官能小説家の執筆旅行

市樺チカ

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失踪

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熊井が体を起こして身形を整え終えるのを確認すると、真田は机の上にある原稿を持って立ち上がった。

「悪いけど、受付で泊まる日数を十日程延ばしてきてくれるかい?それから夕飯を買ってきて欲しい。財布はそこにあるから、好きに使って良いからね」

一息に言い切ると、自室へと引っ込んで行った。
室内からはがりがりと筆を動かす音が響いてくる。

熊井は気だるい体に鞭を打ち、腰を上げた。



それから五日が経ったが、真田は相変わらず部屋に籠っていて、飯時位にしか出てこない。
偶に顔を出したかと思うと、熊井に二、三話してまた執筆へと戻っていった。


そして夜、飯を終えて居間で茶を飲んでいると、ばたばたと足音が聞こえてきた。

「すまねぇ!勇治郎さんは居るか?」
「―ふみの親父さん、どうしたんで?」

額から流れる汗を拭いながら、熊井の元へ駆け寄る。

「ふみが、ふみが今朝家を出たきり帰らねぇんです!店も家も、そこいらもみんな探し回ったんですが…」
「ふみが…。何か心辺りは?」
「出ていく前に、今度こそ断らなきゃ、とか何とか…。ただ、なんの事だかさっぱり―」
「…あいつか」

顎に手を当てて考え込む。
その様子を見た親父は、熊井にすがり付いた。

「何かご存知なんで?」
「…実は、最近漁師連中の中に入った鉄という男がいて、そいつがふみにちょっかいを掛けてくるって言うんで、相談を受けてたんです」
「ちょっかい…」
「ただ、何日か前に自分が付き添って止めるように言い聞かせたら、静かになったそうで…。諦めたと思ったら、何か企んでいたのか」

慌てる親父を宥め、落ち着かせる。
掛けてあった上着を羽織り、帽子を被った。

「兎に角、親父さんは家でふみを待っててやって下さい。自分は漁師連中の所へ行ってきます」
「わ、分かった!勇治郎さん、本当にすまねぇ…」

ぺこりと頭を下げて去っていく背中を見送り、自分の靴に足を入れた。

すすす、と音がして真田の部屋の襖が開く。

「僕も行くよ。人探しなら頭数が合った方が良さそうだからね」
「先生、ご無理をなさらず。ここ何日か寝ていないのでは?」
「心配有難う。大丈夫だよ、こんなのはざらだ。さ、早く行こう」

熊井の背を押して急かす真田。
冷たい夜風を感じながら、漁師達の家へ向かった。

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