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珍しく家族全員が揃って昼食を取っている。といっても私達の他にも給仕や護衛が山程いるので、のんびりと一家団欒とはいかないのだが。

「陛下、お食事中に失礼致します」

側近が父にそっと耳打ちをすると、みるみるうちに顔を険しくなった。握りしめたフォークがぎりりと鳴る。

「砂まみれの蛮族共が謁見など、おこがましいとは思わないのか」
「し、しかし陛下。王弟殿下が直々に来られています。流石に我々だけで応対する訳には…」

父は汚らわしい、と一言吐いて席を立った。侍従に服の乱れを整えさせると、颯爽と歩き出す。

「気分が悪いから私は休む。蛮族の相手はマリヤ、お前がするように。どうせ次の戦争で滅ぶ国だ。何かあれば殺しても構わない」
「…かしこまりました。」

頭を下げて父を見送り、謁見の間へと向かった。

国王でも王太子でもなく、王位継承権のない私一人が応対するというのは、かの国を軽んじているのを公に見せしめる事になる。あの計算高い父の事だ、向こうが反発しようものならこれを契機に戦争を仕掛け、一気に領土を食い荒らすつもりだろう。

「砂漠の国から参じた、イニと申す。此度は我が王からの書簡と、土産を届けに来た」

ひざまずいたまま返答を待つ男を見、父が蛮族と嫌う理由を知った。

白人主義のこの国において、彼らのように浅黒く焼けた肌は非常に下品だとされている。また未婚の男女は肌を隠すべしとする風潮があるのに対して、一年中酷暑に見舞われる砂漠の国の正装は殆ど半裸に近い。隆々とした肉体を惜し気もなく晒す姿に、同席した貴族の殆どは眉をひそめて軽蔑の視線を向けていた。

「王女マリヤです。体調の優れない父に代わり、私が話を聞きましょう」

ねぎらいの言葉もなく本題を急かすも、男は特に気にした様子もなく側に置いた壺を手に取り、侍従に渡した。目の前まで運ばれてきた壺の蓋を取ると、鉄臭い匂いが鼻を付く。

「まずは土産を。貴国の反乱分子が我が国で徒党を組もうと画策していたので、首を刈って持参した」

壺を持つ侍従が悲鳴を上げる。私はドレスの袖を捲り、血にまみれた生首を引っ掴んで顔を覗いた。この顔は見たことがある。辺境の貧乏貴族の次男では無かっただろうか。そしてその従兄弟が―。

「パウロ伯爵、良かったわね。久しぶりに従兄弟に会えて」

笑顔で首を放り投げると、伯爵以外の貴族達は大声で騒ぎ立てながら部屋の端へと逃げた。真っ青な顔で項垂れる伯爵を衛兵に捕らえさせ、イニの元へと足を向ける。

血の付いた手で頬を撫で、こちらを向かせた。真っ黒な瞳が奇妙な揺らめきを灯しながら私を映している。

「砂漠の国の王弟イニ、感謝します。何か褒美を取らせなくては」
「では二つ、望みを」
「欲張りですね。…言って下さい」
「こちらの書簡を必ず国王陛下へ渡して頂きたい」
「ええ、良いでしょう。ではもう一つを」

イニの顔が私の手のひらに擦り付けられ、べっとりした血で頬を汚した。驚いて目を見開くと、にやりと笑ってこちらを見る。

「王女マリヤ、俺と食事を。二人で話す機会が欲しい」
「…分かりました」

さっと手を引き、踵を返す。背後からねっとりした視線が体を舐めている気がする。

「今夜わたくしの宮に入る事を許します」
「感謝する。では、これにて」

イニは立ち上がり、颯爽と謁見の間を出ていった。
私はぎらりと貴族達を睨み付けて黙らせ、ハンカチで手を拭う。半ば乾いて血糊になってしまい、殆ど落ちなかった。

「私はお父様の所へ報告に参ります。貴方達の中から何人居なくなるのか、楽しみですね」

ドレスを翻し、ざわめく部屋から出て父の私室へ書簡を届けた。

事の顛末を話し、書簡に目を通した父に少し話そうと誘われたが、夜まであと三刻程しかない。急いで支度をしなければイニが宮へやってきてしまうだろうと丁寧に断って部屋を後にした。


「ようこそわたくしの宮へ」
「歓迎感謝する」

さっぱりした挨拶の後、食事が始まった。二人で話したいと言った割には会話を弾ませようとする訳でもなく、自然な沈黙に包まれた食事だった。

「イニ様は、煙草や酒をおやりになりますか?」
「あぁ、酒を少し」
「では用意を。テラスから薔薇園を覗けるので、良い肴になるでしょう」

大窓を開かせてテラスに用意した椅子に案内する。グラスにブランデーを注いで差し出し、横に腰掛けた。

「それで、わたくしに話とは」

侍従に目をやり、人払いをしてグラスに口を付ける。イニは一気に酒を流し込むと、口を開いた。

「書簡に目を通されたか」
「いいえ、そのまま父に渡しました。何か問題でも?」
「…いや」

深く考え込んでいるような様子で空いたグラスを眺めると、こちらに体を向けた。上体を覆う薄布が月明かりに照らされて僅かに光っている。美しい。

「マリヤ殿は、我々を蛮族と…汚れた国だと思うか」
「いいえ。住む場所が異なればその営みも様々です。この国とは違う、ただそれだけの事でしょう」

面白味の無い話にぶっきらぼうな答えになってしまった。申し訳無く思ってイニに視線を向けると、口角を上げて笑っていた。

「貴女は父上とは随分違う考えをお持ちのようだ。」

「わたくしと兄は長く遊学しておりましたので。父には辟易する事があるのですよ」

秘密ですけれど、と笑うとイニはほっと安心した様子で体の力を抜いた。

この国は長く王政が続いている為、頭の硬い老人達が多い。互いに影響しあって変化をしている他国とは違い、保守的な社会になってしまっていた。
だがそれも今代までだ。王太子であるお兄様は私と同じ考えを持って政務を行っており、若い世代の貴族達から支持が厚い。城内の実権の半分以上を握っているといっても過言ではない。

「土産に頂いたあれは、父の手の者です。兄を廃位に出来ないものだから、偽の反乱を起こしてどさくさ紛れに亡きものにしようとしたのでしょう」

イニのグラスに酒を注ぎ、懐から葉巻を取り出した。女が煙草をやるのが珍しいのか、マッチで火を付ける手元を凝視している。

「あら、お嫌でしたか」
「いや…、問題ない。見とれてしまっただけだ」

答える顔があまりにも真剣で、思わず笑ってしまった。この男はきっと謀をする類いの人間ではないのだろう。あまりにも正直すぎる。

「そちらが帝国と同盟を結んだという話は聞いております。知らずに戦の算段をしているのは、父とその取り巻きの者達だけでしょう」

強欲で愚かな父。今砂漠の国に手を出せば、帝国とその協力国が一斉にこの国を滅ぼしに掛かるだろう。そうなれば兄も私も巻き添えだ。

「一人残らず排除するために泳がせておりますが、実際に軍を動かせる程の力は有りませんし、わたくし達がそうはさせません」
「そうか。では話が早いかも知れんな」

イニはどこからか書簡を取り出してこちらに差し出した。封印には帝国の紋章が使われている。

「同盟国から王太子殿下への密書だ。貴女は開けても良いだろう」

爪先で封を切り、書状を開いた。

我々同盟国は今代国王の暴虐な所業の数々を憂いており、早急な退位と王太子ニコライの即位を要求する。その為の支援は惜しまないが、もしも王太子以外の者が即位するならば
王国は姿を消す事になるだろう。

実に簡潔な脅しだ。だが兄にとってはこの上ない追い風になるだろう。

「…なるほど。分かりました、確実に届けます」
「宜しく頼む」

椅子から立ち上がり、欄干に肘を置いた。葉巻を燻らせ、眼下の薔薇園を眺める。イニがグラスを持って横に立ち、こちらを見つめた。

「まさか王国にこれほど美しく聡明な女傑がいるとは」
「ふふ、この国では女は大人しく夫に従うのが美徳なのです。お陰でわたくしのようなじゃじゃ馬は腫れ物扱いですよ」
「…我が国では有能な者が政を行う。そこに男女は無い」

元々流民の集まりである砂漠の国は差別が少ない。男も女も、使えればどんな境遇の者でも出世が叶うのだと聞いたことがあった。生まれる国を間違えた、と何度悔やんだ事か。

「羨ましいと思うか」
「…はい」

手に力が入り、葉巻が中ほどからぽきりと折れた。火のついた先端が落ちる。あぁドレスが、と思った瞬間、イニに力強く腕を引かれ抱き止められた。葉巻は床で僅かな煙を上げている。

「マリヤ殿、俺の国に来る方法がある。聞きたくはないか」

耳元で囁く声がむず痒い。薄布越しに触れる胸板の奥で鼓動が聞こえ、息を飲んだ。家族以外の男に触れるのは初めての事である。
赤くなっているであろう顔を隠そうと目を背けるが、太い指が私の顎に添えられ元に戻されてしまう。

「美しいマリヤ。俺の伴侶になれば、砂漠の国で多分に才を発揮できるぞ」

ぐらりと心が揺さぶられた。頷いてしまいそうな体を必死に押し止める。

「…これからこの国は大きな混乱に陥るでしょう。兄一人で背負うには余りにも重い。私はここに残って、共に支えねばなりません」

イニの胸元に当てた手を強く握って深呼吸をした。純情な女が鳴りをひそめ、王女マリヤに戻る。そうだ、私はこう有らねば。

「分かった、今日はこれで失礼するとしよう。だが覚えておいてくれ、砂漠の獣は見つけた獲物を絶対に逃さない。どれだけ時間がかかろうともしくこく追い続けるのだという事を」

ぱっと体が離れ、テラスから出ていくイニ。体に残る温もりを名残惜しく感じながら、後ろ姿を見送った。

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