官能小説家の執筆旅行

市樺チカ

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秘密

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案内されたのは本館の裏にある離れだった。

居間の他に和室が二部屋と、露天風呂が付いている。
食事は離れまで運んで貰えるらしく、執筆作業に没頭するには打って付けの場所だ。

「それじゃあ、僕は荷解きをしたら、少し部屋に籠るよ。熊井君は風呂に入って来るといい。」

ここなら人目を気にせず入れるだろうからね、と笑うと、自分のトランクを抱えて和室へと引っ込んで行った。



掛け湯をして湯船に浸かる。
全身が硫黄泉特有のぴりぴりした感覚に包まれ、とてと心地良い。

手足を伸ばして大きく息を吐きながら、汽車での真田の姿を思い浮かべた。


煙草を吸う姿が見たい、と言いながら灰を落としている時、熊井の視線は真田の指先に釘付けだった。
人差し指の真ん中辺りに、少し赤くなった歯形が残っていたのだ。

作家の仕事道具に傷を付けるなど、言語道断である。
しかし、謝罪をしようにも真田本人は全く覚えていないらしい。
そして経緯を説明するには、夜の出来事を伝えなければならない。

手拭いを顔に乗せ、天を仰いだ。

「黙っておくしか、無いだろうな―」

自分が謝罪したいが為に真田を辱しめる様な真似は、決してしてしたくなかった。

「…自分だけが知っていればいい」

熊井が付けた傷を、なにも知らずに背負っている。
後ろめたいはずであるのに、何故だか良い気分になった。
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