官能小説家の執筆旅行

市樺チカ

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企み

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海辺の近くにある古い長屋へやって来た。
新入りの漁師達はここで寝泊まりをしている筈だ。

戸を何度か叩き、声を掛ける。

「夜分遅くに悪いな。鉄はいるか?」

がらりと戸が開き、色の浅黒い青年が出てきた。
ぼりぼりと頭を掻きながら答える。

「あいつなら昨日の晩から居ねぇよ。妓楼へ行くっつって出て行って、帰ってねぇんだ。勤めもしねぇで、弛んでらぁ」
「妓楼…。どこの店に行ったか分かるか?」
「何だったか―。あぁ、旭楼だ。旭楼のゆうぎりに会いに行くっつってたな」

熊井は眉根を寄せると、真田と顔を見合わせた。



「ゆうぎり姐さん、真田先生がお見えです」

旭楼へ着くと、待ち構えていたかのように出てきたぼたんに、部屋へと案内された。
派手な着物を着て、優雅に煙草を吹かす姿は美しいが、どこか妖しい。

「せんせ、お久しぶり。とてもさびしかった…」
「お久しぶりですね、ゆうぎりさん。もう会わないだろうと思っていましたよ」
「まあ、そんなことを仰らないで。お伝えした通り、新しい帽子を用意したから、ぜひ持っていって…。さ、ぼたん」

綺麗に包まれた真新しい帽子を差し出すぼたん。
真田は一瞥すると、再びゆうぎりへ視線を戻した。

「気遣い有難う。ただ、最近は帽子を被らないから、誰か他の人に渡すといいよ」
「まぁ、そう…。ざんねん」

細く煙を吐き、目を伏せた。

「ゆうぎりさん、鉄という青年がこちらへ来ただろう?どこに居るか知っているかい?」
「鉄…?さぁどうかしら。同じようななまえの方はたくさんいらっしゃるから―」

煙草を置き、目を細めて笑った。
どこか含みがある言い方だ。

「せんせ、ちょっとこちらにいらして。抱きしめてくださいな。そうしたら思い出しそうな気がするの」

両手を広げて真田に目をやる。
真田は酷く嫌そうな顔をしながらゆうぎりに近付いた。
体を屈めて腕を回す。

耳元に寄せられたゆうぎりの唇がぼそりと呟いた。

「肌の黒い、ひょろりとした方なら来たわ。なにやら想い人がいるとかで、どうしていいか相談されたの」
「貴女は何と…?」
「そんなに好きなら、閉じ込めてしまいなさい、と。場所なら貸してあげるわ、ってこたえたのよ」
「―っ、何処へ隠したんです?」
「…さぁ、どこだったかしらね…。いやね、近頃わすれっぽいの」

体を離してにやりと笑うゆうぎり。
真田は歯を噛みしめて、一歩ずつ下がった。

「行こう、熊井君。これ以上は無意味だ」

心配そうに見つめる熊井を連れ、旭楼を後にした。

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