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Epilogue(sideE)
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もうこんな時間だ。
執務室に飾ってあった時計の時刻を見て、僕は立ち上がった。
「僕そろそろ上がりますね。ガブリエルさんももう引き上げた方が良いんじゃないですか?」
「ああ、お疲れ。うん…いや、フェリックスが迎えに来るから」
ちょっぴり照れた様にはにかむ上司に、ああ成程ねと僕も何だか恥ずかしくなった。やるべき仕事が終わればきちんと帰る筈のガブリエルさんがだらだらと執務室に残っているのは何故だろう?と思ったが、どうやら旦那様待ちだったらしい。僕は「じゃ、お先に」と声を掛けて執務室を後にした。
ここ最近、僕の上司はすっかり体調も良くなったし機嫌が良さそうだ。半年程前に過労で体調を崩された時は本当に気が気じゃなかったのだが、かねてから多すぎるよなあと思っていた仕事も大分減らされ、早い時間に帰宅される事も増えた。後は何より…旦那様のフェリックスさんの献身的な支えがあったからの様なのだが、そのあたりはガブリエルさんは多くを語ってくれないので知るよしも無い。
でも、僕は最近気付いていた。何かあのお二人…今更新婚みたいにラブラブじゃない?と。
二人を知らない人はこの城務めの人間では殆ど居ないと思う。それくらい有名なご夫妻だった。名門貴族一家のご次男で自身も防衛省の軍事部指揮官を務めるフェリックスさんと、オメガ初の官僚として世間的にも有名な魔法省研究室室長ガブリエルさん。お二人とも見目麗しく正に絵に描いた様なアルファとオメガのご夫婦だった。
けれども僕がガブリエルさんの補佐官に就任してから三年、ガブリエルさんの口から殆どフェリックスさんのお話を聞く事は無かった。寧ろ僕が「お二人ってやっぱり運命の番ってやつで、目が会った瞬間ビビビ!この人だ!て感じだったんですか?」なんて質問をしても、「うーんうちはそんなんじゃないから」なんてはぐらかされて、フェリックスさんに関するエピソードは何一つ語られた事は無かったのだ。
まあご結婚されてる位だから実際仲は良いんだろうし、照れ屋さんで語ってくれないだけかなと僕は思っていた訳だけど。
ところが半年程前にガブリエルさんが体調を崩されたのをきっかけに、明らかにフェリックスさんの過保護っぷりが浮き彫りになったのだった。
フェリックスさんは他者を寄せ付けない様な雰囲気のある正に王者なアルファそのものの人で、特にその視線は冷たい。実際冷酷無慈悲なのも有名な話で、以前フェリックスさんの親戚に当たる防衛省副大臣の男性の汚職を暴き、分家ごと解散させて辺境の地に飛ばした…というのも聞いた事がある。噂の真意は分からないが、それを聞いても「フェリックスさんならやりそう」と思ってしまう。身内だろうと容赦が無い、そういう方なのだ。
ところが最近のフェリックスさんはガブリエルさんに大いに甘い。その冷たい真顔の表情が変わる訳では無いけれど、体調を崩されたガブリエルさんを心配して昼食何を食べたか報告させたり、最近はよくお二人で一緒に並んで出勤、退勤されている姿も目撃されている。ガブリエルさんも今までとは違い何だか恋する乙女みたいな表情を良くするので、これはもしや何かあったのでは…と僕は推察しているのだ。それか今までずっと喧嘩していたけど、仲直り出来たとか。
「あ」
噂をすれば、フェリックスさんが道の向かいから此方に向かって歩いて来ている。ガブリエルさんを迎えに行く途中なんだろう。相変わらず背の高い人だなあと思いながらも、近付いて来て目が合ったので僕は軽く会釈をした。
「お疲れ様です」
「……ああ」
ふい、と視線が逸らされて、そのままフェリックスさんは僕の横を通り過ぎて行ってしまった。
…やっぱりこういう方だよなあ。基本的に何にも興味が無い。唯一興味があるのはガブリエルさんに関わる事くらいで、僕が以前ガブリエルさんが疲れた様子だったのが気になってフェリックスさんにご相談した時、初めて僕はきちんとフェリックスさんに視線を合わせてもらって話が出来た位なのだから。
きっと、僕がベータでガブリエルさんにも恋愛感情を抱いていないから野放しにされてるんだろうけど、もし少しでもガブリエルさんに気がある素振りが見えれば…フェリックスさんは僕を徹底的に排除するんだろうなって事も想像に容易い。敵には回したくはない人だ。
そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、突然横から肩を抱かれた。其方を見れば良く知らない下官の方二人程がにやにやと笑っていた。
「よう、エリオットちゃん」
「フェリックス様に色目使ってんの見たぜー」
「はい?」
色目?あの方に?僕の尊敬する上司の旦那様に、色目なんて使う筈が無い。なんだか嫌な人達だなあと僕は肩から手を振り払った。
「なんだよ連れねえな」
「やっぱり、あのオメガに可愛がってもらってるから俺たちなんかお呼びじゃねえって事?」
「は?」
「あのオメガだよ、何だっけ…ガブリエルとかいう美人のオメガ」
「エリオットちゃんはベータだっけ?ベータでも可愛いから男に色目使ってんだろうけど、やっぱりあのオメガが相手だと抱く方なんかな」
ギャハハ、と笑う下賎な人達に、僕の中の怒りがかっと体に駆け巡った。何だこの時代遅れのゴミみたいな人達は。僕を馬鹿にするのも腹が立つが、それ以上に尊敬しているガブリエルさんを下に見ている事に腹が立って仕方が無い。
僕は男の足の甲を思い切り踏んだ。
「ぎゃあ!いってえ!」
「ああ、すみません。今時オメガだからベータだからと下らない推測をされる単細胞の方たちに、つい足が出てしまって」
「な、何…」
「そんな馬鹿みたいな事を考えてばかりいるから下官なんでしょうね。僕の上司みたいにバース性に囚われず評価されて出世される方とは大違いだ。勉強になりました」
僕はにっこりと笑うと、失礼、とだけ言ってその場を離れた。ベータで小柄な僕にそこまで言い返されると思っていなかったのか、頭の悪い方たちは後ろで呆然と立ち尽くしていた。
まだ居るんだよなあ、ああいう輩。
正直僕も昔初めてガブリエルさんの補佐官に就く時は、オメガの上司っていうものが想像出来なくて色々考えたりもしたけれど。
でも実際に会ってみればガブリエルさんは気さくで飾らなくて、その上仕事もきっちりどころか人の何倍もこなしちゃう様な人で凄く格好良くて、すっかり僕の憧れの上司になってしまった。バース性に囚われないその姿勢は本当に僕もたくさん見習いたい。
そしてまだああいった下らない古い考えを持つ輩は世の中に蔓延っているのも事実だし、それを変えていってより社会でオメガやベータも活躍していける未来になるといいなと思う。
でも最近少しフェリックスさん関連の事にだけ見せる姿は、オメガらしくて可愛いなあなんて思ったりもするんだけど。そういう色んな面の魅力がある人が上司で、やっぱり僕は誇らしい。
「僕も早く最愛の旦那様とか、奥さんに出会いたいなぁ」
毎日の様にああやって見せつけられてしまうと、僕も当てられてしまう。バース性も性別も問わないので、早く自分自身を見てくれる相手と結ばれたいななんて妄想を抱きながら、僕は帰路へとつくのだった。
執務室に飾ってあった時計の時刻を見て、僕は立ち上がった。
「僕そろそろ上がりますね。ガブリエルさんももう引き上げた方が良いんじゃないですか?」
「ああ、お疲れ。うん…いや、フェリックスが迎えに来るから」
ちょっぴり照れた様にはにかむ上司に、ああ成程ねと僕も何だか恥ずかしくなった。やるべき仕事が終わればきちんと帰る筈のガブリエルさんがだらだらと執務室に残っているのは何故だろう?と思ったが、どうやら旦那様待ちだったらしい。僕は「じゃ、お先に」と声を掛けて執務室を後にした。
ここ最近、僕の上司はすっかり体調も良くなったし機嫌が良さそうだ。半年程前に過労で体調を崩された時は本当に気が気じゃなかったのだが、かねてから多すぎるよなあと思っていた仕事も大分減らされ、早い時間に帰宅される事も増えた。後は何より…旦那様のフェリックスさんの献身的な支えがあったからの様なのだが、そのあたりはガブリエルさんは多くを語ってくれないので知るよしも無い。
でも、僕は最近気付いていた。何かあのお二人…今更新婚みたいにラブラブじゃない?と。
二人を知らない人はこの城務めの人間では殆ど居ないと思う。それくらい有名なご夫妻だった。名門貴族一家のご次男で自身も防衛省の軍事部指揮官を務めるフェリックスさんと、オメガ初の官僚として世間的にも有名な魔法省研究室室長ガブリエルさん。お二人とも見目麗しく正に絵に描いた様なアルファとオメガのご夫婦だった。
けれども僕がガブリエルさんの補佐官に就任してから三年、ガブリエルさんの口から殆どフェリックスさんのお話を聞く事は無かった。寧ろ僕が「お二人ってやっぱり運命の番ってやつで、目が会った瞬間ビビビ!この人だ!て感じだったんですか?」なんて質問をしても、「うーんうちはそんなんじゃないから」なんてはぐらかされて、フェリックスさんに関するエピソードは何一つ語られた事は無かったのだ。
まあご結婚されてる位だから実際仲は良いんだろうし、照れ屋さんで語ってくれないだけかなと僕は思っていた訳だけど。
ところが半年程前にガブリエルさんが体調を崩されたのをきっかけに、明らかにフェリックスさんの過保護っぷりが浮き彫りになったのだった。
フェリックスさんは他者を寄せ付けない様な雰囲気のある正に王者なアルファそのものの人で、特にその視線は冷たい。実際冷酷無慈悲なのも有名な話で、以前フェリックスさんの親戚に当たる防衛省副大臣の男性の汚職を暴き、分家ごと解散させて辺境の地に飛ばした…というのも聞いた事がある。噂の真意は分からないが、それを聞いても「フェリックスさんならやりそう」と思ってしまう。身内だろうと容赦が無い、そういう方なのだ。
ところが最近のフェリックスさんはガブリエルさんに大いに甘い。その冷たい真顔の表情が変わる訳では無いけれど、体調を崩されたガブリエルさんを心配して昼食何を食べたか報告させたり、最近はよくお二人で一緒に並んで出勤、退勤されている姿も目撃されている。ガブリエルさんも今までとは違い何だか恋する乙女みたいな表情を良くするので、これはもしや何かあったのでは…と僕は推察しているのだ。それか今までずっと喧嘩していたけど、仲直り出来たとか。
「あ」
噂をすれば、フェリックスさんが道の向かいから此方に向かって歩いて来ている。ガブリエルさんを迎えに行く途中なんだろう。相変わらず背の高い人だなあと思いながらも、近付いて来て目が合ったので僕は軽く会釈をした。
「お疲れ様です」
「……ああ」
ふい、と視線が逸らされて、そのままフェリックスさんは僕の横を通り過ぎて行ってしまった。
…やっぱりこういう方だよなあ。基本的に何にも興味が無い。唯一興味があるのはガブリエルさんに関わる事くらいで、僕が以前ガブリエルさんが疲れた様子だったのが気になってフェリックスさんにご相談した時、初めて僕はきちんとフェリックスさんに視線を合わせてもらって話が出来た位なのだから。
きっと、僕がベータでガブリエルさんにも恋愛感情を抱いていないから野放しにされてるんだろうけど、もし少しでもガブリエルさんに気がある素振りが見えれば…フェリックスさんは僕を徹底的に排除するんだろうなって事も想像に容易い。敵には回したくはない人だ。
そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、突然横から肩を抱かれた。其方を見れば良く知らない下官の方二人程がにやにやと笑っていた。
「よう、エリオットちゃん」
「フェリックス様に色目使ってんの見たぜー」
「はい?」
色目?あの方に?僕の尊敬する上司の旦那様に、色目なんて使う筈が無い。なんだか嫌な人達だなあと僕は肩から手を振り払った。
「なんだよ連れねえな」
「やっぱり、あのオメガに可愛がってもらってるから俺たちなんかお呼びじゃねえって事?」
「は?」
「あのオメガだよ、何だっけ…ガブリエルとかいう美人のオメガ」
「エリオットちゃんはベータだっけ?ベータでも可愛いから男に色目使ってんだろうけど、やっぱりあのオメガが相手だと抱く方なんかな」
ギャハハ、と笑う下賎な人達に、僕の中の怒りがかっと体に駆け巡った。何だこの時代遅れのゴミみたいな人達は。僕を馬鹿にするのも腹が立つが、それ以上に尊敬しているガブリエルさんを下に見ている事に腹が立って仕方が無い。
僕は男の足の甲を思い切り踏んだ。
「ぎゃあ!いってえ!」
「ああ、すみません。今時オメガだからベータだからと下らない推測をされる単細胞の方たちに、つい足が出てしまって」
「な、何…」
「そんな馬鹿みたいな事を考えてばかりいるから下官なんでしょうね。僕の上司みたいにバース性に囚われず評価されて出世される方とは大違いだ。勉強になりました」
僕はにっこりと笑うと、失礼、とだけ言ってその場を離れた。ベータで小柄な僕にそこまで言い返されると思っていなかったのか、頭の悪い方たちは後ろで呆然と立ち尽くしていた。
まだ居るんだよなあ、ああいう輩。
正直僕も昔初めてガブリエルさんの補佐官に就く時は、オメガの上司っていうものが想像出来なくて色々考えたりもしたけれど。
でも実際に会ってみればガブリエルさんは気さくで飾らなくて、その上仕事もきっちりどころか人の何倍もこなしちゃう様な人で凄く格好良くて、すっかり僕の憧れの上司になってしまった。バース性に囚われないその姿勢は本当に僕もたくさん見習いたい。
そしてまだああいった下らない古い考えを持つ輩は世の中に蔓延っているのも事実だし、それを変えていってより社会でオメガやベータも活躍していける未来になるといいなと思う。
でも最近少しフェリックスさん関連の事にだけ見せる姿は、オメガらしくて可愛いなあなんて思ったりもするんだけど。そういう色んな面の魅力がある人が上司で、やっぱり僕は誇らしい。
「僕も早く最愛の旦那様とか、奥さんに出会いたいなぁ」
毎日の様にああやって見せつけられてしまうと、僕も当てられてしまう。バース性も性別も問わないので、早く自分自身を見てくれる相手と結ばれたいななんて妄想を抱きながら、僕は帰路へとつくのだった。
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