官能小説家の執筆旅行

面談

荷造りを終え、家の片付けも大方済ませて、方々へ暫く旅に出る旨の手紙をしたためている。
時間を掛けて書くつもりが、存外早く完成してしまった。

悩んだ末、少し早めではあるが、郵便局によってから面談をする喫茶店へと向かうことにした。



新聞に手伝いの募集をかけてから、三件の応募があった。
本日は面談をして、その場で手伝い人を決めてしまうつもりでいる。

「いらっしゃいませ」

紺の給仕服を着た娘に案内され、コーヒーを注文した。

愛嬌のある笑顔で笑うこの娘は店の看板娘で、過去に執筆した作品のモデルでもある。
内容を思い出し、何だか申し訳ない気持ちがして目を逸らした。


頼んだコーヒーがすっかりぬるくなった頃、一人目の面談が始まった。

「私は書生をしておりまして、小説家を目指しているのです！どうぞ弟子にして頂きたく…」

きらきらとした瞳でこちらを見詰め、何度も頭を下げる青年。
真田は無言で鞄を探り、自らの本を差し出した。

「僕の書く作品はこういったものなんです。きっと君が書きたいものとは違うと思いますよ」

青年は目をぱちくりして本を受け取った。
ぱらぱらとページを捲り、顔を赤くして本を押し返す。

「し、失礼しました！仰るとおり、私では先生のお手伝いが出来そうにありませんので、辞退させていただきます！」

慌てた様子で走り去っていく様を見ながら、そんなに酷い物だろうかと返された本を捲る。
妓楼に売られた少女が手管と鍛え抜かれた技によって様々な男達を翻弄し、花魁になる物語。
所謂官能小説である。

「まぁ、いかにも童貞といった雰囲気だったし…仕方ないか」

懐から煙草を取り出して火を付ける。
少し痛むような気がする胸を煙草の煙で満たして、細く長く煙を吐いた。