官能小説家の執筆旅行

市樺チカ

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ゆうぎりとぼたん

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日が沈み始めた頃、熊井は旭楼へと向かった。

店前を掃除している男に声を掛け、ゆうぎりへ呼ばれている旨を伝える。
軒先で暫く待っていると、昼の少女が下りてきた。

「…お手伝いの方ですか。…姐さんの所にご案内します」

少女の小さな背を追って、軋む階段を登った。



「ゆうぎり姐さん、真田先生の使いの方が来られて居ます」
「…つかい?―入ってもらって」

部屋へ足を踏み入れる。
憂いを帯びた美しい女が、化粧台の前に座って髪を弄っていた。

「せんせはいらっしゃらないの?」
「仕事が立て込んでいるそうで。手紙を預かっていますので、どうぞ」

するりと真っ白い腕を伸ばして手紙を受け取る。
封筒を開いて目を通すと、黙って化粧台の上へ置いた。

「あなた、おなまえは?」
「熊井と申します」
「そう、熊井さん。わざわざ来ていただいたのだけれど、先ほどせんせの帽子をぬらしてしまって。申しわけないから、あたらしい物をお贈りすると伝えていただける?」
「…分かりました」

ではこれで、と挨拶をして、熊井は宿へと帰って行った。



「ぼたん、おいで」

ゆうぎりが鏡越しに戸を覗くと、体を縮めた少女が入ってくる。

「どうしてせんせがいらっしゃらないのかしら?」
「さ、先ほどお仕事が忙しいと…」
「いいわけに決まっているでしょう。ほんとに、つかえない子」

鏡台に乗せた手紙をぐしゃりと握り潰す。

「緑字の手紙なんかをもらってきて!これの意味がわかる?もう会わない、ということよ。せっかく面倒をみてあげているのに、恩しらず」
「も、申し訳有りません…」

般若のように顔を歪めて、ぼたんの頬を張った。

「さっきのひとをしらべなさい。こんど失敗したら…たのしみにしておくことね」

頭に刺さった簪を投げ付ける。
ぼたんはびくりと体を震わせ、俯いたまま部屋を後にした。
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