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風邪
風邪3/3
しおりを挟む頭が痛いのはそのままであるが、熱は下がってきたようだ。
玄関をノックする人は、昨日手厚い看病をしてくれたリオルドだろう。
身体が重いが、昨日よりは良くなったので診療所には行かないと言おうと玄関の鍵を開ける。診療所には行かないが、せっかく来てくれた人に居留守を使う訳にはいかない。
昨日に続き、ちゃんと断りを入れて入ってくる。
「イリア、はいるぞ」
「はい」
ベッドの縁に座ってリオルドが入ってくるのを待った。
騎士団の制服を着ているところを見ると、仕事前にわざわざ来てくれたと予測できる。
時間を使わせないように、さっさと仕事に戻ってもらわねばと診療所には行かないと口を開いた。
「熱も下がりましたので、診療所は大丈夫です」
「……」
無言でイリアの額に手を当てるリオルド。
数秒経って、何か考えるように唸ったと思ったら部屋を出て行ってしまった。
向かった先はキッチンの様で、戻ってきたリオルドがお盆に乗せてきたのは昨日作ってくれた粥であった。
「先ほど起きたばかりだろう」
お盆ごと手渡すと、またテキパキと身の回りの用意を初めてくれた。診療所に行かなくても確かに着替えとかは必要だ。
タオルと桶、着替えに水差しをまた変えて、声をかける前に部屋から出て行ってしまった。
お粥が食べ終わった頃にちょっとしたフルーツと歯ブラシとコップ。
片付けをしている間に体を拭いて、着替えをするように言われて大人しく従った。
食事も着替えも終わり、流石にもう帰ってもらおうと口を開く。
「あの、リオルド様。昨日に引き続きありがとうございます。熱も下がりましたので、後は先程も言いましたが大丈夫です。お仕事の時間ではありませんか?」
「そうだな。そろそろ行くか」
リオルドが家から出て行くのを見送りに玄関までついて行くイリア。
階段を降りる衝撃も頭に響くが、礼を尽くさなければ気が済まなかった。
玄関先まで着て、ありがとうございましたと改めて頭を下げたが、なんだかリオルドはキョトン顔。
「何を言っているんだ?行くぞ?」
「え?」
「ん?」
今度はイリアがキョトンとする番だった。
リオルドが部屋に入ってすぐ、熱が下がったから行かないと言ったはずである。返事が返ってこなかったが、まさか聞こえてなかったとは考えていなかった。
「あの、熱が下がったので、あとは家で療養します」
「何を言っているんだ?ぶり返したら大変だから念のため薬をもらいに行くぞ?それにまだ本調子でもなければ、頭が痛いのだろう?」
頭に手を置かれてただけでも、顰めっ面をしてしまった。なんて目ざといリオルド。
伊達にイリア一筋ではない。
「いや、大丈夫です」
「行くぞ」
「いや……、あの」
玄関でだだをこねるイリアの手を引いてゆっくり歩きだす。手を振り解く力は無く、仕事前の忙しい時間に来てくれたリオルドを無碍にも出来ないので諦めるしかなかった。それに、お姫様抱っこをすると言い出したので嫌々ながらも診療所に向かうしかなかった。
――薬を飲むか飲まないかは、私が決めれば良いだけですからね。
診察の結果はやはり体を冷やしたことでの風邪だった。熱冷ましと、体内の菌を殺すための抗菌薬、喉が赤いのでうがい薬ももらった。
後は帰ってうがい薬だけ使って寝るのみ。
「薬を飲んでから帰るぞ」
「ん?」
「ん?」
家を出る時も同じ様なやり取りをした。
どうにも2人が噛み合わない。
「飲んだのを見てから仕事に行くから、水をもらってくる」
「あの、家に帰ってから飲みますので大丈夫です」
飲む飲まない論争を繰り広げていると、初老の先生が部屋の奥に水を持って来てくれるように声をかけていた。
「水って聞こえたから持って来たけどー」
水を片手に奥から出て来てくれたのは白衣を着た、少々猫背で目が細めの男性。
「あぁ、アンダー先生。もう交代の時間でしたっけ?」
「えぇ、……って水いります?」
診察が終わるとさっさと帰ろうと診察室を出たが、リオルドが薬を飲むまで帰らないと言って譲らない。カーテンで区切られている待合室を覗くと、飲む飲まないの言い合いが未だに続いていた。
朝早く来たため待合室には誰もいなくて良かった。先生には薬を飲みたくない子どもと、なんとか言いくるめて宥めるお母さんのように見えた。
カーテンを開けて様子を見ていた先生の手にはコップ。リオルドは、アンダー先生と呼ばれた人が水を持って来てくれたことに気がつくとその水を受け取ってイリアに渡す。
とうとう観念したイリアが、とても渋い顔で薬を流し込んだ。
それを見て満足したリオルドは再度先生に礼を言ってイリアを家まで送り届けた。
「先生、さっきの女性は?」
「ん?何?アンダー先生、イリアさん好み?」
「いやいやいや、患者さんをいきなりそういう目で見る訳ないでしょう」
「ははははは!そりゃそうだ!イリアさんって言ってねBランク冒険者だよ!風邪ひいたんだって。リオルド君も面倒見が良いねー」
――なんだこのたぬき親父め。
ぽちゃっと太った先生をひと睨みして、ため息をつく。
この診療所は王城の管轄内の為、王城所属、騎士団所属の医師が持ち回りで民の診療に当たっている。良心的な価格で薬がもらえるのでとても助かる場所である。
アンダーも騎士団所属の医師であった。
やる気のない猫背をそのままに、診療所を出て行ったイリアを目で追った。
――珍しい……憑人か。
家に着いたイリアはまたベッドに直行。
リオルドお母さんがフルーツとスープまで追加で用意してくれた。
お礼もそこそこに、仕事だからとさっさと出て行った。
――嵐が過ぎ去った後の静けさとはこういうことでしょうか。
弱っていたところにやって来たリオルド。嫌いな薬を飲む羽目になってしまったが、帰ってしまうと寂しさを感じてしまう。
――まだ、具合が悪いのでしょう。
心の片隅に空いた空白は体調不良のせいにして、次に会ったらまたハーブティーでも持たせようと眠りについた。
時間を遡って、昨日の夜。
イリアが体調不良だと風邪の噂で聞いたリオルド。
夜遅かったので、自室にあった有り合わせの物をこれでもかとバッグに詰めて急ぎイリアの元へ飛んでいった。
いつもの調子でバーンと入り口を開けたくなったが、夜遅い。相手は体調を崩している。そして、ルーカスの様な落ち着いた男性の方が好印象ではないかと、はやる気持ちを抑えてノックした。
そして、寝室に行ってからの記憶がほぼ無い。
覚えているのは熱っぽくリオルドを見つめる瞳が、涙で潤んで扇情的であったこと。イリアが笑ったこと。これだけだった。
気がついたらリオルドも自室に帰ってきていて、思い返すとイリアが色っぽかった。弱っていて庇護役にかられる。笑顔可愛い。この3つが頭の中を駆け巡る。
――イリア…………………………好きだ。
この後リオルドは、汗を滲ませてとこに伏せるイリアを想像して朝までエキサイト。
体力お化けのリオルドは一睡もせず、清々しいくらいの笑顔でイリアを迎えに行ったのだった。
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