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2話 その者、魔術師見習い

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遠のいていた意識が戻っていく。はっと目が覚めたのはいいもののなんか体がポカポカする。ポカポカ…?いや暑い…熱い!
「うわぁ!?なんですかこれ!?」
「やっと目が覚めおったか。もうかれこれ1時間じゃぞ。」

 俺はシャボン玉の中にいた。それも表面に魔法陣が緻密に描かれたシャボン玉だ。これだけでもマーリン師匠の凄さが分かる。目の前にもシャボン玉があるが、今はそんな事よりも…

「マーリン師匠!なんでこんなに熱いんですか!?」
「回復魔術の中でも体の機能を活性化させるものを使ったからのぉ。おそらくは新陳代謝が急激に高まっておるのじゃろうなぁ。なあにそのシャボン玉が割れたら元に戻るよ。まあ後10分待て。」
「そんなぁ…。―ん?何をしてるんですか?」

 目の前でマーリン師匠は話しながらまた別のシャボン玉を割って中身を取り出していた。その中身というのが俺の討伐した猪の魔物だった。

「丁度お主が目覚めたし、そろそろ魔術の強化方法の1つを教えてやろうと思っての。」
「強化方法…」

 思わず唾を飲んだ。魔術が今よりも強くなる。そうすればマーリン師匠のようにニッパル王国直属の魔術攻撃隊ヴァルドラグに入るという夢にまた1歩近づける。

 ヴァルドラグは世界でも指折りの戦闘力を持つ隊でこのニッパル王国の矛であり、盾である。

 それゆえに給料も高い。ニッパル王国の軍隊―グリーンソルジャーズの総司令官の給料の10倍だ。―グリーンソルジャーズの上の組織がヴァルドラグなのだし、高いのは当然だがいかんせん高すぎるという意見と矛と盾2つの役割を果たしているので当然という意見などと王国議会で話し合われている真っ最中である。

 俺がヴァルドラグに入りたいのはそこが理由だ。金だ。金があれば兄ちゃんにもっといいもの食わせられる。いい教育を受けさせる事ができるし、受ける事もできる。それに知名度が上がれば俺ら兄弟を捨てた両親にも出会えるかもしれない。だから、マーリン師匠に教えを乞うた。俺が8歳の頃、ちょうど孤児院に来たマーリン師匠に。最初は超怒って魔術ぶっ放してくるとんでもない人だったけどあんまりにもしつこく来るもんだから根負けしたとこのあいだ言っていた。

 そのくらいに魔術を会得したかった。魔術と兄さんが俺の全てだ。そんな魔術が今より強くなるというのだから期待するのも当然と言えるだろう。

「そう。強化じゃ。前にも言ったじゃろ?心臓は強化できると。」
「はい。覚えています。」
「その材料が今目の前にあるのじゃよ。」
「はい?」

 どういう事なのか皆目検討がつかない。すると、マーリン師匠が猪の体から魔術を使い心臓を引っこ抜いた。紫色で気味の悪い形をしている心臓をシャボン玉近くまで浮かせて持ってきた。

「ほれ。」
「…ほれ?…ちょっとどういう意味か」
「―食うんじゃよ。」

 はい!?これを!?生で?せめて焼いてくれよ。生って。予想外のエグさにさすがに先程までの決意が揺らいでしまった。

「こやつは今の今まで精一杯生きていたのじゃ。そこにトドメを刺したのはシロウ、お主じゃろう。責任持って食べい!」
「そうですけど…」

 たしかに俺はトドメを刺した。まだ拳にはあの時の生温かさの感覚が残っている。その時、俺はこいつを殺したんだと思った。こいつの生を俺が終わらせた。

「こやつが生きれなかった分をお主がこやつを食う事で生きながらえる。それが自然というものじゃ。安心せい。中あたりなどせん。魔物ってやつは特殊な生き物なんじゃ。」
「むむむ…」

 腹をくくる。こいつを糧に俺は魔術を極める。そしてヴァルドラグになる。

 ちょうどシャボン玉が割れ、熱さがだんだんと冷めていく。あれだけ疲労感のあった足も今じゃ全速力で走っても問題ないほどに回復しているし、猪の突進を受けて血だらけだった体も傷1つ残っていない。―やはりすごいなマーリン師匠は。

 そしてマーリン師匠が魔術で土を盛り上げて、簡易的なイスを用意してくれた。

「―それではいただきます…。」
 イスに座り両手を前に出して、猪の心臓を置いてもらった。あの時の生温かさだ。きっとマーリン師匠の魔術の影響なのだろう。俺がこいつを殺したんだと改めて感じる。

 目一杯に口を開いて心臓を食す。
「あーん。んぐんぐ―ッッ!!」

 心臓の鼓動が速くなる。急激に速く。またも猛烈な吐き気に襲われるが、そう長くは続かなく一瞬の出来事だった。

「これで魔術が強くなったのでしょうか?全然実感が…」
「まあそんなものじゃ。ほれ残すでないぞ。」
「―は、はい。」
「しかしのう。まさかシロウがトルボアを倒すとはのう。儂としたことが見誤っていたとは…」
「…?トルボア?それに…それはどういう?」

 感慨深そうにつぶやくマーリン師匠に食べながら聞いた。

「―正直なところお主がトルボアに勝てるとは思っていなかったのじゃよ。ああ、トルボアというのはこやつの名じゃ。今回の戦闘で負けて、魔物というものの恐ろしさを教えようと思っていたのだが。」
「死にかけたんですけど…」
「確かにやりすぎじゃった。反省しとる。じゃが、危険性は十分に分かったじゃろ。魔術を使う生き物の危険性が。」
「…はい。」

普通の猪ですら魔術を使わない人間にとっても危険なのに、そいつが魔術を使うと危険度が倍以上に膨れ上がる。

「ヴァルドラグに入れば、魔物との戦闘はもちろん人間との戦闘もあるのじゃ。―これがどういう意味か分かるじゃろう。」

確かに。今回のように知性が少ししかない相手よりも悪知恵を働かせる事のできる人間の方が遥かに危険だ。

「―そろそろじゃな。ほれ試しに…そうじゃなぁ…あの最後のパンチあたりまで魔素を取り込んでみなさい。」
「え、は、はい。」

思いっきり魔素を取り込み、魔力へと変換した。あの時は魔力変換した瞬間には激痛が走ったのに、今はあの時より少し鼓動が遅く、痛みも感じない。

「ッ!マーリン師匠!」
「かっかっか!そうじゃろうそうじゃろう!トルボアはかなり弱い方であっても魔術を覚え始めたお主からしたら格上じゃった。そんな魔物の心臓強化によりお主はまた一段強くなる!」
「ッ~~!」

「魔術における重要な要素は2つと言ったのを覚えておるか。あれは本当に初歩中の初歩。これがそのワンステージ上の要素心臓強化じゃ。魔物の心臓を食し、魔物の新鮮な血も食す事で魔素を魔力に変換する効率を上げる。そして、心臓が魔物の血によって進化する事で、頑強になる。そうする事で魔術構築の幅が広がり、今までよりも大きくまたは緻密に魔術を構築できるのじゃ!」
「おおお~!」

つまり、今までのシンプルにパンチの威力が上がる魔術がもっと強くなるし、今までとは違う魔術を使うことができるという事だ。ヴァルドラグへと近づいているのを感じる。

「そして、このステージに上がってやっと『魔術師見習い』と呼べるのじゃ!今までは『魔術をちょっと齧っただけの人間』じゃ。じゃが初歩中の初歩ということはそれが土台ということじゃ。あれらが素早く出来なければ意味がない。鍛錬を怠るではないぞ。」
「はい!」
「よし。それでは村へ戻るとしよう。シエラが舞を始める頃には間に合うじゃろうて。猪はお主が待て。これも修行の一環じゃ。」

シエラというのは俺の幼馴染で、うちの村―サルバス村のロール家という代々村の教会のシスターを務める家系の長女だ。今日は神へ祈りを行いシスターになる許しを得て、午後に舞をして神への豊穣祈願する予定なのだ。

今は舞をする時間の大体1時間半前くらいだろう。それに家に帰って兄さんにお礼も言わなきゃだし。帰るにはちょうどいい時間だ。

猪を魔術を発動させ、持ち上げる。やはり魔術構築を緻密にしただけあって、今までよりもパワーが上がっているのを感じる。それに効果を長めにする事もできるようになったからここからサルバス村までの10分間くらいまでは続くだろう。

そうして、魔術師見習いとなった俺は猪を担いで夢へと一歩近づけた嬉しさでウキウキしていた。


この後に、俺の夢がまだ見ぬ世界の広さによって打ち砕かれるとも知らずに…
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