官能小説家の執筆旅行

市樺チカ

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部屋に差し込む日差しが丁度顔に当たり、眩しさで目が覚めた。
寝返りを打とうと頭を動かすと、鈍器で殴られたように激痛が走る。

「…あ、二日酔いか…」

昨夜の記憶を必死に引っ張り出す。
最後は確か、風呂に入ってからまた飲み直して…それで…。
情けない事に、スルメと一升瓶を抱えながらテーブルに突っ伏していた所が最後の記憶だ。

「こんなになるまで飲んだのは、初めてだ…」

がんがんと鳴る頭を抱えながら、何とか体を起こした。
水を飲まなくては、と布団から腕を出して手を着くと、がさりと音がする。
ゆっくりと顔を向けると、五センチ程の厚さに積まれた原稿用紙の束がよれよれになって置かれている。

「―これは…?」

寝起きの目を擦って文字を追う。
力強い筆圧で書かれた汚い文字ではあるが、自らが記した物である。

「―腿からぐるりぐるりと二巻きした青龍は足の甲へと口を開き、鋭い牙を剥き出して…―隣の足首には登り鯉が優雅に上を目指し、今まさに龍へと変化を―…」

脳裏にうっすらと、風呂上がりの熊井の姿が浮かんでくる。
彼の足元にこのような紋様が刻まれていなかっただろうか?

「何だろう…鑑賞会でもしたのかな…?」

額に手を当てて天を見上げる。
何度記憶を辿っても、何も思い出せない。

「―やめよう。まずは起きないと」

原稿の束を掴んで、部屋の隅で開いたままになっている新品のトランクへ放り、居間へと足を進めた。


「おはようございます、先生」
「あぁ…おはよう。…申し訳ないけど、水を貰えるかな」

頭を押さえながら座布団へ腰掛けると、盆に乗せたコップと薬が静かに差し出される。

「どうぞ。昨日はかなり飲まれましたね」
「有り難う…。そうだね、記憶を飛ばすまで飲んだのは初めてだよ」

がらがらと錠剤を手に出して水と共に胃に流し込む。

「随分楽しそうにされていましたよ」
「そうなんだね…。確かにここで、一升瓶を抱えて大笑いしていた所までは覚えているよ」

熊井の方を向いて、だらしなく目の前のテーブルに頭を預ける。
空のコップを盆に戻すと、熊井が目を見張っていた。

「…そんなに前から記憶がなかったんですか」
「―あぁ、何か迷惑をかけたみたいだね。ごめんね」
「あ、いえ…。問題ありません」

もう一杯持ってきます、と腰を上げて台所へと姿を消した。
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