で、かつ人懐っこい性格の彼は早速ルーラにちょっかいをかけた。後ろから脅かしてみたり、晩御飯のおかずを横取りしてみたり、飲み物を飲んでいるときに目の前で変顔をしてみたり、色々とやった。


 ルーラは無反応だった。まるで植物のように、何をしても動じなかった。


 突然我が家に預けられたという時点で、訳ありなのは察している。だからこそ励ます意もこめての行動だったのだが、ここまで無視されると虚しくなってくる。ある日とうとう我慢ならなくなって、思わずルーラを問い詰めた。何故無視するのかと。すると、ルーラは初めてラヴィンを見た。いや、ラヴィンの着ている服の、少し焦げた袖を見たのだった。


 そのあと母から聞かされた。ルーラは魔法が使えないのだと。

 そしてラヴィンは気付いた。自分は嫌われていたのだと。


 〈表面発熱サーフェスヒート〉。それがラヴィンの固有魔法である。

 人より数百倍耐熱性に優れた皮膚をもつ他、その皮膚の温度を爆発的に上昇させられる。数ある魔法の中でも炎系は上位種、当たりだと言われている。そのうえ、ラヴィンの魔臓は人並みより一回り大きいらしく、比例して魔力も多い。健康診断に行くと毎回医者から感嘆の声が漏れるほどである。

 当たりの炎系魔法、おまけに魔力は無尽蔵。そんなラヴィンのことを、魔力をもたないルーラが気にしないわけがなかったのだ。ラヴィンはルーラとの間に、一生越えられない壁を見た。以来、ラヴィンはルーラと関わるのをやめてしまった。ああ、だと。


 だから、ルーラから相談を持ちかけられたときは本当に喜んだ。消去法でも何でもいい、とにかく少しでも向こうから距離を縮めてくれたことが、心から嬉しかった。

 もちろん、サホ本人にも真意は確認した。ルーラを介して連絡先を交換し、「ルーラと付き合いたいのか」とストレートに聞いた。「そんな感じかな」と煮え切らない返事があった。流石に照れてしまったらしい。その奥ゆかしさがあればルーラとも上手くやっていけるだろうと思い、ラヴィンは喜んで橋渡しを買って出た。

 それからというもの、たった数日間のことであったが、自分なりにできることは最大限やってきたはずだ。スマホの検索履歴は「恋愛 アドバイス」で埋め尽くされているし、この機会にとルーラとのコミュニケーションも再開した。好きな食べ物(特にないと言われた)、好きな色(こだわりはないと言われた)、好きな芸能人(テレビは見ないとため息を吐かれた)、どんなに些細なことでも判明した情報は積極的にサホに流した。…要するに、ほとんど何も伝えられなかったのだが。

 それでも、ラヴィンはここ数年の中で最も充実した時間を過ごしていた。ルーラと、ルーラの彼女になったサホと、橋渡しをした自分の3人で和やかに笑いあう未来を思い描いて、ひとりはしゃいでいた。



 しかし、現実はそう思い通りにはいかないものである。そもそも、当日までルーラが「女子にデートに誘われた」という状況にピンと来ていなかった時点で、嫌な予感はしていた。そのうえその直後、ラヴィンがやらかしてしまっている。気分は最低だっただろう。そんなときに告白なんて受けられるわけがない。

 ラヴィンは頭を抱えて座りこみ、唇を噛んだ。

(俺が失敗させたようなもんだ……)

 そしてチラリとサホの顔色を伺う。しかし、長い髪の毛で影になっており、よく見えなかった。再び視線が落ちる。

「…ごめん」

 思わず、口から溢れた。

「何でラヴィンが謝るの」

「だって、俺が…俺のせいで…」

「ラヴィンは悪くないよ」

 はっきりと言われた。ラヴィンは顔をあげた。サホがこちらを見下げ、微笑んでいる。

「ルーラさ、何て言って私をフッたと思う? …『魔法使いに俺の気持ちなんてわからない』、だって」

「えっ」

 ラヴィンは驚愕の声を漏らす。

(ルーラのやつ……サホに打ち明けたのか、自分が魔法使えないこと)

「でね、ルーラ……ラヴィンにも、同じこと言って、怒ってた」

「…っ!」

 心臓を針で刺された心地がした。

 この一件で、ルーラとの会話は以前と比べて圧倒的に増えた。少しは打ち解けられたと思っていた。しかしそう感じていたのはラヴィンだけで、ルーラは少しもラヴィンに気を許してなどいなかったのだ。

 浮かれていたのは自分だけ。

(駄目だ抑えろ、動揺すんな。でないとまた……)

 必死で地面を睨む。大通りを行き交う車の音が、いやに耳につく。時間が泥のように重たくて、ちっとも進んでいかない。自分の影がいつもより濃く見える。努めてゆっくり呼吸しようとしても、上手く行かない。意識すればするほど、今までどうやって息をしていたのか思い出せなくなる。

「全部魔法のせいだよ」

 再びサホが口を開き、ラヴィンの意識は引き戻された。

「魔法の有り無しで、私はルーラにフラれた。ラヴィンもルーラに拒絶された。これって全部魔法のせいじゃない? そうでしょ。ねぇ、魔法なんて無ければいいのにって、思わない?」

「さ、さほ………?」

「差別も、偏見も、順位付けも、全部魔法があるから生まれること。だったら魔法がこの世から消え去れば、私たちはもっと生きやすくなる。ラヴィンだってこんなに悩まずに済むんだよ。生きてさえいればそれでいい、そんなシンプルで優しい世界になる」

「え待って、急に何の話………」


 驚き、立ち上がろうとして、ラヴィンは違和感に襲われた。頭がふわふわとして重心が定まらず、足元が覚束無い。


 刹那、ラヴィンの視界は黒に閉ざされた。


(_____は?)

 声が出ない。何か生温くてヌルヌルとしたものが身体中を這っていくような、なんとも言えない不快感に支配される。次いで、頭ががくんと重くなり、ラヴィンは前のめりに倒れこんだ。咄嗟に足を出して踏ん張ろうとして、足がどこにあるのかわからないことに気が付いた。

(何だこれ、何が起きて、何が、何を)

 何も見えず、何も聞こえない。何もわからない。そんななかでただひとつ、わき腹のあたりで、マグマのようにが滾ったのがわかった。

 恐怖に呼応して込み上げたは、全身を駆け巡りラヴィンを更なる恐怖へと追い込む。

 熱い。熱い。熱い。熱い。

「告白だとか付き合うだとか、勝手に勘違いしてくれてありがとね~。まぁ色々あって作戦は破綻したけど、それは君のせいじゃないから安心して。で、これは協力してくれた君へ、からのほんの感謝の気持ち! 悩みの原因、それをはっきりさせてあげるよ」

 外からぐわんぐわんと声が聞こえてくるが、意味が頭のなかに落ちてこない。誰が喋っているのかもわからない。


 誰か助けて。そう思って、思い出した。


 魔力の多い自分は、いつだって助ける側だった。頼りになる、いつもありがとう、すごい、流石だね。そんなことを言われ続けて__いつだって、壁を作られ距離を取られた。

 すごいすごいと誉めそやし、上へ上へとあげつらい、いつの間にか一人では降りれなくなっていた。見下ろす世界はとても楽しそうで、自分だって仲間に入りたいのに、こんな高い場所からでは声もろくに届かない。

 下にいる彼らは、いつだって眩しそうに自分のことを見上げるばかりで、どんなに辛そうな表情をしていたところでまともに見えてはいないのだ。

 熱い。熱い。熱い。熱い。

 ここには自分一人だけ。誰も歩み寄ってなどくれはしない。では、何が自分をそうさせたのか?


(まほうなんて、なければ)


 手のひらから、何かがことんとこぼれ落ちた。

 それはラヴィンの意識だっただろうか、それとも____
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