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3.お婆ちゃん

3.お婆ちゃん1/2

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 気がつくと打ちっ放しの木の天井。
 ここがあの世なのか。
 赤ちゃんはどうした、自分の子はどうしたと混乱するばかり。
 体が自由に動かず、身動きが取れない。
 口を開こうと声を出すが、しゃがれて掠れてしまう。
 耳鳴りと頭痛で顔を顰めながら、なんとか首を動かした。


 頭の中を整理する。
 自分の実子の心明が亡くなって、同じ場所に行こうと飛んだのに気がついたら異世界と思われる森の中。
 その森の中でまた赤い髪と青い髪の双子の赤ちゃんを拾って、何日が授乳させて育てたけど結局食べ物も見つからなくて今度こそ同じ場所に行くんだと思った。


 目を開けるとお世辞にも綺麗とは言えない部屋。
 必要最低限の椅子と、机に本棚。


 ――ここは……。


 遠くから階段を上がる音が聞こえる。
 誰かがいることはわかったが、初めて会う人に身構える。どうしようもならない状態に不安に駆られる。


 開いた扉から顔を出したのは白髪のシワシワのお婆さんだった。



「おや、気がついたのかい」


 お婆さんの手にはコップといい匂いのするお皿。
 ゆっくりと近寄ってくる姿にまじまじと見てしまった。
 額には見慣れない紫の石が埋め込まれていている。
 薄汚れたローブを着ている。


「森で大人を拾うとは思っていなかったよ。ほら、飲みなさい」


 体を少し起こされて、コップの水を飲まされる。
 水かと思ったら甘い果物の搾り汁のようだった。
 久しぶりの水以外のものに、体に染み渡る感覚がある。


「色々聞きたいけど、今はおやすみ。スープも少し飲みなさい」
「!赤……ぢゃ」


 顔を必死に動かして周りを見るが、赤ちゃんの姿が見当たらない。
 何かを探す仕草に気がついてくれたようで、大丈夫だとたしなめられた。

 無事なことを知ってからは気が抜けたのか、また体から動かなくなって介助を受けながら食事をとった。
 何日水だけで過ごしたのか、久しぶりのベッドの心地よさも相まってまたすぐ意識を飛ばしてしまった。







 

 次に起きた時には同じ部屋に赤ちゃんがいた。


 体はまだ起こせないが、話せるようになった。
 気がついたのでお婆さんを呼んでみる。


「はいはいはい。声がしゃがれてるね。ほれ、これ飲みな」


 また果汁を飲ませてもらった。


 落ち着いた所でお婆ちゃんが質問をしてきた。


「あんた、ここの人じゃないだろ?」
「えっと……ここというのはどの範囲を言うのかは、わかりませんが……たぶん、違います」
「どうやってここに来たか教えてくれるかい?……何、悪いようにはしないよ」


 何だか悪い笑顔を浮かべて足組みする姿が何だかカッコよく見えた。


 素直に身の上話をした。
 自分の子が亡くなって、一緒に飛び降りたら知らない場所にいた。
 骨壷を持っていたはずだが無くなってしまい、食料と一緒に探していたら赤ちゃんを見つけた。骨壷は見つからなかった。赤ちゃんにできる限りの事はしたけど自分の食料が見つからなくて倒れてしまった。そしてお婆ちゃんに拾ってもらった。




「そうかいそうかい。よくやったね。頑張った。ほら、見てみな、この子らこんなに元気だよ」


 しわしわの手で頭を撫でられた。
 小さなベビーベッドの上で健やかに眠る赤ちゃんの横顔を見て涙が込み上げてきた。
 嗚咽が漏れて、頭を撫でる手に縋った。
 何も言わずに撫で続けてくれるお婆ちゃんの手の温もりが心を溶かしてくれる感じがした。




 ひとしきり泣いていると、声に反応したのか赤ちゃんが泣き始めてしまった。


「おやおや、起きたかね」
「ぐっ……っふっ……あ゛ずみません」


 ぐしゃぐしゃになった顔を手で拭って、体を起こそうとしたけどまだ上体を起こすまではいかなかった。
 手早くパンツを変えて、お腹が空いたのかも知れないねぇと赤い髪の赤ちゃんを先に連れて来た。


「まだ起きられないだろう?」
「はい……」
「悪いけど横向きになって添い乳で授乳してくれるかい?」


 体を横向きにするのを手伝ってもらい、胸を出して添い乳をした。
 先程まで泣いていた声が胸を見つけると、精一杯の力を振り絞って乳首を吸った。んくっんくっという喉の鳴る音で、ちゃんと母乳が出ていることがわかる。
 この月齢はわからないが、一般的にまだ視力は1も無いのではないだろうか。そんな弱い視力でちゃんと乳首の場所を見つけるのだから、なんだか生きよういう気になる。


「終わったら5分くらい一回飲ませたら、逆をこの子に良いかい?」
「わかりました」


 青い髪の子も泣き始めてしまい、部屋の中をあやしながら歩くお婆ちゃん。そして自然と流れる涙はなんでか。



 ――涙って枯れることないのかな……。
 私がいなくなったらこの子達はスクスク育っていけるのかな……。いや、ミルクとかあるんだから別に私がいなくても良いのか……。


 今だけはこの子達に存在意義を感じるのと、居なくなっても変わらない現実に胸が苦しくなった。










 赤ちゃん2人の授乳を済ますとお腹がいっぱいになったのか、先に授乳が終わった赤い髪の赤ちゃんが寝るか寝ないかウトウトしているようだ。


「そろそろ時間だ。そっちの青いのもおっぱいは終わりだよ」


 ――青いの、赤いのって赤ちゃんのこと雑に呼んでるけど、何だか愛がある気がして悪い気はしないのが不思議。


 授乳も終わり、腕に赤い髪の赤ちゃんを抱いたままどうするのか見ていると、お婆ちゃんは指をくるっと回したと思ったら青い髪の赤ちゃんがふわりと浮いた。


「え、へ?!」


 驚きすぎて変な声を出してしまった。


「なんだい?」
「赤ちゃんが宙に浮いて……」
「ん?なんだい?あんたのいた世界では魔法も無いのかい?」
「あ、魔法ってこっちでも魔法っていうのか……。あ、そうです。本の中の世界です」
「へぇ、そうかいそうかい。それじゃこっちの世界とは本当に全然違うんだね。少しずつ教えてあげるから。びっくりしな」


 へへへへと豪快に笑って赤ちゃんを連れて別の部屋に行ってしまった。
 また眠気が襲って来て寝てしまった。



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