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第8話 その少女
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兎旅館に入ると中は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎだった。
上が宿で下の階は食事処にしているのかなと思いながらラパンについていく。
階段を上がり突き当たりの部屋に案内された。
「お部屋はこちらなのです!お食事は下ですか?騒がしいのが苦手でしたら上までお運びするです!」
「上で頼む。」
「かしこまりましたです!」
ラパルは明るい笑顔でメモをとって下へと駆け降りていった。
半刻ほどすると料理が届いた。
暖かいスープとパン、それとジャイアントバードの丸焼きだ。
ジャイアントバードはでかい鶏の魔物だ。流通している鶏肉のほとんどがこのジャイアントバードで味は鶏よりも美味しくはないが、安く手に入れられる。
──だが、ここのジャイアントバードは絶品だった。本来硬めの肉質のはずだが、ここのは柔らかくなによりも美味い。
野宿の飯と比較してしまっているのかも知れないがこれほどまでに美味いとは……
「……シロウ。例の話なんじゃがな。」
口に詰め込んだ肉を呑み込み、姿勢を正す。
「ディアボリの言っていた事は本当じゃ。わしは昔、子供を殺した。」
思わず唾を飲む。嘘だと思いたかった。尊敬と敬愛の念を送っていた自分の師匠が子供を殺した事を誰が信じれるだろうか。
「理由を聞いてもいいですか?」
「あれは今から50年前じゃった。わしは魔術攻撃隊《ヴァルドラグ》に入る前、探検家として日銭を稼いでおった。」
マーリン師匠が探検家だった時代は世界は未曾有の災厄に見舞われていた。ダンジョンと呼ばれる洞窟から際限なく魔物が溢れ出し、いくつもの国が滅びた。
世界中の人間がいつ自分の国が滅びるのか怖気を震っていた。
そこに現れたのが後に勇者と呼ばれるアイナ・ハーンカイトという女性とマーリン師匠だった。
二人は世界に溢れ出した魔物の悉くを狩り恐怖に震える民の為、尽力した。
「その頃はまだアイナとは出会っておらぬから一人で旅をしておった。そしてその少女と出会った。彼女はまだ8歳にも満たないような幼子だった。」
──少女は生まれた頃から奴隷だった。母親は生まれてすぐに売りさばかれたので顔を見たことがない。自分の世話をしてくれていた心優しき男性も先程、帝国の貴族に安値で買われてしまった。少女は恨んでいた。
自分の大切な人を売られたことに対してではなく、売られることを助けられなかった自分に対してだ。
その事を自分を奴隷商人から買ったマーリンに話した。
マーリンは少女に魔術を教えた。自分の身を自分で守りたいと少女が必死に懇願するものだから。
だが、マーリンは若さゆえに知らなかった。否、知る由もない。
強大な力を持った子供の恐ろしさを。
少女には類まれな魔術の才があった。教えれば教える程に魔術の質が上がっていく少女はいつしか独学で魔術を行使した。
「その魔術とは、『悪魔顕現』。悪魔を現界へ召喚する本来高位の魔術師がようやく使える魔術じゃ。」
「そんな魔術を子供が……」
それだけで済めばマーリンが少女に危険性を説といておしまいにできたが、事態はさらに悪化する。
少女が召喚したのはディアボリだった。
「ディアボリは上級悪魔、魔界を統べる王に仕える人間でいう貴族じゃ。」
「上級悪魔……。」
「奴自身自分を喚んだのが子供、なおかつ奴隷の子なのを知って奴は興味をもってしまった。」
少女は悪魔から魔術を教わった。マーリンもこの悪魔がどういう悪魔なのかを知らず共に魔術を教わった。
そこから数年の時が経ち、彼女にも思春期が訪れる。彼女とマーリンの仲が険悪になり、たびたびダンジョン内で口論になった。
そして、事件は起きた。
いつものように口論していると彼女の様子がおかしくなった。女性の生理のような症状ではなく、明らかになにかおかしい。
冷や汗が大量に吹き出し嘔吐が止まらなかったのだ。
ディアボリとマーリンがなんとかしようと治療魔術をかけ、あらゆる理由を調べた。
そして、あることに気づく。
「グリモワールの暴走じゃ。」
「暴走?」
「うむ。時折、自我を持ったグリモワールを持った魔術師がおる。これらはどれも我の強い魔術師や人格の歪みを持つ傾向にあった。」
彼女は彼女自身に対しての嫌悪感と自責があった。
それにより、自己評価や自尊心が低くいつも自分に厳しかった。
グリモワールはそんな自分を嫌いな主人の為、あらゆる手を考えた。その手とは主人の改変である。
今よりももっと優れた生命体へ、体の組織の再構築や遺伝子の改良を施していた。
そして、少女はマーリンに頼んだ。『殺して』と。
マーリンは辛そうにしている少女を見て、少女の最後の頼みを承諾した。
だが、ディアボリが異議を唱えた。
今駄目だったとしてもいつかは治し方が見つかるかもしれない。経過を見ながら決めようと。
もちろんマーリンもその考えは一度したが、この先彼女が彼女のままである可能性は極めて低かった。
彼女の肉体は指先から徐々に溶け、黒くなりつつある。
そして、マーリンは決断したのだ。
彼女を人間の子供の状態で殺すことを。
──話し終えたマーリン師匠の目は少し潤んでいた。
……なにか引っかかる。指先から黒く……?なんかシエラの時に何か似てないか?シエラは一気にだったが。
「今まで隠してすまなかった。」
「師匠は悪く……いえなんでもありません。その……女の子はなんて名前なんですか?俺の兄弟子の名前知りたいです。」
「ああ、言っておらんかったな。」
俺の兄弟子。彼女の気持ちはなんとなく分かる。自分の大切な人が目の前でいなくなったら自分のことがとことん嫌いになるものだ。
「お主の兄弟子の名はアイナ・ハーンカイト。勇者じゃよ。」
上が宿で下の階は食事処にしているのかなと思いながらラパンについていく。
階段を上がり突き当たりの部屋に案内された。
「お部屋はこちらなのです!お食事は下ですか?騒がしいのが苦手でしたら上までお運びするです!」
「上で頼む。」
「かしこまりましたです!」
ラパルは明るい笑顔でメモをとって下へと駆け降りていった。
半刻ほどすると料理が届いた。
暖かいスープとパン、それとジャイアントバードの丸焼きだ。
ジャイアントバードはでかい鶏の魔物だ。流通している鶏肉のほとんどがこのジャイアントバードで味は鶏よりも美味しくはないが、安く手に入れられる。
──だが、ここのジャイアントバードは絶品だった。本来硬めの肉質のはずだが、ここのは柔らかくなによりも美味い。
野宿の飯と比較してしまっているのかも知れないがこれほどまでに美味いとは……
「……シロウ。例の話なんじゃがな。」
口に詰め込んだ肉を呑み込み、姿勢を正す。
「ディアボリの言っていた事は本当じゃ。わしは昔、子供を殺した。」
思わず唾を飲む。嘘だと思いたかった。尊敬と敬愛の念を送っていた自分の師匠が子供を殺した事を誰が信じれるだろうか。
「理由を聞いてもいいですか?」
「あれは今から50年前じゃった。わしは魔術攻撃隊《ヴァルドラグ》に入る前、探検家として日銭を稼いでおった。」
マーリン師匠が探検家だった時代は世界は未曾有の災厄に見舞われていた。ダンジョンと呼ばれる洞窟から際限なく魔物が溢れ出し、いくつもの国が滅びた。
世界中の人間がいつ自分の国が滅びるのか怖気を震っていた。
そこに現れたのが後に勇者と呼ばれるアイナ・ハーンカイトという女性とマーリン師匠だった。
二人は世界に溢れ出した魔物の悉くを狩り恐怖に震える民の為、尽力した。
「その頃はまだアイナとは出会っておらぬから一人で旅をしておった。そしてその少女と出会った。彼女はまだ8歳にも満たないような幼子だった。」
──少女は生まれた頃から奴隷だった。母親は生まれてすぐに売りさばかれたので顔を見たことがない。自分の世話をしてくれていた心優しき男性も先程、帝国の貴族に安値で買われてしまった。少女は恨んでいた。
自分の大切な人を売られたことに対してではなく、売られることを助けられなかった自分に対してだ。
その事を自分を奴隷商人から買ったマーリンに話した。
マーリンは少女に魔術を教えた。自分の身を自分で守りたいと少女が必死に懇願するものだから。
だが、マーリンは若さゆえに知らなかった。否、知る由もない。
強大な力を持った子供の恐ろしさを。
少女には類まれな魔術の才があった。教えれば教える程に魔術の質が上がっていく少女はいつしか独学で魔術を行使した。
「その魔術とは、『悪魔顕現』。悪魔を現界へ召喚する本来高位の魔術師がようやく使える魔術じゃ。」
「そんな魔術を子供が……」
それだけで済めばマーリンが少女に危険性を説といておしまいにできたが、事態はさらに悪化する。
少女が召喚したのはディアボリだった。
「ディアボリは上級悪魔、魔界を統べる王に仕える人間でいう貴族じゃ。」
「上級悪魔……。」
「奴自身自分を喚んだのが子供、なおかつ奴隷の子なのを知って奴は興味をもってしまった。」
少女は悪魔から魔術を教わった。マーリンもこの悪魔がどういう悪魔なのかを知らず共に魔術を教わった。
そこから数年の時が経ち、彼女にも思春期が訪れる。彼女とマーリンの仲が険悪になり、たびたびダンジョン内で口論になった。
そして、事件は起きた。
いつものように口論していると彼女の様子がおかしくなった。女性の生理のような症状ではなく、明らかになにかおかしい。
冷や汗が大量に吹き出し嘔吐が止まらなかったのだ。
ディアボリとマーリンがなんとかしようと治療魔術をかけ、あらゆる理由を調べた。
そして、あることに気づく。
「グリモワールの暴走じゃ。」
「暴走?」
「うむ。時折、自我を持ったグリモワールを持った魔術師がおる。これらはどれも我の強い魔術師や人格の歪みを持つ傾向にあった。」
彼女は彼女自身に対しての嫌悪感と自責があった。
それにより、自己評価や自尊心が低くいつも自分に厳しかった。
グリモワールはそんな自分を嫌いな主人の為、あらゆる手を考えた。その手とは主人の改変である。
今よりももっと優れた生命体へ、体の組織の再構築や遺伝子の改良を施していた。
そして、少女はマーリンに頼んだ。『殺して』と。
マーリンは辛そうにしている少女を見て、少女の最後の頼みを承諾した。
だが、ディアボリが異議を唱えた。
今駄目だったとしてもいつかは治し方が見つかるかもしれない。経過を見ながら決めようと。
もちろんマーリンもその考えは一度したが、この先彼女が彼女のままである可能性は極めて低かった。
彼女の肉体は指先から徐々に溶け、黒くなりつつある。
そして、マーリンは決断したのだ。
彼女を人間の子供の状態で殺すことを。
──話し終えたマーリン師匠の目は少し潤んでいた。
……なにか引っかかる。指先から黒く……?なんかシエラの時に何か似てないか?シエラは一気にだったが。
「今まで隠してすまなかった。」
「師匠は悪く……いえなんでもありません。その……女の子はなんて名前なんですか?俺の兄弟子の名前知りたいです。」
「ああ、言っておらんかったな。」
俺の兄弟子。彼女の気持ちはなんとなく分かる。自分の大切な人が目の前でいなくなったら自分のことがとことん嫌いになるものだ。
「お主の兄弟子の名はアイナ・ハーンカイト。勇者じゃよ。」
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