3 / 4
3
しおりを挟む
「困りますなあ。王ともあろうお方が、騎士の男に入れ上げるとは」
「……」
「せめてお一人は王子を側室に産ませて頂かないと。国民も安心出来ませんな」
もしかしてこれは原作BL漫画『来世も君と共に』の続編に当たる、『来世も君の為なら』の話では…?と言うか、俺とルイ王子が結ばれなくても同じ展開になるんだなあ、なんて呑気な事を考えてしまった。
王である俺、リオンと騎士団長のフィンが結ばれて早半年。ラブラブな日々を送っていたのも束の間、長年病床に伏せっていたが回復を遂げた神官長のコナーが復帰を果たした。
コナー神官長は俺の父の代からこの国の聖職者の長であり、王家の指南役でもある。御歳七十を超えるこの人は良くも悪くも古い考えの持ち主で、続編にあたる原作では結ばれたリオン王とルイ王子に立ちはだかる一番の難関である。
まあ、当たり前だよなあ。王なのに世継ぎの一人もなく、年の離れた小さな弟に跡を継がせようとするのは普通にリスクが高い。弟がどんな人間になるかも分からないし、そもそも弟がきちんと成長するまでに俺か弟が死にでもしたら大変な事になる。少しでも世継ぎ候補を沢山残しておかなければ、王家の血筋が途絶える事になりかねない。
分かる。コナー神官長の言う事は最もだ。しかしそれには最大の問題がある。
「コナー神官長。そなたの言う事は間違いでは無い」
「お分かり頂けましたか」
「ああ。しかし私は女が抱けない」
「…はい?」
「女には勃たん。因みに男みたいな女でも勃起しない」
「…………」
「諦めろ」
唖然とするコナー神官長を置いて、俺は王の執務室を後にした。
続編にあたる『来世も君の為なら』は、コナー神官長率いる伝統を守る派の人間達に次々と新しい側室をあてがわれルイ王子との仲が危うくなる。ルイ王子の方も故郷の国からやって来た従者の男が新たにライバルに加わり、リオン王とルイ王子は破局の危機を迎えるが最後は乗り越えてハッピーエンドだ。
と言うのも、実は先王である俺の父には隠し子が居て、母親の身分が低い為に秘匿され今は街中で普通の市民として暮らしている。本人も王家の血筋を引いているとは露知らず生きており、その後元からいるうちの幼い弟と切磋琢磨しながら頭角を現していく話だ。その隠し子を見付けてくるのも物語のキーとなった筈だと思う。隠し子の名前はアイザック。結構すれた感じの少年だったと記憶しているけど、とりあえず探し出さないと。
早速俺の秘密裏に雇う暗躍部隊の方に情報を流し、アイザックを探させる事にした。
その日の夜半いつもの様にフィンを寝室に連れ込む。フィンはこの時おおむね緊張している様子だが、今日は一段と顔が強ばってぎこちなかった。こういう時のフィンはろくでもない事を考えているのを俺は知っている。
ベッドに腰掛けてフィンも隣に座る様促し、ゆっくりとフィンの手を握った。そして安心させる様に笑って見せる。
「どうかしたか」
「……コナー神官長が、復帰されたと」
「ああ」
「その、陛下に…側室を増やす様に動かれていると、城中で話題になっております」
うわ…やっぱりそうか。側室をやたらあてがわれるのは原作と同じ展開になるんだな。あんな啖呵を切っても変わらないものは変わらないのか。
それよりも心配なのはフィンだ。顔をやや青褪めさせて強ばった表情で下を向いているのは、どうせ自分なんかでは俺に相応しくないとか考えているんだろう。俺はぎゅっとフィンに抱き着いて、その大きな背中に腕を回した。
「安心しろ。私はフィン以外誰ともこんな事をするつもりは無い」
「…嬉しいです。ですが、本当に良いのでしょうか」
「私を信じろ。きちんと策は練ってある」
「はい…」
おずおずと俺の方に腕を回すフィンは、不安そうな表情が拭えない。
うーん、心配だ。ルイ王子と結ばれていないので原作の様にルイ王子の従者が乗り込んで来る事は無いと思うが、もしかしたら代わりに別の人間が俺達の関係に割り込んで来るかもしれない。しかもルイ王子と違ってフィンは王族では無い。今もこうして不安そうにしているのは、身分の事を考えているんだろうなと思う。
いつだってそうだ。俺からフィンをけしかけないとフィンはなかなか俺に手を出さない。もちろんセックス中でも段々と昂れば暴走してくれるんだが、どうにも遠慮しているんだと思う。どうしても俺が崇めるべき主人でありフィンはそれに仕える騎士、というスタンスが抜けない。いや間違ってはないんだけども、前世の日本人だった記憶のある俺としては…普通に対等な恋人関係でいたい訳だ。そして俺としては更に恋人にはグイグイ来て欲しい願望もある。
どうしたもんかなあと思いながらも、俺はフィンの寄った眉根にキスをした。フィンは漸く笑ってくれたが、この日からどこか思い悩む様な表情をする様になってしまった。
暫くしたある日の事、俺の夕食時に割って入ってきたコナー神官長がずらっと十人以上の姫君達を目の前に通して並べた。
展開が読めてうんざりしている俺を無視して、コナー神官長が口を開く。
「ここに並ぶ者を側室として新たに十人程迎えます。今までの者達では陛下を満足させられなかった様ですので、其方は解任して入れ替えておきますので。先ずは毎夜一人ずつ部屋にお招き下さい」
「…神官長、私は言った筈だが。側室はこれ以上必要無い」
「陛下は女を知らないだけです。今回は手練の女達を用意しましたので、陛下も目が覚めるでしょう」
「……」
…居るんだよなあこういう人間。俺の前世でもいた。ゲイは病気とか気の迷いみたいに考えてて、女さえ知れば普通に女好きになるとか考えている輩が。違うんだわ、根本的に。俺の前世は根っからのゲイの男で、生まれた時から女性を性的に見た事すらない。思春期の頃裸の女性の写真が載った雑誌なんていくらでも見たが、どれもふうん、女性はこういう作りなんだ…位にしか思わず性的に興奮する事なんて一度も無かった。むしろクラスの男子が体操着に着替える最中の胸元や首筋、足にばかり目がいって、胸も股間もドキドキしていたものだ。
まあとにかくこの場は適当に納める他無い。こういう頭でっかちな人間は暖簾に腕押し、何を言っても無駄だ。
「神官長、こういう勝手な行いは許さない」
「全ては陛下と国の為です」
「ならば此方にも策がある」
「…何ですと?」
「とにかくこの姫君達はお引き取り願う。私は最愛の騎士以外に寝所を共にしない」
「……」
気分を害した、とだけ言い俺は部屋を後にした。早く隠し子のアイザックを見付けて跡取り候補を増やさないと、コナー神官長がどんどんあの手この手で俺に側室に手を付けさせようとしてきてしまう。
原作の続きの方も読んでいて良かったな…。おかげで次に何をするべきか分かるからありがたい。前世の日本では営業マンとして、顧客の興味をひく為に世間で流行っているものは片っ端から情報を仕入れていた。もちろん流行りの漫画ならBLだろうと何だろうと読んでいたし、だからこそこの続編『来世も君のためなら』も買ってしっかりと読んでいた。偉いぞ当時の俺…。
とにかく、俺は部下たちに探らせている隠し子アイザックの捜索を急ぐ様伝えた。
事件が起きたのは次の日である。
俺はいつもの様に夜になって、寝室のドアの前に居る筈のフィンを探した。しかしドアの前をいくら見渡してもフィンが見当たらない。おかしいな…と首を傾げた所に、別の護衛の騎士が話し掛けてくる。
「陛下、フィン騎士団長をお探しですか」
「ああ。いつもはここに立っていたと思うが、今日はどうした」
「それが…本日の夕方頃からお姿が見えないのです。ご自身の勤務が終わった後はいつも陛下のお近くの警護にいらっしゃる筈なのですが、今日は現れずでして」
「何だと」
俺は不安に駆られた。嫌な予感しかしない。
陛下!と俺を呼ぶ騎士たちの声を無視して俺は寝巻きのまま城内を走った。後ろを護衛達が走って着いてくるが構っている余裕が無い。
フィンは王国騎士団長として地位がある為、部屋も俺の王の寝室からほど近い場所にあるのは知っている。俺はフィンの部屋に辿り着くとドアを開けた。鍵はかかっていなかった。
しん、とした暗い部屋は雑然と物が置かれており、荒らされた様子は無い。ほっとしたのも束の間、部屋の中央のテーブルの上に一枚の白い紙が置いてある事に気が付いた。俺は部屋の明かりを付けてその紙を手に取り、書かれている内容を読む。そしてその次の瞬間には後ろにいた護衛達に声を張り上げた。
「フィン騎士団長が失踪した。兵を集めて探させろ」
「え、何と…」
「早く!国中を探せ!」
「は、はい!御意に」
ばたばたと掛けて行く騎士達の足音を背に、俺はくしゃりとその置き手紙を握り潰した。
何でだよ。
俺がお前の事を好きで傍に置かせてるの、知ってるくせに。
どうしてそうなるんだよ。
『愛するリオン陛下へ
急な事に、ご挨拶が出来ず申し訳ありません。いや、本当は会ってしまえば決意が揺らぐので、この様な形でしかお別れが言えませんでした。
聡明な陛下はお分かりでしょうが、俺はやはり貴方の隣にいる事は相応しくありません。その為、お傍を離れる事に致しました。
俺では、世継ぎも産めませんし陛下のご迷惑、足枷にしかならない事は分かっていました。
幸せな数十年をありがとうございました。どんな形であれ、貴方に仕える事が俺の幸せでした。そして、貴方の全てを愛しています。きっと離れていても心は変わりません。
さようなら、愛を込めて。 貴方のフィン』
「フィンは?」
「いえ、まだ」
「アイザックの方は」
「其方はいくつか情報が入りました。もうすぐ良いご報告が出来るかと」
「そうか」
俺が私的に雇っている暗躍部隊と城の庭で秘密裏に報告を受け、俺は落胆した。
フィンの捜索から一週間経ったが、残念ながら難航していた。捜索を開始したのは失踪から時間も経っておらずそんなに遠くには行っていないと思うんだが、しかし王都中を人海戦術で探させてもフィンは見当たらなかった。通関や船の横行履歴もくまなく調べさせたが、見付ける事が出来ないでいる。
正直一番怪しいのが…神官長率いる神殿の内部だ。しかしそこは王である俺でも容易に立ち入れない法律があり探らせるのが難しい。我が国は三権分立的に王、軍、聖職者はそれぞれの権利を持つ。それをもって神殿は聖なる領域として確立されているのが仇となった。これをもし先に知っていたら法改正したのに…。
原作でも勿論、フィンが失踪するなんて展開は無かった。当たり前だ、俺とフィンが恋仲になる事自体が原作には無いイレギュラーなんだ。だからこそこの自体を予測しようが無くて、対処の仕方も分からず途方に暮れている。
落ち込む俺の元に、近付いてくる足音が聞こえる。顔を上げると、そこには見知らぬ着飾った姫がにこりとした笑顔で立っていた。
俺は舌打ちをしたい気持ちを押し殺して足早に庭を後にする。
「あっ、陛下お待ち下さい、私は側室の一人で名を…」
「煩い」
俺はそう言い放ち背を向けたまま歩いた。以前の俺なら側室の一人や二人と話し相手になるくらいはしたと思う。しかし今の俺にはそんな余裕が無かった。早くフィンを見付けたいし、同時に隠し子のアイザックも見付けないとコナー神官長は抑えられない。そんな焦る気持ちが俺の苛立ちに繋がっていた。
イライラとして庭から城に戻り廊下を歩いていると、前からコナー神官長がやって来た。俺は無視して通り過ぎようかとしたが、向こうから話し掛けられる。
「おやおや、陛下。どうなされましたか、そんなに急がれて」
「…」
「ところであの側室は如何でしたかな。美しいあの娘はうちの家の三女なのですよ」
「今はそれどころでは無い」
「いい加減、男の恋人なんてお忘れになられては。女は良いものですよ」
聞いていられなくなって俺は神官長を無視して足早に廊下を歩き、自室に戻った。
部屋のベッドの上に身を投げ出す。思い出すのはフィンの事ばかりだ。
会いたい。…そして寂しい。
フィンと結ばれてからたったの半年しか経っていないし、何なら俺が最初にフィンと寝たのはフィンの見た目が好みだから抱いて欲しい、なんていう邪で不純な動機だった。それなのに、今このベッドの横にフィンが居ない事が辛くて仕方が無い。
好みの体と顔が欲しければ、多分俺の権力を使っていくらでも好みの男は国中から集められるだろう。それで男だらけのハーレムを作って酒池肉林の日々を送る事だって出来る。そして多分もしかしたらの話だけど、この世界に転生した事を覚醒し気付いた時だったら、そんな選択も選んだかもしれない。でも今の俺は違う。
あの真っ直ぐで俺の事しか考えていなくて、何ならきっと俺の為に命を投げ出す事も容易く出来て、優しく暖かくて包み込んでくれる、俺に向かって陛下、と笑いかけてくれる…あの男じゃないと嫌だ。見た目も中身も抜群で、夜の相性も最高で、俺を抱き締めてくれる大きな腕で…何よりも俺を心底愛してくれる、フィンじゃなきゃ駄目なんだ。
こんな展開になって気が付いてしまった。原作の漫画にある事なら落ち着いて対処出来る筈だったのに、原作に無いこんな展開…俺は耐えられない。
コナー神官長にけしかけられてこんな事になっているんだとは思うが、きっとフィン本人も俺の為に身を引くつもりなんだろう。
そんなのは絶対に許さない。早く帰って来てもらわないと困る。
でも今は捜索を進め、やれる事をやるしか他に道は無い。俺はベッドの上でシーツを握り締めた。
そうしたある日、隠し子のアイザックの方が見付かったと連絡を受ける。俺は保護して内密に城まで連れて来る様に指示した。
謁見の間で見る父の隠し子…つまり俺の異母兄弟にあたるアイザックは十歳程度の子供で、酷く汚れた身なりで暴れていた。
「おい、俺をどうするつもりだ!離せ!」
確かアイザックの母はとっくに亡くなっていて、アイザック本人は孤児になっていたと思う。市中で必死に生きていたんだろうな。孤児の保護に関する政策も見直して、貧富の差も無くさないと…とぼろぼろの服を着て暴れているアイザックを見ながら思った。
「アイザック」
「お前、誰だ!俺をどうするつもりだ」
「私はリオン。この国の王で、お前の兄だ」
「……は…?」
「今日からお前はこの城で暮らす。まずは身なりを整えて、その後王家の人間として教育も受ける事になる」
「え?…王家…?」
「ああ。勉強や武術、帝王学と学ぶべき事はたくさんあり、教育は厳しい。辛くなれば兄である私を頼ると良い。またこの城にはお前の弟も居るし、切磋琢磨し私の跡を継ぐ立派な人間になる様に。勿論、どうしても合わなければ王になる以外の道を示そう」
「……」
理解が追いつかないで唖然としているアイザックの元に歩み寄り、俺はその汚れた手を取った。
「会えて嬉しい、弟よ」
「…っ」
驚いた様なアイザックの瞳に薄らと涙の膜が張った。
アイザックは両親不在の為天涯孤独の身だった。それがリオン王に拾われた事で家族が出来て、アイザックの暗く深い闇に覆われた人生に光が差すんだ。原作ではその後リオンに懐き、勉強も武術も才能を見出す。そして元からいた弟のジョシュアと切磋琢磨し仲良きライバルとして成長していくストーリーだった筈だ。
これで王家の跡取り候補がもう一人増える事になる。俺は使用人達にアイザックを風呂に入れて身なりを整えさせ、コナー神官長の元に向かった。
「神官長」
「…おや、此方の方は」
「我が父の血を引く男子だ」
「な、何ですと」
「父にはもう一人息子がいる。歴とした王家の血筋を引く者だ。市井で暮らしていたところを引き取り、これから教育を施す」
「…」
「さあ、これで貴殿の望み通り世継ぎの候補者の王子は増えた。フィンの居場所を吐いてもらおうか」
「…そこまでして、あの男がいいのですか。男の様な女もこの世にはおりますよ」
「私はフィン以外に所望しない。それを気付かせてくれたのは神官長だ。その点には感謝する」
「……」
俺の皮肉に、コナー神官長は苦虫を噛み潰したような表情で睨み付けてきた。そして漸く、その着ていた長いローブの内側から一つの鍵を取り出して俺に渡した。
「神殿の奥、祈りの間です。言っておきますが、わたくし達はけしかけただけで陛下から離れる決心をしたのは本人ですよ」
「分かっている」
奪い取る様に鍵を手にすると俺は一目散に神殿の方に走った。護衛の騎士たちを引き連れて脇目も振らず、城から飛び出し隣の敷地の山の上にある神殿へと向かう。
俺が来る事が分かっていたのか、神殿内部に居る神官たちは俺を止める事は無かった。そうして長い回廊をひた走る内に、奥の祈りの間を見付けた。俺は逸る気持ちを抑え鍵穴に鍵を差し込み、重い扉を開けた。
「フィン」
「陛下、何故ここに…」
祈りの間の椅子に腰掛けていたフィンが立ち上がる。その驚いた様な表情に、何だか泣きたい様な気持ちになってしまった。俺は騎士や神官たちに目配せをして下がらせた。
久しぶりに会えたフィンは少々やつれて見えた。会えたら言いたい事は色々あったと思う…けどその顔を見たら安心して忘れてしまった。俺はそのまま歩いてフィンに近付き、抱き着く。
フィンが消えていたのはたかが二週間程。それなのに、結構堪えてしまったなあと俺は感じる。
この世界は俺が前世の日本で読んだBL漫画の世界で、未来に起こる事を知っているから余裕でいられただけだ。原作に無い展開だと俺はどうしようも無いし、ましてやそれがフィン絡みだとこんなにもしんどいなんて思ってもみなかった。今や俺の最大の癒しはフィンの存在そのもので、他では替えがきかないのだ。
久しぶりの大きな胸板と逞しい腕に顔を埋める。顔を上げれば、困惑した様な表情のフィンと目が合った。
「陛下…どうしてここが分かったのですか」
「もちろん、コナー神官長と交渉の末だ。王の後継者となる人物をもう一人見付けてきた。正真正銘の王家の血筋を引く男子だ」
「…」
「お前が何を考えてこの様な行動に出たのかは分かっている。しかし、私を信じて欲しかった」
「陛下……、申し訳、ありません…。俺では、貴方に相応しくないのはずっと、分かっていたのです」
「ああ」
まるで懺悔をする様にフィンは俺の前に崩れ落ちて跪いた。
「俺は陛下を初めて目にした時から、お慕いしております。陛下も想いを返して下さる様になり、天にも登る気持ちで…しかし同時に、俺の様な人間では……陛下の隣に居るべきでは無いと分かっておりました。それでも目を背けました、貴方と共に居たかったから」
「フィン…」
「しかし、神官長に陛下のお立場の話をされ…改めて俺では貴方に相応しくないと、実感致しました。ほとぼりが冷めればこの国を出るつもりで…」
「ほとぼりなんてものは冷めない。私はフィンが見付かるまで探すつもりだった」
「っ…」
俺はその場に膝をついた。王たる者が地面に膝を付けるなんてするべきでは無い。でも今は誰も他に傍に居ないし、良いだろう。
フィンに視線を合わせその大きな剣だこだらけの手を取る。
「きちんと言っていなかった様に思う。フィン…愛している。どんな障壁があろうとも、フィンと共に生きていきたい。勝手に愛する人に身を引かれては、私は幸せになれない」
「…陛下」
フィンの眦にみるみるうちに涙が溜まっていき、ぽろりとそれが零れた。掴んでいた手が離され、そっと俺の体に腕が回る。
フィンの涙で肩が少し濡れて冷たい。俺はその啜り泣く背中と頭をそっと撫でた。
「貴方を信じていなかった訳ではないのです…俺が、俺自身を信じ切れなかった…」
「分かっている」
「愛しています、リオン陛下。誰よりも、何よりも」
「ああ。これからはもう少し自信を持って私の隣に立つ様に」
「はい」
涙に濡れた顔で、フィンがはにかむ様に俺を見て微笑んだ。あまりにも健気な笑顔でキュンとしてしまう。格好良くて可愛い俺の最高の彼氏だ。
そして漸くこの手にフィンが戻って来た。そんな安堵に、俺も微笑み返してその大きな体をぎゅっと抱き込んだ。
「……」
「せめてお一人は王子を側室に産ませて頂かないと。国民も安心出来ませんな」
もしかしてこれは原作BL漫画『来世も君と共に』の続編に当たる、『来世も君の為なら』の話では…?と言うか、俺とルイ王子が結ばれなくても同じ展開になるんだなあ、なんて呑気な事を考えてしまった。
王である俺、リオンと騎士団長のフィンが結ばれて早半年。ラブラブな日々を送っていたのも束の間、長年病床に伏せっていたが回復を遂げた神官長のコナーが復帰を果たした。
コナー神官長は俺の父の代からこの国の聖職者の長であり、王家の指南役でもある。御歳七十を超えるこの人は良くも悪くも古い考えの持ち主で、続編にあたる原作では結ばれたリオン王とルイ王子に立ちはだかる一番の難関である。
まあ、当たり前だよなあ。王なのに世継ぎの一人もなく、年の離れた小さな弟に跡を継がせようとするのは普通にリスクが高い。弟がどんな人間になるかも分からないし、そもそも弟がきちんと成長するまでに俺か弟が死にでもしたら大変な事になる。少しでも世継ぎ候補を沢山残しておかなければ、王家の血筋が途絶える事になりかねない。
分かる。コナー神官長の言う事は最もだ。しかしそれには最大の問題がある。
「コナー神官長。そなたの言う事は間違いでは無い」
「お分かり頂けましたか」
「ああ。しかし私は女が抱けない」
「…はい?」
「女には勃たん。因みに男みたいな女でも勃起しない」
「…………」
「諦めろ」
唖然とするコナー神官長を置いて、俺は王の執務室を後にした。
続編にあたる『来世も君の為なら』は、コナー神官長率いる伝統を守る派の人間達に次々と新しい側室をあてがわれルイ王子との仲が危うくなる。ルイ王子の方も故郷の国からやって来た従者の男が新たにライバルに加わり、リオン王とルイ王子は破局の危機を迎えるが最後は乗り越えてハッピーエンドだ。
と言うのも、実は先王である俺の父には隠し子が居て、母親の身分が低い為に秘匿され今は街中で普通の市民として暮らしている。本人も王家の血筋を引いているとは露知らず生きており、その後元からいるうちの幼い弟と切磋琢磨しながら頭角を現していく話だ。その隠し子を見付けてくるのも物語のキーとなった筈だと思う。隠し子の名前はアイザック。結構すれた感じの少年だったと記憶しているけど、とりあえず探し出さないと。
早速俺の秘密裏に雇う暗躍部隊の方に情報を流し、アイザックを探させる事にした。
その日の夜半いつもの様にフィンを寝室に連れ込む。フィンはこの時おおむね緊張している様子だが、今日は一段と顔が強ばってぎこちなかった。こういう時のフィンはろくでもない事を考えているのを俺は知っている。
ベッドに腰掛けてフィンも隣に座る様促し、ゆっくりとフィンの手を握った。そして安心させる様に笑って見せる。
「どうかしたか」
「……コナー神官長が、復帰されたと」
「ああ」
「その、陛下に…側室を増やす様に動かれていると、城中で話題になっております」
うわ…やっぱりそうか。側室をやたらあてがわれるのは原作と同じ展開になるんだな。あんな啖呵を切っても変わらないものは変わらないのか。
それよりも心配なのはフィンだ。顔をやや青褪めさせて強ばった表情で下を向いているのは、どうせ自分なんかでは俺に相応しくないとか考えているんだろう。俺はぎゅっとフィンに抱き着いて、その大きな背中に腕を回した。
「安心しろ。私はフィン以外誰ともこんな事をするつもりは無い」
「…嬉しいです。ですが、本当に良いのでしょうか」
「私を信じろ。きちんと策は練ってある」
「はい…」
おずおずと俺の方に腕を回すフィンは、不安そうな表情が拭えない。
うーん、心配だ。ルイ王子と結ばれていないので原作の様にルイ王子の従者が乗り込んで来る事は無いと思うが、もしかしたら代わりに別の人間が俺達の関係に割り込んで来るかもしれない。しかもルイ王子と違ってフィンは王族では無い。今もこうして不安そうにしているのは、身分の事を考えているんだろうなと思う。
いつだってそうだ。俺からフィンをけしかけないとフィンはなかなか俺に手を出さない。もちろんセックス中でも段々と昂れば暴走してくれるんだが、どうにも遠慮しているんだと思う。どうしても俺が崇めるべき主人でありフィンはそれに仕える騎士、というスタンスが抜けない。いや間違ってはないんだけども、前世の日本人だった記憶のある俺としては…普通に対等な恋人関係でいたい訳だ。そして俺としては更に恋人にはグイグイ来て欲しい願望もある。
どうしたもんかなあと思いながらも、俺はフィンの寄った眉根にキスをした。フィンは漸く笑ってくれたが、この日からどこか思い悩む様な表情をする様になってしまった。
暫くしたある日の事、俺の夕食時に割って入ってきたコナー神官長がずらっと十人以上の姫君達を目の前に通して並べた。
展開が読めてうんざりしている俺を無視して、コナー神官長が口を開く。
「ここに並ぶ者を側室として新たに十人程迎えます。今までの者達では陛下を満足させられなかった様ですので、其方は解任して入れ替えておきますので。先ずは毎夜一人ずつ部屋にお招き下さい」
「…神官長、私は言った筈だが。側室はこれ以上必要無い」
「陛下は女を知らないだけです。今回は手練の女達を用意しましたので、陛下も目が覚めるでしょう」
「……」
…居るんだよなあこういう人間。俺の前世でもいた。ゲイは病気とか気の迷いみたいに考えてて、女さえ知れば普通に女好きになるとか考えている輩が。違うんだわ、根本的に。俺の前世は根っからのゲイの男で、生まれた時から女性を性的に見た事すらない。思春期の頃裸の女性の写真が載った雑誌なんていくらでも見たが、どれもふうん、女性はこういう作りなんだ…位にしか思わず性的に興奮する事なんて一度も無かった。むしろクラスの男子が体操着に着替える最中の胸元や首筋、足にばかり目がいって、胸も股間もドキドキしていたものだ。
まあとにかくこの場は適当に納める他無い。こういう頭でっかちな人間は暖簾に腕押し、何を言っても無駄だ。
「神官長、こういう勝手な行いは許さない」
「全ては陛下と国の為です」
「ならば此方にも策がある」
「…何ですと?」
「とにかくこの姫君達はお引き取り願う。私は最愛の騎士以外に寝所を共にしない」
「……」
気分を害した、とだけ言い俺は部屋を後にした。早く隠し子のアイザックを見付けて跡取り候補を増やさないと、コナー神官長がどんどんあの手この手で俺に側室に手を付けさせようとしてきてしまう。
原作の続きの方も読んでいて良かったな…。おかげで次に何をするべきか分かるからありがたい。前世の日本では営業マンとして、顧客の興味をひく為に世間で流行っているものは片っ端から情報を仕入れていた。もちろん流行りの漫画ならBLだろうと何だろうと読んでいたし、だからこそこの続編『来世も君のためなら』も買ってしっかりと読んでいた。偉いぞ当時の俺…。
とにかく、俺は部下たちに探らせている隠し子アイザックの捜索を急ぐ様伝えた。
事件が起きたのは次の日である。
俺はいつもの様に夜になって、寝室のドアの前に居る筈のフィンを探した。しかしドアの前をいくら見渡してもフィンが見当たらない。おかしいな…と首を傾げた所に、別の護衛の騎士が話し掛けてくる。
「陛下、フィン騎士団長をお探しですか」
「ああ。いつもはここに立っていたと思うが、今日はどうした」
「それが…本日の夕方頃からお姿が見えないのです。ご自身の勤務が終わった後はいつも陛下のお近くの警護にいらっしゃる筈なのですが、今日は現れずでして」
「何だと」
俺は不安に駆られた。嫌な予感しかしない。
陛下!と俺を呼ぶ騎士たちの声を無視して俺は寝巻きのまま城内を走った。後ろを護衛達が走って着いてくるが構っている余裕が無い。
フィンは王国騎士団長として地位がある為、部屋も俺の王の寝室からほど近い場所にあるのは知っている。俺はフィンの部屋に辿り着くとドアを開けた。鍵はかかっていなかった。
しん、とした暗い部屋は雑然と物が置かれており、荒らされた様子は無い。ほっとしたのも束の間、部屋の中央のテーブルの上に一枚の白い紙が置いてある事に気が付いた。俺は部屋の明かりを付けてその紙を手に取り、書かれている内容を読む。そしてその次の瞬間には後ろにいた護衛達に声を張り上げた。
「フィン騎士団長が失踪した。兵を集めて探させろ」
「え、何と…」
「早く!国中を探せ!」
「は、はい!御意に」
ばたばたと掛けて行く騎士達の足音を背に、俺はくしゃりとその置き手紙を握り潰した。
何でだよ。
俺がお前の事を好きで傍に置かせてるの、知ってるくせに。
どうしてそうなるんだよ。
『愛するリオン陛下へ
急な事に、ご挨拶が出来ず申し訳ありません。いや、本当は会ってしまえば決意が揺らぐので、この様な形でしかお別れが言えませんでした。
聡明な陛下はお分かりでしょうが、俺はやはり貴方の隣にいる事は相応しくありません。その為、お傍を離れる事に致しました。
俺では、世継ぎも産めませんし陛下のご迷惑、足枷にしかならない事は分かっていました。
幸せな数十年をありがとうございました。どんな形であれ、貴方に仕える事が俺の幸せでした。そして、貴方の全てを愛しています。きっと離れていても心は変わりません。
さようなら、愛を込めて。 貴方のフィン』
「フィンは?」
「いえ、まだ」
「アイザックの方は」
「其方はいくつか情報が入りました。もうすぐ良いご報告が出来るかと」
「そうか」
俺が私的に雇っている暗躍部隊と城の庭で秘密裏に報告を受け、俺は落胆した。
フィンの捜索から一週間経ったが、残念ながら難航していた。捜索を開始したのは失踪から時間も経っておらずそんなに遠くには行っていないと思うんだが、しかし王都中を人海戦術で探させてもフィンは見当たらなかった。通関や船の横行履歴もくまなく調べさせたが、見付ける事が出来ないでいる。
正直一番怪しいのが…神官長率いる神殿の内部だ。しかしそこは王である俺でも容易に立ち入れない法律があり探らせるのが難しい。我が国は三権分立的に王、軍、聖職者はそれぞれの権利を持つ。それをもって神殿は聖なる領域として確立されているのが仇となった。これをもし先に知っていたら法改正したのに…。
原作でも勿論、フィンが失踪するなんて展開は無かった。当たり前だ、俺とフィンが恋仲になる事自体が原作には無いイレギュラーなんだ。だからこそこの自体を予測しようが無くて、対処の仕方も分からず途方に暮れている。
落ち込む俺の元に、近付いてくる足音が聞こえる。顔を上げると、そこには見知らぬ着飾った姫がにこりとした笑顔で立っていた。
俺は舌打ちをしたい気持ちを押し殺して足早に庭を後にする。
「あっ、陛下お待ち下さい、私は側室の一人で名を…」
「煩い」
俺はそう言い放ち背を向けたまま歩いた。以前の俺なら側室の一人や二人と話し相手になるくらいはしたと思う。しかし今の俺にはそんな余裕が無かった。早くフィンを見付けたいし、同時に隠し子のアイザックも見付けないとコナー神官長は抑えられない。そんな焦る気持ちが俺の苛立ちに繋がっていた。
イライラとして庭から城に戻り廊下を歩いていると、前からコナー神官長がやって来た。俺は無視して通り過ぎようかとしたが、向こうから話し掛けられる。
「おやおや、陛下。どうなされましたか、そんなに急がれて」
「…」
「ところであの側室は如何でしたかな。美しいあの娘はうちの家の三女なのですよ」
「今はそれどころでは無い」
「いい加減、男の恋人なんてお忘れになられては。女は良いものですよ」
聞いていられなくなって俺は神官長を無視して足早に廊下を歩き、自室に戻った。
部屋のベッドの上に身を投げ出す。思い出すのはフィンの事ばかりだ。
会いたい。…そして寂しい。
フィンと結ばれてからたったの半年しか経っていないし、何なら俺が最初にフィンと寝たのはフィンの見た目が好みだから抱いて欲しい、なんていう邪で不純な動機だった。それなのに、今このベッドの横にフィンが居ない事が辛くて仕方が無い。
好みの体と顔が欲しければ、多分俺の権力を使っていくらでも好みの男は国中から集められるだろう。それで男だらけのハーレムを作って酒池肉林の日々を送る事だって出来る。そして多分もしかしたらの話だけど、この世界に転生した事を覚醒し気付いた時だったら、そんな選択も選んだかもしれない。でも今の俺は違う。
あの真っ直ぐで俺の事しか考えていなくて、何ならきっと俺の為に命を投げ出す事も容易く出来て、優しく暖かくて包み込んでくれる、俺に向かって陛下、と笑いかけてくれる…あの男じゃないと嫌だ。見た目も中身も抜群で、夜の相性も最高で、俺を抱き締めてくれる大きな腕で…何よりも俺を心底愛してくれる、フィンじゃなきゃ駄目なんだ。
こんな展開になって気が付いてしまった。原作の漫画にある事なら落ち着いて対処出来る筈だったのに、原作に無いこんな展開…俺は耐えられない。
コナー神官長にけしかけられてこんな事になっているんだとは思うが、きっとフィン本人も俺の為に身を引くつもりなんだろう。
そんなのは絶対に許さない。早く帰って来てもらわないと困る。
でも今は捜索を進め、やれる事をやるしか他に道は無い。俺はベッドの上でシーツを握り締めた。
そうしたある日、隠し子のアイザックの方が見付かったと連絡を受ける。俺は保護して内密に城まで連れて来る様に指示した。
謁見の間で見る父の隠し子…つまり俺の異母兄弟にあたるアイザックは十歳程度の子供で、酷く汚れた身なりで暴れていた。
「おい、俺をどうするつもりだ!離せ!」
確かアイザックの母はとっくに亡くなっていて、アイザック本人は孤児になっていたと思う。市中で必死に生きていたんだろうな。孤児の保護に関する政策も見直して、貧富の差も無くさないと…とぼろぼろの服を着て暴れているアイザックを見ながら思った。
「アイザック」
「お前、誰だ!俺をどうするつもりだ」
「私はリオン。この国の王で、お前の兄だ」
「……は…?」
「今日からお前はこの城で暮らす。まずは身なりを整えて、その後王家の人間として教育も受ける事になる」
「え?…王家…?」
「ああ。勉強や武術、帝王学と学ぶべき事はたくさんあり、教育は厳しい。辛くなれば兄である私を頼ると良い。またこの城にはお前の弟も居るし、切磋琢磨し私の跡を継ぐ立派な人間になる様に。勿論、どうしても合わなければ王になる以外の道を示そう」
「……」
理解が追いつかないで唖然としているアイザックの元に歩み寄り、俺はその汚れた手を取った。
「会えて嬉しい、弟よ」
「…っ」
驚いた様なアイザックの瞳に薄らと涙の膜が張った。
アイザックは両親不在の為天涯孤独の身だった。それがリオン王に拾われた事で家族が出来て、アイザックの暗く深い闇に覆われた人生に光が差すんだ。原作ではその後リオンに懐き、勉強も武術も才能を見出す。そして元からいた弟のジョシュアと切磋琢磨し仲良きライバルとして成長していくストーリーだった筈だ。
これで王家の跡取り候補がもう一人増える事になる。俺は使用人達にアイザックを風呂に入れて身なりを整えさせ、コナー神官長の元に向かった。
「神官長」
「…おや、此方の方は」
「我が父の血を引く男子だ」
「な、何ですと」
「父にはもう一人息子がいる。歴とした王家の血筋を引く者だ。市井で暮らしていたところを引き取り、これから教育を施す」
「…」
「さあ、これで貴殿の望み通り世継ぎの候補者の王子は増えた。フィンの居場所を吐いてもらおうか」
「…そこまでして、あの男がいいのですか。男の様な女もこの世にはおりますよ」
「私はフィン以外に所望しない。それを気付かせてくれたのは神官長だ。その点には感謝する」
「……」
俺の皮肉に、コナー神官長は苦虫を噛み潰したような表情で睨み付けてきた。そして漸く、その着ていた長いローブの内側から一つの鍵を取り出して俺に渡した。
「神殿の奥、祈りの間です。言っておきますが、わたくし達はけしかけただけで陛下から離れる決心をしたのは本人ですよ」
「分かっている」
奪い取る様に鍵を手にすると俺は一目散に神殿の方に走った。護衛の騎士たちを引き連れて脇目も振らず、城から飛び出し隣の敷地の山の上にある神殿へと向かう。
俺が来る事が分かっていたのか、神殿内部に居る神官たちは俺を止める事は無かった。そうして長い回廊をひた走る内に、奥の祈りの間を見付けた。俺は逸る気持ちを抑え鍵穴に鍵を差し込み、重い扉を開けた。
「フィン」
「陛下、何故ここに…」
祈りの間の椅子に腰掛けていたフィンが立ち上がる。その驚いた様な表情に、何だか泣きたい様な気持ちになってしまった。俺は騎士や神官たちに目配せをして下がらせた。
久しぶりに会えたフィンは少々やつれて見えた。会えたら言いたい事は色々あったと思う…けどその顔を見たら安心して忘れてしまった。俺はそのまま歩いてフィンに近付き、抱き着く。
フィンが消えていたのはたかが二週間程。それなのに、結構堪えてしまったなあと俺は感じる。
この世界は俺が前世の日本で読んだBL漫画の世界で、未来に起こる事を知っているから余裕でいられただけだ。原作に無い展開だと俺はどうしようも無いし、ましてやそれがフィン絡みだとこんなにもしんどいなんて思ってもみなかった。今や俺の最大の癒しはフィンの存在そのもので、他では替えがきかないのだ。
久しぶりの大きな胸板と逞しい腕に顔を埋める。顔を上げれば、困惑した様な表情のフィンと目が合った。
「陛下…どうしてここが分かったのですか」
「もちろん、コナー神官長と交渉の末だ。王の後継者となる人物をもう一人見付けてきた。正真正銘の王家の血筋を引く男子だ」
「…」
「お前が何を考えてこの様な行動に出たのかは分かっている。しかし、私を信じて欲しかった」
「陛下……、申し訳、ありません…。俺では、貴方に相応しくないのはずっと、分かっていたのです」
「ああ」
まるで懺悔をする様にフィンは俺の前に崩れ落ちて跪いた。
「俺は陛下を初めて目にした時から、お慕いしております。陛下も想いを返して下さる様になり、天にも登る気持ちで…しかし同時に、俺の様な人間では……陛下の隣に居るべきでは無いと分かっておりました。それでも目を背けました、貴方と共に居たかったから」
「フィン…」
「しかし、神官長に陛下のお立場の話をされ…改めて俺では貴方に相応しくないと、実感致しました。ほとぼりが冷めればこの国を出るつもりで…」
「ほとぼりなんてものは冷めない。私はフィンが見付かるまで探すつもりだった」
「っ…」
俺はその場に膝をついた。王たる者が地面に膝を付けるなんてするべきでは無い。でも今は誰も他に傍に居ないし、良いだろう。
フィンに視線を合わせその大きな剣だこだらけの手を取る。
「きちんと言っていなかった様に思う。フィン…愛している。どんな障壁があろうとも、フィンと共に生きていきたい。勝手に愛する人に身を引かれては、私は幸せになれない」
「…陛下」
フィンの眦にみるみるうちに涙が溜まっていき、ぽろりとそれが零れた。掴んでいた手が離され、そっと俺の体に腕が回る。
フィンの涙で肩が少し濡れて冷たい。俺はその啜り泣く背中と頭をそっと撫でた。
「貴方を信じていなかった訳ではないのです…俺が、俺自身を信じ切れなかった…」
「分かっている」
「愛しています、リオン陛下。誰よりも、何よりも」
「ああ。これからはもう少し自信を持って私の隣に立つ様に」
「はい」
涙に濡れた顔で、フィンがはにかむ様に俺を見て微笑んだ。あまりにも健気な笑顔でキュンとしてしまう。格好良くて可愛い俺の最高の彼氏だ。
そして漸くこの手にフィンが戻って来た。そんな安堵に、俺も微笑み返してその大きな体をぎゅっと抱き込んだ。
158
お気に入りに追加
341
あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。


幼馴染は俺がくっついてるから誰とも付き合えないらしい
中屋沙鳥
BL
井之原朱鷺は幼馴染の北村航平のことを好きだという伊東汐里から「いつも井之原がくっついてたら北村だって誰とも付き合えないじゃん。親友なら考えてあげなよ」と言われて考え込んでしまう。俺は航平の邪魔をしているのか?実は片思いをしているけど航平のためを考えた方が良いのかもしれない。それをきっかけに2人の関係が変化していく…/高校生が順調(?)に愛を深めます

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。
みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。
事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。
婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。
いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに?
速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす!
てんやわんやな未来や、いかに!?
明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪
※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる