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5.名前をつけよう

名前をつけよう3/3

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「オル婆、そう言えばこの子達に名前って付けていいのかな?」
「ああ、そうさね。この感じだとスクスク育ちそうだから付けて問題ないだろうね」


 テーブルに並べられた、奇妙な色の葉っぱとトマトみたいな粒が乗ったサラダと、丸いパン、焼いた肉と黄緑色の黄身の卵。あとかなりカラフルなフルーツ。
 見た目のインパクトが強すぎて、なかなかに食欲が湧かないけど、せっかく作ってくれたのに残すわけにはいかない。


「あ、意外と美味しい……」
「私が作ったんだから不味いわけないだろ」
「いや、だって、色がすごいから」


 現世との違いを話していると、ふと赤ちゃんの呼び名について思い出した。


「今まではね、私が見つけても育てきれなくてね、すぐ死んじまって……だから、名前はつけなかったんだよ……」
「…………。あの、人口のミルクとかって無いの?」


 この世界には粉ミルクのような概念がなかった。
 理由は、弱肉強食で弱い個体を育てることのメリットが少ない事が1番大きい。
 母乳もそもそも1人分がぎりぎり出るか。
 だから私が2人分十分に母乳が出ているのがとてもとても珍しいことなんだそうだ。
 森に返すと、その子が森の養分となって森が育つと考えられている。
 ミルクを作る技術がない。
 とのことだった。


 オル婆も今まで何人も赤ちゃんを見つけては何とか育てようとしたらしい。
 野菜のすまし汁や牛乳や穀物の研ぎ汁など色々試したらしい。それで奇跡的に大きくなったのが3人だけ。それだけ育てるのが難しいのと、そもそも見つけた時の状態が悪いのだった。
 だから、別れの時に悲しくならない様に名前はつけなかったのだそう。


 何度私は泣けば良いのか。
 どれだけ涙脆いのか、産後クライシスとかいうものだろうか。情緒不安定である。


「泣くこたないよ。皆一緒にこの森に眠っているからね。巡り合わせさ。本来私がやってることは、この社会から少しズレていてね。それが合わなくて街を追い出された、というか出てきてやったんだよ!」


 このお家の裏に少し歩くと開けたところがあって、そこに墓地がある。
 泣く自信しか無いが、このあと連れていってほしいと頼んだ。


「母乳はとても高く売れるから、もし、胸が張って痛い時は言いな。捨てるんじゃ無いよ」
「ぅぐ、っはい!」
「話がそれたね。名前つけたら良い。綾香が見つけた子だから、あんたがつけな」
「私が付けて良いの?名前つけると何か、言うこと聞かなきゃいけなくなっちゃうとかない?」
「ん?名前つけるくらいじゃ何にも無いよ。相手を服従させたい時はまた別の方法があるから。まぁ、獣使いとか奴隷を買ったりしない限りないよ」


 ――奴隷制度があるのか……!


「それじゃ……名前……つけてみ、ます」
「なんで敬語なんだい」


 途中空気が重くなったがオル婆の人柄なのか、すぐ楽しい食事の時間に変わった。
 赤ちゃんが泣き出すとオル婆が魔法であやしてくれてとても楽だった。



 ――名前……、どうしよう……。





 改めて名前をつけようと思ったら悩みすぎてしまう。
 こちらの世界ではインターネットなんてないから調べられない。
 本を借りて、偉人や、神話など調べようとしたら大問題。文字が読めなかった。
 何も考えてなかったが、そう言えばなぜか言葉が通じていた事に今更ながら気がついた。
 それもオル婆に笑われて、文字の読み書きが当面の宿題となった。


 そうすると現世の記憶をフル回転させて、神話からもってこれそうな物をピックアップする。
 赤髪の赤ちゃんを抱っこしながら、リビングの周りをうろうろと歩き回る。授乳が終わったから多分眠りにつくかなと思うが、なかなか寝れない。
 青髪の赤ちゃんはお昼を食べているうちに寝てくれた。


 ――赤い髪……。火とか太陽……。この世界は強さこそ全てだから、強い名前が良いよね。


 ぐぬぬぬと難しい顔をしていると、オル婆に笑われた。夕食の準備と私の下着を縫ってくれていた。
 とりあえず街にいるオル婆が育てたうちの1人からここに送られてくるまでの繋ぎで着ておくものを作ってくれていた。


「アドラヌス……アドラー……アドラ!」
「お、決まったようだね。赤髪の子はアドラかい?」
「うん!火の神様だった……と、思う!」
「いいだろう。強そうな名前じゃないか」


 口馴染みが良い名前であるのも大事。
 強い子に育ってほしいっていう願いをこめて、うろ覚えの神様の名前から文字ってくることにした。


 青い髪の子は、水をイメージした。火の時もそうだが、我ながら安直である気がした。




 ――シンプルに!


「ア……アド……アカ……アケ…………アケロ!」


 水の神様で、2人ともアから始まる名前を選んだ。
 現世ではキラキラネームになってしまうが、こちらの世界ではつけ放題。
 口馴染みも気に入ったので、赤髪の赤ちゃんはアドラ。青髪の赤ちゃんはアケロと呼ぶことにした。




「アドラとアケロね。良いんじゃないかい」


 それからは頻繁に名前を呼ぶ様に心がけた。


「アケロ、おっぱいだよ~。アドラ、おむつ交換かな?」


 元々愛着は沸いていたが、名前を付けるとより一層愛が深まった気がする。自分が産んだかなんて関係無いんだなと思った。











「オル婆、この前まで首まだすわってなかったよね?寝返りうってるんだけど……」
「あぁ、前の世界ではもっと成長が遅いのかい?」
「あ、たぶん……。赤ちゃんにもよるけど、寝返りとか3ヶ月から5ヶ月とかじゃないかな……。アドラとアケロが何ヶ月の赤ちゃんかはわからないけど」


 顔を良く動かして、目で追っているなとは思っていた。
 手もパタパタ動かして、活発でお互い刺激になって良いねなんて思っていたらアケロが寝返りをいきなりした。そしたらすぐアドラも「あー!」と言いながらくるっと回った。
 自分でもそこまで育てたことがないから前例が無くて、こんな感じなのかなと思うしかなかった。


「こっちでは早く成長しないと生きていけないからね。あと、母乳の栄養が良いんだろう。拾ってからあっという間にパンパンじゃないか」


 簡単なお包みに包まれて、袖から出る手はムチムチ。
 拾った時は細すぎて折れてしまうかと思った。
 ほっぺたもぷにっと触ると指が沈むくらい。


 寝返りをうてるようになってから、ベビーベッドでは手狭になってしまってオル婆がリビングのコーナーにラグを敷いてベビー専用スペースを作ってくれた。
 きゃぅ、きゃ!あだだだと声を出して手をにぎにぎしてくれる姿がとても愛らしい。





 子育ては目まぐるしい。

 おむつ交換の時におしっこをひっかけられ、爪が伸びていたのか、朝起きたら顔が傷だらけ。
 きていた服が何でか脱げていて顔に引っかかっていて肝を冷やした。
 双子だからなのか、私が話しかけなくても2人でお話ししているような姿も見受けられた。


「あたた、んぶ、……あ」
「あ、て、……あた」


 ――か、かわいすぎる……。スマホがあれば……。


「オ、オル婆、なんか2人でお話ししてる様に見える。可愛すぎるよ……」


 心の中では、尊いという言葉で溢れかえって日頃の寝不足なんて吹っ飛ぶ勢いだった。
 ただ、思い通りにいかない事も多く、その度にひっそりと泣いて、オル婆にすぐバレて慰められての繰り返し。


 最初は母乳の吐き戻しに焦ってしまっていたが、今では冷静に対応する事もできてきて少しずつだが自分の成長も実感していた。




 ――本当に、世の中の子育てしている全ての人が凄いよ。



 改めてしみじみと子育ての大変さと、世の中の子育てしている全ての人に尊敬の念に堪えない。
 手助けしてくれる存在があることにも感謝するばかりだった。
 オル婆の存在に、どれだけ助かっているか。


 今思えば現世でもちゃんと手を差し伸べてくれてた人はいたし、その存在にもう少し甘えても良かったのかも知れない。


 ――強く生きねば!


 そう改めて心に誓って、胸の前でガッツポーズをしているとオル婆に何をやっているんだと笑われてしまった。


 今日も平和な一日だ。


 
 
 


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