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第一章 少年、開花す
009.通話
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足元の青年が動かなくなったのを見届けると、サホは大きな溜め息をついた。そして、気だるげにポケットから煙草と、何やら不思議な紋様が彫られたライターを取り出す。カチン、と火をつけ煙草を口に咥えると、深く息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。落ちる視線、生気のない表情、だらしなく開いた足、その様はまさしく中年男性のそれだった。
そのとき、反対のポケットからバイブ音がした。スマホを取り出し、表示されている人物の名前を見て、舌打ちする。そして乱暴に耳にあてがった。
「…何の用ですか。俺今、誰かさんのせいで任務失敗したんで、慰めの一服中なんですけど」
『任務失敗? それは災難だったな。心配でこうして連絡したのだが、やはり荷が重かったか』
聞こえてきたのは、やや低めな女声である。わざとらしいほど心配そうな声色なのに、わかりやすく喜色が滲んでいる。サホは鼻で笑って言い返した。
「うわーっ白々しい! 本物のサホを神社に差し向けたくせに」
『はて、何のことやら。私は見張り番たちへ林檎飴を差し入れただけのこと。それを見た彼女らが勝手に勘違いをし、神社へやってきたに過ぎない』
「わぁ、部下思いの素敵な上司様だなぁ。なら俺のことももう少し労ってくれませんかねぇ?」
『ほざけ。だいたい、己を偽りかの“神童”に近付くことが、どれほど冒涜的な行為なのかわかっているのか。それを阻止して何が悪い? 小児がんなどと抜かしたときは、開いた口が塞がらなかった』
端末越しでもひしひしと伝わる嫌悪感に、サホは眉間にシワを寄せる。
(めっちゃ聞いてるじゃん。暇かよ)
心の中での悪態は露知らず、女性はなおも捲し立てる。
『それに、貴様が“神童”に関わった途端に彼は体調を崩したのだろう。それ以前に計画は狂っているではないか。責任転嫁は見苦しいぞ。…まさか、貴様が何かしでかしたのではあるまいな?』
「してないしてない、俺だって何が起きたのかわかんないんだって。てかさ、もう『入る』って言わせるところまでいけてたのに邪魔しやがって、マジで暇なの? それともそんなに俺が功績あげるのが気に入らない? 器ちっさ! “第壱枚”が聞いて呆れるわぁ」
『言葉を慎め! …とにかく、貴様はしくじった。当面我が教団に貴様の居場所はないと思え。そしてあわよくば死ね』
ブツン、と通話は切れた。サホ___否、サホの姿をしたその男は、再び鼻を鳴らす。
「最後の罵倒が言いたかっただけかよ、性格ブッさ。………それに比べて」
男は、厚い雲に覆われた黒い空を見上げた。
「あいつは…ルーラは、純粋で綺麗で、何も知らない……真っ白だ。……今回は駄目だったけど、いつか絶対、俺が手に入れてやる」
次いで、男は足元に視線を戻す。そしてにたりと、醜く口角を吊り上げ、呟いた。
「とはいえ、マジで手ぶらで帰るのはちょっとマズイな。そうだなぁ、無差別放火殺人なんてどう? お前の魔法ならできるだろ____なぁ、ラヴィン」
そのとき、反対のポケットからバイブ音がした。スマホを取り出し、表示されている人物の名前を見て、舌打ちする。そして乱暴に耳にあてがった。
「…何の用ですか。俺今、誰かさんのせいで任務失敗したんで、慰めの一服中なんですけど」
『任務失敗? それは災難だったな。心配でこうして連絡したのだが、やはり荷が重かったか』
聞こえてきたのは、やや低めな女声である。わざとらしいほど心配そうな声色なのに、わかりやすく喜色が滲んでいる。サホは鼻で笑って言い返した。
「うわーっ白々しい! 本物のサホを神社に差し向けたくせに」
『はて、何のことやら。私は見張り番たちへ林檎飴を差し入れただけのこと。それを見た彼女らが勝手に勘違いをし、神社へやってきたに過ぎない』
「わぁ、部下思いの素敵な上司様だなぁ。なら俺のことももう少し労ってくれませんかねぇ?」
『ほざけ。だいたい、己を偽りかの“神童”に近付くことが、どれほど冒涜的な行為なのかわかっているのか。それを阻止して何が悪い? 小児がんなどと抜かしたときは、開いた口が塞がらなかった』
端末越しでもひしひしと伝わる嫌悪感に、サホは眉間にシワを寄せる。
(めっちゃ聞いてるじゃん。暇かよ)
心の中での悪態は露知らず、女性はなおも捲し立てる。
『それに、貴様が“神童”に関わった途端に彼は体調を崩したのだろう。それ以前に計画は狂っているではないか。責任転嫁は見苦しいぞ。…まさか、貴様が何かしでかしたのではあるまいな?』
「してないしてない、俺だって何が起きたのかわかんないんだって。てかさ、もう『入る』って言わせるところまでいけてたのに邪魔しやがって、マジで暇なの? それともそんなに俺が功績あげるのが気に入らない? 器ちっさ! “第壱枚”が聞いて呆れるわぁ」
『言葉を慎め! …とにかく、貴様はしくじった。当面我が教団に貴様の居場所はないと思え。そしてあわよくば死ね』
ブツン、と通話は切れた。サホ___否、サホの姿をしたその男は、再び鼻を鳴らす。
「最後の罵倒が言いたかっただけかよ、性格ブッさ。………それに比べて」
男は、厚い雲に覆われた黒い空を見上げた。
「あいつは…ルーラは、純粋で綺麗で、何も知らない……真っ白だ。……今回は駄目だったけど、いつか絶対、俺が手に入れてやる」
次いで、男は足元に視線を戻す。そしてにたりと、醜く口角を吊り上げ、呟いた。
「とはいえ、マジで手ぶらで帰るのはちょっとマズイな。そうだなぁ、無差別放火殺人なんてどう? お前の魔法ならできるだろ____なぁ、ラヴィン」
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