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あれから五年が経った。
王派閥と、同盟国の力を借りた王太子派閥の激しい内戦の後、ついに父は処刑台に登った。お兄様と私は親殺しの業を背負ってこの国を支え続けている。

「お兄様、第一王子のご誕生おめでとうございます」
「ありがとうマリヤ。アレクサンドラの妊娠中、かなり無理をさせてしまっただろう。本当にすまなかった」
「いいえ。我が国に嫁いだといえどもアレクサンドラ様は帝国の皇女ですから、万が一の事があれば国家間に軋轢が生じます。わたくしが公務を代行する程度で避けられるなら、お安い事です」

笑顔で礼をすると、お兄様はばりばりと頭を掻いて執務机に突っ伏した。

「政略結婚とは面倒なものだね」
「わたくし達王族の務めです。務めを果たさなければ、国を背負う資格を失いますよ」
「…マリヤが男だったら、間違いなく王位は君の物だったろう」
「ふふ、わたくしは今の地位で十分です。お兄様のお陰で表立って政務に関われるようになりましたし、少しずつではありますが女性貴族が台頭してきていて嬉しい限りです」

お兄様は私を右腕とするため、多くの反対を押し切って、女が政務に関われるように改革を行った。その最たるものが女性の爵位継承と授与の認可だ。よって今の私はお飾りの王女ではなく、女大公となっている。

「私はマリヤがどうしても手放し難くて、今まで君の縁談を遠ざけてきてしまっていた。本当にすまない」
「それは仕方が無いのだと何度も申し上げたでしょう。私だってこの国を出るのは嫌ですから、これで良いのです」

五年前よりも少し皺の出来た手を見つめる。花盛りだった頃をとうに過ぎ、三十になってしまった。一時期殺到していた縁談も、私が年増になれば静かなものだ。
あの時イニの差し伸べた手を取っていたら、一体どんな人生だったのだろうと何度も考えている。仕事をし、子を産み、幸せな生活を―。そこまで思いを巡らせ、頭を振った。そうならなかったのだから、考えても無駄な事だ。

「一つだけ、ずっと君に縁談を持って来続けている所があるんだ。それも同じ人間が何度も」

お兄様は引き出しを開け、木箱を取り出した。蓋を開くと、ぎっしりと同じ封筒が詰め込まれている。一つを受け取り、封印を見て息を止めた。
燃える太陽の紋章は、間違いなく砂漠の国の物だ。そして差出人は。

「…イニ」

どきりと胸が高鳴った。震える指で封を切る。
彼の性格をそのまま文字にしたような、大きく濃い、はっきりとした文字が綴られている。

「お兄様、わたくし…」
「いいよ、マリヤ。何も気にせず会うといい」

そう言うとペンを取り、王室の紋章が入った便箋に返事をしたためた。侍従を呼び、急いで砂漠の国へ届けるよう言い付ける。

「…ありがとうございます」

幾度か手紙をやり取りをした後、顔合わせの日取りが決まった。まだ一月もあるというのに柄にもなく緊張をしてしまい、政務に身が入らない。腑抜けた自分を叱咤して日々を過ごした。


「砂漠の国より王弟殿下がご到着です」

謁見の間の扉が開かれる。あの頃と何ら変わらない、颯爽と歩くイニの姿があった。
中央でひざまずき、顔を上げる。

「砂漠の国から参じた、イニと申す」
「女大公マリヤです」

歩みより、手を差し出して立ち上がらせる。

「まず、先の内戦では貴国に多大な尽力を…」

頭を下げようとした私の肩に手が置かれる。見れば、熱の籠った視線がこちらを見つめていた。

「マリヤ」

低い声で名を呼ばれ、体が痺れた。
一瞬のうちに浅黒い肌が視界一杯に広がり、懐かしい香りに包まれる。抱き締められているのか。

「あぁ…、五年前のあの日。あの日からずっと待ち望んでいた」

私の手を取り、自らの頬を擦り付ける。

「一目見た時から、華奢な体でいながら豪胆な貴女を心底欲しいと思っていた」
「ふふ、血の滴る生首を放り投げる女がそんなに良かったのですか」
「ああ。その通りだ」

体が軋む程きつく抱かれ、息が詰まる。

「国の事は全て片付けて来た。邪魔になるものは何もない」

聞けば、この五年での私の働きは遠く離れた砂漠の国まで届いていたらしい。王すら霞むと言われる程の辣腕ぶりに、婚姻するならば自らが王国の籍に入るつもりだったのだと。

「こう言うのは癪だが…。砂漠の国が誇る軍事力を育成してきたのは俺だ。内戦の疲弊が癒えてきたとはいえ、未だ他に劣る貴国の軍備に、力添え出来るだろう」

得になるぞ、と胸を張るイニが可愛らしい。もっともらしい理由がないと受け入れて貰えないと思ったのだろうか。
私は静かに頷き、腰に手を回した。

「そんなものが無くても、お受けすると決めていました。…あの時イニ様の手を取らなかった事を、ずっと後悔していたのですから」
「マリヤ…」

頬に柔らかい感覚が当たる。それが何かを考える前に、ぶわっと顔が熱くなった。

「強く、気高く、純情なマリヤ。全てを捨ててきた俺を、拾ってくれるだろうか」
「ええ、勿論」

どちらからともなく唇を合わせた。

そろそろ薔薇が咲く頃だ。あの日と同じように、テラスで二人薔薇園を覗きながら、離れていた間の事を語り合おう。
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