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シャルルは死んだが、生きている
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自宅に帰り、暖かい暖炉の付いた部屋にホッとする。そんな間もなく、目の前に飛び込んできた最愛の人の様子に、驚いてその場に立ち止まってしまった。
「ジル?どうした、その髪は」
「あ!ファビアン、おかえり。新しい染料のお試しで自分に使ったら、変に明るくなっちゃったんだ」
こちらを振り向きにこりと笑う彼だが、その髪はいつもの茶色ではなくなっていた。染料のせいで明るい金髪になった彼を見て、まるで昔の頃に戻った様な心地だ。おかげで不思議な気持ちになり、まじまじとジルを見つめてしまうのだった。
ジルと王都の郊外の家で一緒に住むようになって、一年が経った。あっという間の一年だったが、お互いずっと長い間離れていた時間を取り戻すかの様に、私たちは常に一緒に居た。仕事以外では常に行動を共にし、お互い何が好きで何が嫌いなのかを知りたがった。
幸せで満ち足りた時間だ。五年前に結婚する筈だった私たちだが、それが漸く叶ったからだった。そしてきっと五年前、あのまま結婚していたら得られなかったであろう二人の関係性と時間が、何よりも私は愛おしかった。
そうして今日、仕事を終えて自宅に戻れば、先に帰っていた伴侶の姿を見て驚いた。金髪のジルは五年前に見て以来だ。最近は茶色の髪の印象が強く、こうして金髪に戻った彼を見るとまるで私が時空を超えた様な錯覚に陥る。
いや、それでもあの頃とは違う。ジルはシャルルだった頃よりずっと表情は柔らかくなり、成長した事で美しくなった。そもそも身長も伸びて、顔立ちも洗練された様に思う。華やかな金髪は彼に似合っていると私は思った。
そんな呆然と彼を見つめる私に、ジルは苦笑した。
「もう僕は金髪に戻るつもりは無かったのに、失敗しちゃった。明るい色にする染料って調合難しいんだよね」
「もう金髪には戻さないのか?」
「戻さないつもりだったよ。あの頃の自分の事、僕は好きじゃないから」
そう口にするジルに、つきりと胸が痛んだ。あんなに輝く金髪が自慢だった筈の彼なのに、もうその頃には戻りたくないと言う。そんな風に思わせてしまう原因は私にある。彼の自尊心を傷付け、家を捨てさせる程の言動をした私のせいだ。
私が暗い表情を浮かべたせいか、ジルは真顔になり立ち上がった。そして私の方に歩いて来たかと思えば、そっと私を抱き締めた。
「ファビアン。もう過去の事は後悔しないで。本当に貴方は何も悪くないんだ」
「しかし……」
「僕だってね、後悔が無い訳じゃない。僕さえ居なくなれば皆幸せなんだって勝手に思い込んで行動したけど、そのせいで貴方は何年も僕の事で苦しんだ。それはとても後悔してる」
「ジルは何も悪くない」
「そんな事は無い。……過去の事はもう取り返しがつかないし、時間が巻き戻せる訳じゃない。無かったことにも出来ないし。でもね、僕はファビアンと未来を見据えて生きていきたいんだ」
はっとした。
そうか。私は未だに、どうしても自分がジルを傷付けてしまった事が許せないでいる。しかしそのせいでジル自身が気に病む必要は無いのに、私が過去に囚われてしまうせいで彼本人を苦しめているのかもしれない。
それともう一つ、ずっと感じていた事があるのを思い出した。
私はぎゅっとジルを抱きしめた。
「すまない。どうしても、私が君を傷付けた事が許せなくて、そのせいでジルが気に病む事になっている」
「ううん。僕は大丈夫」
「それにきっと私達はあのまま結婚していたとして、通常の夫婦程度には仲が良かっただろう。しかし今のようにお互いを深く理解し、愛する事は無かったかもしれない」
「それはそう!僕も思ってた。あの時があるからこそ、今の僕たちがあるよ」
私とジルはお互い苦しんだ。
全てが良かった事ばかりでは無いし、自分が取った言動に非がある事も間違いはない。それでも、その苦しみがあったからこそ自分自身に気が付けた。
正しい真っ当な道だったとは言い難いが、それでも今こうして私たちがお互いを思い合い、深く愛するのはあの過去があるからこそだ。
過去の事は忘れない。それでも、これからは二人で前を見据えて生きていきたい。最も大事なのは過去どうするべきだったかじゃない、これからどうしたいかだ。私よりもずっと立派な伴侶は、きちんとそれを理解している。私の方が気付くのが遅くなってしまった。
私はそっと目の前の金髪の頭に口付けた。懐かしい椿の油の香りがして、私は微笑む。
「でも、君は金髪も似合っているよ」
「えっ!本当?うーん……茶髪とどっちが好き?」
「どちらも好きだ。黒髪でも構わない。ピンクでもブルーでも」
「そんな色、流石に見た事ないけど」
けたけたと笑うジルだが、「そういう奇抜な色も誰かには需要あるのかな」と途端に職人の顔になるものだから、私はおかしくなって笑ってしまった。
シャルルは死んだ。傲慢で浪費家の貴族の子息はもうどこにも居ない。私が追い詰め、殺したも同然だ。
代わりにジルという一人の青年がいる。彼は強く、美しく寛大だ。シャルルとして生きていく事を捨てたが、彼は幸せそうに私の腕の中で微笑んでいる。
何よりも慈しみ、幸せにしたい。過去の分も含めて、これから誰よりも幸せにする。私はそう胸に誓い、彼の唇に口付けを贈った。
「ジル?どうした、その髪は」
「あ!ファビアン、おかえり。新しい染料のお試しで自分に使ったら、変に明るくなっちゃったんだ」
こちらを振り向きにこりと笑う彼だが、その髪はいつもの茶色ではなくなっていた。染料のせいで明るい金髪になった彼を見て、まるで昔の頃に戻った様な心地だ。おかげで不思議な気持ちになり、まじまじとジルを見つめてしまうのだった。
ジルと王都の郊外の家で一緒に住むようになって、一年が経った。あっという間の一年だったが、お互いずっと長い間離れていた時間を取り戻すかの様に、私たちは常に一緒に居た。仕事以外では常に行動を共にし、お互い何が好きで何が嫌いなのかを知りたがった。
幸せで満ち足りた時間だ。五年前に結婚する筈だった私たちだが、それが漸く叶ったからだった。そしてきっと五年前、あのまま結婚していたら得られなかったであろう二人の関係性と時間が、何よりも私は愛おしかった。
そうして今日、仕事を終えて自宅に戻れば、先に帰っていた伴侶の姿を見て驚いた。金髪のジルは五年前に見て以来だ。最近は茶色の髪の印象が強く、こうして金髪に戻った彼を見るとまるで私が時空を超えた様な錯覚に陥る。
いや、それでもあの頃とは違う。ジルはシャルルだった頃よりずっと表情は柔らかくなり、成長した事で美しくなった。そもそも身長も伸びて、顔立ちも洗練された様に思う。華やかな金髪は彼に似合っていると私は思った。
そんな呆然と彼を見つめる私に、ジルは苦笑した。
「もう僕は金髪に戻るつもりは無かったのに、失敗しちゃった。明るい色にする染料って調合難しいんだよね」
「もう金髪には戻さないのか?」
「戻さないつもりだったよ。あの頃の自分の事、僕は好きじゃないから」
そう口にするジルに、つきりと胸が痛んだ。あんなに輝く金髪が自慢だった筈の彼なのに、もうその頃には戻りたくないと言う。そんな風に思わせてしまう原因は私にある。彼の自尊心を傷付け、家を捨てさせる程の言動をした私のせいだ。
私が暗い表情を浮かべたせいか、ジルは真顔になり立ち上がった。そして私の方に歩いて来たかと思えば、そっと私を抱き締めた。
「ファビアン。もう過去の事は後悔しないで。本当に貴方は何も悪くないんだ」
「しかし……」
「僕だってね、後悔が無い訳じゃない。僕さえ居なくなれば皆幸せなんだって勝手に思い込んで行動したけど、そのせいで貴方は何年も僕の事で苦しんだ。それはとても後悔してる」
「ジルは何も悪くない」
「そんな事は無い。……過去の事はもう取り返しがつかないし、時間が巻き戻せる訳じゃない。無かったことにも出来ないし。でもね、僕はファビアンと未来を見据えて生きていきたいんだ」
はっとした。
そうか。私は未だに、どうしても自分がジルを傷付けてしまった事が許せないでいる。しかしそのせいでジル自身が気に病む必要は無いのに、私が過去に囚われてしまうせいで彼本人を苦しめているのかもしれない。
それともう一つ、ずっと感じていた事があるのを思い出した。
私はぎゅっとジルを抱きしめた。
「すまない。どうしても、私が君を傷付けた事が許せなくて、そのせいでジルが気に病む事になっている」
「ううん。僕は大丈夫」
「それにきっと私達はあのまま結婚していたとして、通常の夫婦程度には仲が良かっただろう。しかし今のようにお互いを深く理解し、愛する事は無かったかもしれない」
「それはそう!僕も思ってた。あの時があるからこそ、今の僕たちがあるよ」
私とジルはお互い苦しんだ。
全てが良かった事ばかりでは無いし、自分が取った言動に非がある事も間違いはない。それでも、その苦しみがあったからこそ自分自身に気が付けた。
正しい真っ当な道だったとは言い難いが、それでも今こうして私たちがお互いを思い合い、深く愛するのはあの過去があるからこそだ。
過去の事は忘れない。それでも、これからは二人で前を見据えて生きていきたい。最も大事なのは過去どうするべきだったかじゃない、これからどうしたいかだ。私よりもずっと立派な伴侶は、きちんとそれを理解している。私の方が気付くのが遅くなってしまった。
私はそっと目の前の金髪の頭に口付けた。懐かしい椿の油の香りがして、私は微笑む。
「でも、君は金髪も似合っているよ」
「えっ!本当?うーん……茶髪とどっちが好き?」
「どちらも好きだ。黒髪でも構わない。ピンクでもブルーでも」
「そんな色、流石に見た事ないけど」
けたけたと笑うジルだが、「そういう奇抜な色も誰かには需要あるのかな」と途端に職人の顔になるものだから、私はおかしくなって笑ってしまった。
シャルルは死んだ。傲慢で浪費家の貴族の子息はもうどこにも居ない。私が追い詰め、殺したも同然だ。
代わりにジルという一人の青年がいる。彼は強く、美しく寛大だ。シャルルとして生きていく事を捨てたが、彼は幸せそうに私の腕の中で微笑んでいる。
何よりも慈しみ、幸せにしたい。過去の分も含めて、これから誰よりも幸せにする。私はそう胸に誓い、彼の唇に口付けを贈った。
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あ、既成事実から来ましたが、シャルルも書いてらしたんですね。
(今気づきました、申し訳ありません💦)
こちらも読後がさわやかで気に入っていた作品です。
ジル、好きなんですよね(*´▽`*)♪
目標に向かって突っ走る令息w
でもバイタリティー豊かなので応援してました。
元は男爵令息の一言からだったんですよね😅💦
あの後どうなったか。少し気になっていましたw
少し前に読んだ覚えがあるのですが、別サイトでも執筆なさっていましたか?
プロフィールにも記載してますが、別サイトにて普段活動しております。よろしくお願いします
ファビアンが想いを告げてくれて、良かった!
そして、切ない… 今後が気になります