王道な物語の裏では

ふじの

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「フィンはいつから私の事が好きだったんだ」
「いつから…ですか。前にも申し上げた通り、出会った時からですが」

 そんな素振りはあっただろうか、と頭を捻る我が主君はこの世の誰よりも美しく気高く、愛らしい。
 確かに世間一般的にリオン陛下は勇ましく、男らしい王として名を馳せている。たなびく黄金の髪に海の様に深い蒼色の瞳、背は高く凛々しいその姿はまさに絵に描いた様な王その物だ。
 しかし俺にとっては誰よりも美しく気高く、愛らしい王なのだ。



 初めてリオン陛下にお会いしたのは、陛下がまだ王子殿下であり四歳の頃の話だ。俺は由緒正しい公爵家の生まれで、リオン王子殿下の遊び相手としてお傍に付く事になった。勿論将来リオン殿下が国王陛下となられた際は側近になる為の布石だ。
 初めてお会いした時の事は今でも忘れない。こんなに可愛い天使の様な子がいるのかと見蕩れてしまう程だった。
 それから仲良くなった俺達は、当時殿下も俺もまだ幼かった事もありよく庭でかけっこをして遊んだ。泥まみれになっては乳母に一緒になって怒られ、勉強も二人でサボったりしていつも叱られていた。仲が良すぎて夜も一緒のベッドで眠る程だった。

 しかし時の流れは残酷だ。次第に成長し、俺とリオン殿下の間には覆せない身分の差がある事に気が付く。
 そして殿下も俺も十五歳くらいになる頃、リオン殿下は既に未来の側室になる予定の姫君とのお見合いが始まっていた。王城の庭園でどこかの令嬢と歩いているのを見る度に、俺は胃の奥底が焼けて何故か涙が出て来てしまう。
 そこで気が付く。俺は…リオン殿下を、支えるべき主君以上の感情で見ていると。しかも…夜な夜な浮かべる夢の中の俺は、殿下を押さえ付け…その美しい肢体を嬲り、自身の愚直を殿下の後ろに捩じ込むのだ。崇拝すべき主君を穢れた視線で見ている事に強い罪悪感が募ったが、どうにも止める事が出来なかった。そうして俺はずっと殿下を抱いて組み敷く妄想ばかりをする思春期を迎えた。
 今思えば俺は殿下とお会いしてからというものの、その全てを捧げて殿下の事だけを考えて生きている自分が居た。自身の汚い感情は押し殺すとして、リオン殿下が国王陛下になられた暁には側近として陛下をお支えしようと、それだけを目標に勉学と鍛錬に励んだのだった。

 しかし脆くも俺の夢は潰える。殿下が即位され陛下となった際、陛下は俺を側近には選ばず騎士への道を進言したのだ。
 絶望だった。陛下は俺を側近として置いて下さると信じて疑っていなかった。どうして俺を傍に置かないのか…まさか俺の事が、お嫌いだとか。そう思うと更に絶望感が募った。しかし例え嫌われ遠ざけられたのだとしても、俺には敬愛する陛下をお守りし、その王命を遂行する以外に生きる道は無かった。

 何より心からお慕いしている陛下に本当に愛する正妃が現れない事も、俺の安心に一役買っていた。側室は十人以上居たが陛下は誰一人寝所に召し上げず、心をお開きにはならなかった。
 だから油断していたのだ。まさか…田舎の国からやってきた、美人とはいえ朴訥で変わった姫君を…陛下が特別に目に掛けるとは、思ってもみなかったのだ。
 今思えば、ルイス姫は普通の姫では無かったので陛下が処理しなければならない問題が多くあっただけだろう。しかし当時の俺にはそうは思えなかった。陛下がルイス姫と話をしているだけで嫉妬から身が焦がれる思いだった。



 そんな悶々とする日々の中、転機が訪れる。何故か俺は、暗殺未遂の絶えない陛下の身辺の警護を命じられる様になるのだ。そうしてある日陛下の寝室に暗殺者集団が奇襲を掛けて来て捕らえた際、その後お疲れの陛下に横になる様に言われ…抱きつかれた。そして実は陛下は俺を嫌っているのではなく信頼しているから騎士に任命したと聞き、俺は今までの何年も溜め込んだ思いが爆発してしまう。

 好きだ。愛している。
 美しく気高いリオン陛下をこの手に納めたい。
 しかも陛下は何故なのか分からないが一切拒まなかった。それどころか、頬を赤らめ潤んだ瞳で俺の愛撫を甘受したのだ。

『ん、あっ…フィン…っ』
『あ、ひ!…んんっ、フィン…っあ、激しい…っ』

 俺の名前を呼びながら淫らに脚を広げる殿下に、これは俺が長年見てきた妄想の夢なのでは無いかと我が目を疑った。
 しかし翌朝目を覚ました際、隣であられも無い姿で眠るリオン陛下が目に入り絶望した。いくら心からお慕いしているとは言え、忠誠を誓う主に対しこんな手酷い事をしてしまうなんて。俺は騎士どころか人間としても失格だ。
 ところが目を覚まされた陛下は、「おはよう」と言い俺の額に口付けをなされ、微笑まれたのだ。

 なんという事だろう。こんなに慈悲深く、美しく心の広い女神の様な王は他に居ない。俺は益々陛下に傾倒するのだった。



 そこからは奇妙な日々だった。
 陛下は時折俺を呼び寄せて、口付けをされたりその先をせがまれる。俺は勿論歓迎なのでいくらでもして差し上げるのだが、陛下はどういうおつもりなのだろう。さっぱり分からなかった。しかし…。

『フィン』

 にっこりと笑って俺を寝室に招き入れる陛下。陛下に寝室に招かれた者は俺以外に今まで居ない。陛下は部屋に入るや否やベッドに腰掛け俺の手を取り、その自身の肌触りの良いローブの裾に触らせる。俺はそれだけで興奮が収まらず陛下に襲いかかるのだが、いつも陛下は嬉しそうにされるばかりだった。
 勘違いしそうになる。もしや、リオン陛下は俺の事が…好きなのでは無いかと。そんな期待をしては、俺は陛下に召されない夜も一人で自身を慰めるのだった。

 しかしそんな俺の甘い考えを一蹴するかの様な出来事が起きた。ルイス姫は実は姫ではなくルイ王子であると。これは陛下に対する裏切りで、国家間の戦争に発展しても良いくらいの出来事だったので城中にその話が出回った。
 だが陛下は戦争等起こすつもりが無かった様で、ルイ王子にもお咎め無く牢屋から出し自国に返してしまったのだ。

 やはり、陛下はルイス姫…もといルイ王子を特別に気にかけておられる。戦争を回避してでも彼を助けられたのだ。やはり…彼を愛しておられるに違いない。
 きっとリオン陛下は本当は俺のような下衆に抱かれる事なんか望んでおらず、本当はあの王子の様な嫋やかな美人がお好きに違いない。俺に抱かれて下さったのは酔狂なのだろう。
 心臓が抉られる様に痛む。
 こんなに陛下を愛しているのに。陛下はやはり雲の上の存在で俺なんかには手の届かない方なのだ。
 俺は散々自室で涙を流した後、それでも陛下の身辺の警護を続けた。陛下の為にしか生きる事が出来ない自身を呪った。そうして俺の長年の初恋は実る事無く終わった…筈だったのだが。





「ほう、そんなに前から拗らせる程私を愛していたのか」
「…はい」
「おかしいな。私の見立てではフィンはルイス姫に惚れていると思っていたんだが」
「………は?有り得ません」

 存外に冷えた声色が己から出たが、陛下は面白そうに微笑まれるだけだった。
 何故俺がルイス姫を…寧ろ陛下の寵愛を賜る存在かと思うと憎しみしか抱かない人物だった。陛下がそんな事を思われる理由が分からない。

「いや、例えばあの晩餐会のバルコニーの会話だ。私がルイス姫と何を話していたか気にしていただろう」
「あれは、はい。ルイス姫が嬉しそうにリオン陛下に駆け寄っていくのを見ていましたので」
「そうか。私に嫉妬したのだとばかり思っていたが、ルイス姫の方に嫉妬していたのだな」


 微笑まれた陛下がするりと俺の体に巻き付いてくる。
 夜も更け、いつも通り俺と陛下は先程までこのベッドの上で睦んでいた。今夜も激しい夜だったが、体を清めた後陛下は普段からこうして俺の体に抱き着かれるのがお好きだ。どうやら俺の肉体がお気に召している様で、良く俺の二の腕や胸元をするすると触る。しかし毎度毎度それをするのは正直止めて頂きたい。折角治まった俺の陰茎がまたしても兆そうとしてしまうからだ。しかし俺から陛下に止めて下さいとは言えず、そのまま二回目に雪崩込む日も少なくなかった。

 陛下は俺の首元に顎を乗せて此方を見ていた。情事後の陛下は気怠く退廃的な雰囲気もあり目に毒だ。美しく、淫らな陛下に俺は視線を逸らす事は出来ない。
 にこりと微笑まれる陛下の気を逸らそうと、俺は無理矢理口を開いた。

「陛下こそ、いつ俺を好きになって下さったのですか」
「いつだろうな。正直なところ気が付いたのはつい最近、お前が私に『正妃を娶られるまで傍に置いて下さい、愛しています』と泣いていた時だな」
「…本当につい最近ではないですか」

 自分で聞き出した事のくせに少し落ち込んだ。俺はもう十年どころか二十年は陛下の事だけを愛しているが、陛下が俺を好きだと思って下さったのは…その話だとつい三ヶ月程前の話だ。本当に最近すぎて泣けてくる。
 そんな俺を察してか陛下が体を起こして俺の肩に手を置き、顔を近付けて俺の頬に口付けを下さった。
 目を見張りそちらを見れば、リオン陛下は蕩ける様な微笑みを返される。

「安心しろ。私はお前みたいなのが好みだなとずっと内心思っていた。しかしフィンが恋愛、性愛の対象として私を見る筈が無いと思い込んでいたので、考えもしなかったのだ」
「本当ですか…」
「嘘は言わない。お前の顔も体も、実直さも強さも全てが私の好みだ」

 するりと俺の胸板を撫でる陛下の手を反射的に掴んでしまった。途端に悪戯っ子の様な顔をする陛下が可愛らしい。気が付けばまた再び陛下を組み敷いていた。
 上から見下ろす陛下は何度見ても筆舌に尽くし難い程美しい。散らばる黄金の髪に、俺を真っ直ぐ見つめる青の瞳。惜しげも無く晒される靱やかな筋肉に覆われた肉体美に、極めつけは俺を誘うように笑うその美しい顔だ。人生を掛けて愛している人にそんな顔をされて抗える男が居るのだろうか。

 俺なんかには絶対に手の届かない方だと思っていたのに、こうして目の前で笑顔を見せて下さりそれどころか…あられも無い淫らな姿まで全てを晒して下さる。こんなに幸せな事は無い。
 俺は幸福感に包まれながら陛下の唇に口付けをし、再びその熱い肌に手を這わせた。



「ルイ王子を取り合ってる様に見えたけど裏では俺を思ってフィンは泣いてたのか。やっぱり実際に描かれていない部分や人物の心情は分からないもんだな」
「なんですか?陛下」
「いや、何でもない。お前の考えていた事を知れて良かったと思っただけだ」

 何だかよく分からない小さな声で独り言が聴こえた様に思えたが、にこりと笑って俺の頬を撫でて下さる陛下にどうでも良くなった。俺も微笑みを返すと愛撫を再開し、途端に体をくねらせて淫靡な声を漏らす陛下を食い入る様に見つめながらその体を暴いていくのだった。
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