官能小説家の執筆旅行

市樺チカ

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ふみ

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昼飯は、一度来たことがあるという店を熊井が案内した。


「ここです。地元の人間が使う所なので、あまり品の良い店ではありませんが」

掘っ建て小屋のような店だが、中からは賑やかな声が響いてくる。

「実にいいね。地元の人が集うのは本当の名店という証拠だよ」

真田はにっこりと笑って暖簾を潜った。


中に入って見渡すと、座っている客の殆んどは厳つい顔をした男達だった。
腕捲りをして真っ黒に焼けた肌を晒しながら、昼の酒盛りを楽しんでいるようだ。

「漁師達ですね。大物が取れたか何かの祝いでしょう」

空いている席に座り、品書きを差し出す。

「この様子だと魚が良さそうです。連中は、騒ぐ詫びとして大量の土産を店に差し入れしますから」
「ふむ、成る程。ではお勧めを聞いて頼もうか」
「分かりました」

調理場に向かって声をかけると、はきはきと喋る快活な娘が寄ってきた。

「いらっしゃい!―あれ、もしかして勇治郎兄さんじゃないの?」

熊井は目を丸くして娘を見る。

「ふみだよ、ふみ!前に父ちゃんが世話になった時に、よくおんぶして遊んでくれたじゃない!」
「…ああ、ふみか。でかくなったな」

熊井は大きな手でふみの頭を撫でた。

「よしてよ!もう子供じゃないんだ。―待ってて、父ちゃんに言ってくる!」
「いや、止めてくれ。ただ飯を食いに来ただけだから。お勧めのものをいくつか見繕ってくれ」
「そっか、あいよ!」

ぱたぱたと厨房に走っていく。
熊井は優しい瞳でその様子を見守っていた。


「自分が駆け出しの頃、店で漁師共が大喧嘩してるっていうんで、仲裁に呼ばれたんです」
「仲裁」
「あいつらは力も強いし血気盛んですから、腕っぷしがある奴でないと止められないので」

運ばれてきた刺身をつつきながら熊井の昔話を聞く。

「それでふみちゃんと知り合ったんだね」
「ええ。あの頃はまだほんの餓鬼でしたから、良く面倒を見ていました」

コップの水面を見ながら薄く笑う。
真田はふぅん、と呟くと、湯気を上げる煮物へと手を伸ばした。

「とても可愛い子だね。漁師さん達にも気に入られているみたい」

向こうの席では、ふみが料理を出した拍子に尻を触った男を、抱えた盆で殴り付けている。
それを見た周囲の男たちは大笑いだ。

「そうですね。感慨深いです」

一つしかない煮物の大根を半分に割り、熊井の皿に乗せた。
自分の分を口に入れると、魚のあらから出た味が染みていて、とても旨い。
初めて食べる筈だが、何だか懐かしいような気がした。
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