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1.死

1.死3/4

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 8ヶ月に入り、名前を何にしようかと考え始めた時だった。
 検診の結果、再度精密検査。


 頭が真っ白になった。
 目の前の先生が丁寧に何か話してくれているが、頭に残る言葉は精密検査が必要である。心臓が何だかという事だけ。


「平松さん。落ち着いてね。もう一度詳しい検査をするから…………」


 過呼吸を起こしてしまった。
 ビニール袋を持った看護師さんが来て、別の部屋に案内される。落ち着くまでベッドに横になるように指示を受けた。


 先生いわく、心臓の鼓動が少し違和感があると。ただ、小さくてまだ何とも言えないから長めに鼓動を計測するからまた近いうちに来てとのことだった。






 落ち着いて聞いてねと言われても、落ち着いていられる訳がない。
 出産前に亡くなる可能性があり、また産まれてもすぐに死んでしまうかも知れないと医師から告げられた。
 手術するにも30%の確率で早いうちに亡くなってしまうかも、また、心臓のドナーがいない。


「平松さん。元気に育つ可能性もあるから……」


 耳鳴りと一緒に、目の前にいる先生の声が遠くに聞こえる。
 

 ――あぁ、妊娠してすぐに病院いってちゃんとした生活していたらこんな事にはならなかったのかな。ごめんね。




 精神的不安定なところもあり、次の日から入院となった。
 毎日看護師さんやカウンセリングの人、同僚も来てくれたが愛想笑いが精一杯でどうしても元気になんてなれなかった。
 暇さえあればお腹を撫でて話しかけて、神様が居ればどうか元気に育つようにと祈った。



 ――ごめんね。お母さんが元気に身体を作ってあげられなかった……。ごめんね……。大好きだよ、愛してるよ……。


 自然と涙が溢れて、それでも赤ちゃんには笑ってあげたいと一生懸命に笑顔を作る。
 ポコポコお腹を蹴る胎動を感じて、赤ちゃんが慰めてくれている気がした。





 なんとか出産まで漕ぎ着けたが、やはり心臓に問題があるのは変わらなかった。
 産まれてすぐに手術となった。
 陣痛に耐えて、6時間で産まれた。
 何とか無事に産まれてきてくれた事に涙が溢れてしまった。
 本来はすぐ手術室だが、もしかしたらの時に10分程度赤ちゃんを抱いて添え乳をさせてもらえた。写真も撮ってもらえて、とてもありがたかった。



 オペ室に連れて行かれるのを泣きながら頑張ってね、待ってるねと送り出した。










 何とか手術は成功したが、安心は出来ないと。
 数日間集中治療室にいて、搾乳したおっぱいを届けた。5日目になって管をつけられたままではあるが、おっぱいの時間だけ一緒にいれるようになった。


「大好きよ。愛してるよ。産まれてきてくれてありがとう」


 ぎこちない抱き方でも腕の中に収まる姿を見て自然と顔が綻ぶ。
 名前は心明ここあちゃんと名付けた。
 心を明るく照らしてくれた事への感謝と、元気に育って欲しいと願いを込めて。


 時折りぷふっとくしゃみなのか、鳴き声なのか聞こえる声に目が離せない。
 時間になると看護師さんが迎えにきてしまうが、束の間のこの幸せな時間を噛み締めた。
 しかしこの幸せは長くは続かなかった。





 7日目になり自身の身体も回復して、本来であれば母子共に退院する時期である。退院して母乳を届けに毎日くるか、付き添い入院するか。出産間もないが、ベッドを開けなければいけなくなり、継続で付き添い入院となった。
 簡易ベッドは産後にはかなりキツく、食事も退院したことになるので自分で食べなければならない。コンビニと併設されている食堂を使って、何とか過ごした。


 入院は相変わらず続いており、おっぱいの時間の時だけ会えた。順調におっぱいも出て胸は張るくらい搾乳するくらい。飲みも悪くなかった。
 15日目、この日はなんだかおっぱいの飲みが悪い気がした。そしてゲップを出そうと縦抱きにした途端、飲んだおっぱいが全部出てきた。


「え!?!え!」


 慌ててナースコールを押す。


「おっぱい終わりましたか?」
「おっぱいを全部吐き戻してしまって!」
「すぐ行きますね」


 すぐ看護師がきてくれて、服にかかった母乳を片付けて赤ちゃんを連れて行った。


「おっぱいの飲みが悪くて、何となく顔色も悪くてそしたらゲップと一緒におっぱい全部出てきてしまって……」
「そうでしたか、びっくりしましたね。赤ちゃんの胃の入口ってまだ内臓が発達してないから、戻しやすかったりするんですよね。念の為今先生に診てもらうので、お着替えしたら教えてください」












 この後が早かった。
 先生の診察の結果、状態が悪化していると。
 熱も出てき始めて、今夜が山場だと。


 何度頑張ろうと思っても大きな壁が何回も押し寄せてくる。
 本人も頑張ってるから、お母さんも頑張ろうと先生に背中を押された。
 しかし祈りも虚しく、心明はお空に登ってしまった。


 最後は腕の中で安らかに眠る我が子のおでこにキスをして、先生にしばらく子どもと2人にしてもらえる時間をもらった。



「心明、産まれてきてくれてありがとう。お母さん、幸せだったよ。大好きだよ。ありがとう。元気に産んであげられなくてごめんね。たくさん遊べなかったけど、楽しかった?産まれてよかった?お母さんは良かった。大好きだよ。……っ辛かっ、ったね。頑張ったねっ、……愛してる……愛してるよ」






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