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椅子になりたい
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なんでこうなったのでしょうか。
ふーふーと息荒く四つ這いになるこの男性は誉れ高き黒髪の双剣の騎士。王都では第四騎士団副団長にしてAランク冒険者。暗雲の騎士とか訳が解らない二つ名があるリオルド様。
ーーことは遡る事約1時間
「イリア! 俺のイリア。今日こそ私の気持ちを受け取って欲しい! 」
声高らかにリオルド様はバーンッ!と扉を壊さんばかり現れた。
私の家は街の中心部よりかなり離れ、周りは廃墟だらけの更に郊外に住んでいた。このような買い物に行くもの、森や他の街へ出るのも不便な場所にわざわざ住む者は少なく、とても静かな郊外であった。
ーー住まいの場所を教えた覚えはないのですが。何故いらっしゃるのでしょう。
ババーンっと現れたリオルド様を無表情のままじっと見つめるしか無かった。
現在私は毒無効化の魔法薬を開発中で、作業用のカウンターテーブル上にはぎっしりと資料や毒物、薬物が置いてあった。カウンターの後方にはダイニングテーブルがあり、そこにも資料を山積みにしていた。
そして、リオルド様が勢いよく扉を開けたことで、ダイニングテーブルに積んであった資料が床に落ちて、少々イラッとしてしまった。
ーーチッ。
「ぁ、いきなり来たのには、訳があって。受け取って欲しい物があるんだ! 」
無意識にしてしまった舌打ちが聞こえてしまったようで怯みはしたが、今回目的を持って現れた様子。イリアに喜んでもらえるとウキウキで今日はやってきていたのであった。
「…はぁ。聞きたいことは色々ありますが、今私は手が離せないので少々お待ち下さい」
毒薬を出しておくことはできないので、片付けをして明日使用するポーションを必要な分だけカウンターの上に出しておく。
一方リオルドは、勢いで押しかけてしまったことに今更ながら後悔をしつつ、想い人の家に来ている事に乙女の如く、ソワソワドキドキと複雑な感情を抱いていた。
とりあえず、玄関の端でおとなしくお部屋の中をキョロキョロしている。
――家に勝手に来るのは初めてではないのに、毎度この初めて入りました。ドキドキソワソワ感を出すのは何故なのでしょう。
「…すみません。お待たせしてしまって。今この出している資料を片付けますので」
最初に待って欲しいと言われてから、数分程度しか経っていないだろう。
ごちゃごちゃと置かれた資料をまとめて、一人暮らしの為一脚しかない椅子をリオルドがいる側のテーブルに移動させた。
自分は脚立に腰掛ければよい。
何か手伝うか?と玄関から一歩も動かずおりこうにしているリオルドを制して、つま先立ちにならないと届かない棚へ器具を仕舞えば一旦は終わる。
「これを仕舞ったら、お茶の準備をいたしますので」
「イリアのお茶! ……はっ、でも今出さないと入らないか……」
今回持って帰ってきた材料が大きく、テーブルの上は極力開けていてもらった方が良かった。
「イリア! 持ってきた物が大きいから、お茶はありがたいが少し待って欲しい! 」
「はぁ、じゃあ、ありがたくその持ってきてくださった物を拝見しましょう」
ーーなにも頼んでいないのですが、何を持ってきたのやら。
小さい溜息をついた。
何故かたまにこうして頼んでも居ないのに材料や食材、珍しい魔道具をもってくる時がある。
以前は指輪を持ってきたが、相手に好意を抱く魔法がかかっており、つける前に殴って追い返した。
それを本人は俺の事を好きになって欲しいとのたまいてくるのであるから、本当に質が悪い。
何を考えているのやら。
家を隠す隠蔽魔法も、幻術も何度かえてもかいくぐってここまできてしまう。
私の家を目指すと迷路に入ったようになるはずだが、迷わず辿り着けるのは、さすがと言っても良いのかも知れない。
何故、イリアの家がわかったかというと、実は数年間のストーキングのおかげである。
ストーカーだめ、絶対。
お陰で、リオルドは隠密のスキル、幻術、隠蔽魔法の類いの見破りができるようになっているのは本人はまだ知らない。
玄関でおとなしく待っていたリオルドはマジックバックから、大きな大きな獣の頭を出してきた。
茶色のぼそぼそとした毛に覆われ、短い角が二つ。
綺麗に血抜きがされているのか、切断部分から血はしたたり落ちていない。
「ボルンベアですか」
「そうだ! 以前目玉が欲しいって言っていたから、今回の騎士団の演習でたまたま見つけて狩ってきた」
ボルンベアの顔だけで、リオルド様の上半身が悠に隠れてしまう。
暖かい時期は繁殖のために気性が荒く、火魔法を使うことと巨体ながらすばしっこく、外皮も堅い為なかなか仕留めるのに手間がかかるモンスターである。
そんなボルンベアの目玉は薬の材料になる。
――はて、いつボルンベアの目玉が欲しいと言ったか……。
イリア自身が覚えてないくらい、昔のことか、独り言だったか、世間話の一環で話したのかわからないくらいの些細な事をこの人は覚えていた。
実際購入すると高くつくため、今回は有難い贈り物である。
ダイニングテーブルの上に乗せようと歩みを進めたら、先ほど入ってきた時の衝撃で崩れた資料が床に落ちていたようで、その紙を踏んでリオルドは体制を崩してしまった。
手に持っていたボルンベアの頭は宙を舞い、イリアの横を通り過ぎてカウンターへダイレクトアタック。体制を崩したリオルドは前のめりになり、先ほど移動させた椅子に突っ込んでいった。
ガッシャーーーン!
けたたましい音が部屋に響いた。
カウンターに置いておいた明日必要なポーションが割れ、戸棚にしまっておいた物も倒れた様子。
そして、リオルドが椅子に突っ込んだ事で、椅子の脚折れてしまったようだ。
「……っ! すまないイリア! 」
「……はぁ、いえ、私も資料を全て片付けられていなかったことが原因ですので、気になさらず」
小さく出た溜息と床に転がったボルンベアの頭、ポーションの成れの果て、自立しなくなった椅子に視線を向けて、もう一つ小さな溜息。
「箒を持ってきますので、リオルド様動かず待っていて下さい。ぁ、あと、お怪我はありませんか? 」
「問題ない。ただ、椅子もポーションもダメにしてしまった。弁償する! 」
わかりましたから、取り合えずそのままお待ちください。と会話を区切られ、ちゃんとした謝罪を受けてはもらえなかった。
しょんぼりと小さくなってしまったリオルドは小さく返事をして、壊してしまった椅子を壁側に寄せて、踏んでしまった資料を机に上げた。
ほどなくして箒と塵取りと雑巾を持ったイリアが戻ってきて、てきぱきと片付けをしていく。
ボルンベアは家に備わっているマジックボックスへとりあえず閉まって、ガラス片も濡れた床も全部綺麗にした。
「イリア、ポーションだが、今俺が持っている物で足りるだろうか?中級5本、初級3本ある」
「あぁ、結構です。まだこの戸棚に予備はありますので、戸棚の中の物も整理するのでもうしばらくお待ちいただけますか?脚立を取ってきます」
唯一部屋の中にあった椅子は、壊れてしまったから脚立を取りに、隣の部屋に行こうとしたらしょぼくれて大人しくしていたリオルドが声を上げた。
「俺が椅子になる! 」
「……は?」
椅子を壊してしまった事、ポーションの代わりも受け取ってもらえず、でもなにかすぐお詫びをしたい。そして、椅子になることを立候補。
「ぇ、いえ、脚立がありますので、椅子は結構です」
「いや! このままでは、申し訳が立たない。もちろん、改めてポーションと椅子は弁償する! 今のこの時だけは俺を椅子代わりに! 」
丁重に断っても、椅子になる。踏んでくれ、申し訳ないから自身に罰を与えると聞かなかった。
押し問答を続けて、話している間に隣のキッチンに置いてあった脚立を持ってきても、リオルドはその脚立を使用させず自身が四つん這いになってその上に登れと譲らなかった。
「……わかりました。では明日使うポーションをとるだけ、一回だけです。そもそも私が資料を全て片付けなかったからリオルド様が転んでしまったんです。何も罪悪感など抱かなくて結構なのですが」
「いいんだ。一脚しかない椅子を壊してしまって、ポーションだってイリアが自分で作っている物じゃないか。手間暇かけた物を壊してしまったせめてもの償いだ」
リオルドはカウンターの下に四つ這いになった。
改めて異様な光景である。あの崇高な騎士様が自ら跪いて四つ這いに。
マントは今日はつけていなかったが、黒の上着を着ていても背中のがっちり感はよくわかった。
イリア一人が上に乗ったくらいでは、よろけたりしないくらい安心感がある。
――意外としっかりした背中ですね。
靴を脱いで、いざリオルドの背中に――。
「靴のまま踏んでもらって構わないが」
「いやです」
さすがに、騎士様の背中を土足で上がるのは気が引けるので、靴を脱いだ。
背の上に乗ると手足が長いせいか、意外と高さがあった。
そして足の下では何やらぼそぼそと呟いている。……いや、微妙に悶えている?
「靴のままでも良いのだが、これでは罰ではなくご褒美かも知れない」
「ぁぁ、イリアが、俺を踏んで……」
「イリアの靴の匂い」
――速く、ポーションを出してしまいましょう。
耳を澄ますのではなかったと後悔するイリア。
扉を開けると、倒れてはいたが壊れている物はなかった。
必要なポーションを取り出すには、倒れた物を一度起こして避けなければならない。
こういう時に日ごろから整理しておけばとも思ったが、今回がイレギュラー過ぎる。
戸棚の奥に転がってしまったポーションを取るのに、足のつま先に力が入ってしまった。
「んっ……」
以外に力が入ったのが痛かったのか、リオルドが少し身悶えた。
「あ、すみません。痛かったですか。もうすぐ終わりますので」
「……いや、もっと踏んでくれ」
明らかに罰ではなく、ご褒美に転換していた。身じろぎしたのは痛かったのではなく、感じたからの様。
つま先に力を入れる度に微妙に動くものだから、バランスを崩してお尻の方を踏んでしまったり、一度頭に足が行ってしまったりなかなか作業が進まない。
「リオルド様。動かないでください。あなたは今椅子でしょう?」
「ぁっ、はいっ」
やっとのことでポーションを出し終わり、背中からおりた。
降りるときに名残惜しそうにしている変態は無視。
汚れたわけではないが、背中とお尻の皺を伸ばそうをはらうように数回叩いた。
「ぁっ、ふぅ、もう……終わりか? 」
「えぇ、ありがとうございました」
冒頭の状況がこれである。
四つ這いなまま、未だ息荒く立てずにいる訳で、それを私は冷ややかな目で眺めるしかない。
「イリア……慰めて欲しい……」
潤んだ瞳、上気し、ほんのりピンクに染まった顔を上げ、四つ這いのままイリアに懇願をした。
慰めて欲しいという言葉通り、悪い事をしたからフォローをしてということではなく、この人の場合は下半身をどうにかして欲しいということ。
見なくてもわかる。きっと立派にテントを張って、私が背に乗っている時からお尻をもじもじさせていたから、今ごろ凄いシミになっているだろう。
――そんな目で見つめられたら誰だって……。
「あぁっ、イリアっ、なんて素敵なんだ……」
リオルドは無事、家から追い出されました。
――帰宅後のリオルド。
「んっ、イリアっ、あっ、俺を踏んでるイリアっ、あの冷たい眼差しっ」
シミを作ったスラックスは宿舎に帰ってからすぐ着替えたが、思い出すだけで下半身に熱が集中してしまう。
着替えをしたばかりだが、どんどんスラックスにまた新しいシミができてしまう。
昂った自信を撫でるように、スラックスの上から何度もすいた。
頭を踏まれた時は、触っていもいないのにイクかと思った。
背中に残るイリアの脚の踏まれる感覚、温度、イリアも緊張していたのか足の裏がしっとり湿り気を帯びていたような気がする。
自身の部屋に入って、ベッドにもいかず床にまた四つん這いになった。
イリアの家でのことを思い出して、片手で大きくなった自身を慰めた。
「ぁ、ぁっ、イリア。イリアも俺の背中を踏むのは、緊張したのか。ぁ、……んっ」
つぅと先端から垂れる汁が、カーペットにシミを作る。
「……ん、ふっ、っ、……もっと踏まれたかった」
頭の中で、イリアに踏んでもらいながら、蔑まれ、あそこを嬲られる事を想像する。
「ぁ、もっとっ、もっと踏んでくださいっ、ぁ、ぁ、っ」
慰めている手を大きくスライドさせ、先端の汁を手に絡めて筋をなぞる。
スピードがどんどん速くなるにつれて、腰が揺れて、頭の中ではイリアに足で思いっきりあそこを痛いくらいに踏まれた。
「あぁぁっ!気持ちいっ、良くなってっ……すみま、せっ、イクっ! でちゃっ……!! 」
ビクビクと何度か身体を震わせ、四つ這いのままカーペットにイった。
余韻に浸りながら、肩で息をつく。
「イリアに踏んでもらうにはどうしたら良いか……」
ーーそして翌日。
バーーーーンとまたやってきたリオルドは、新品の椅子と、割ってしまったポーションの倍の数、ポーション作りに使う材料を持ってきた。
苦虫を噛みつぶしたような、嫌そうな顔をしているがそんなことはなんのその。
依頼から帰ってくる頃合いを見計らっての登場である。
「昨日のお詫びを持ってきた!本当にすまなかった。それでは!」
今回は珍しくお詫びだけで本当に帰るようで、出すものを出して出口に向かうリオルドが大変珍しかった。
呆気に取られてしまったが、時間も時間で夜ということもあるし、連日非番な訳はない。
第三部隊副隊長であるがゆえ誰が考えても暇な訳もなく、本人はそんなこと一切言わないが合間を縫ってきてくれたのであろう。
「リオルド様、お待ちください」
そんな彼を嫌いにはなれず、つい甘やかしてしまうのかも知れない。
「昨日はおもてなしもできず、申し訳ありません。本日も椅子とポーション、材料までありがとうございます。こちら、もしよろしければ私がブレンドしたハーブティーです。良ければ飲んでください」
そう言って、小さな小堤を二つリオルドに持たせた。
1つは朝・昼用の集中力を目覚めが良くなり、高めるお茶。もう1つは寝る前用のリラックス効果がある物。
「ありがたく受け取っていく。では、また」
それから数日。リオルドの執務室でも寝室でもお茶の良い匂いが部屋を満たした。
おかずにされた事を知らないイリアの中では、リオルドの株が少し上がった。
ふーふーと息荒く四つ這いになるこの男性は誉れ高き黒髪の双剣の騎士。王都では第四騎士団副団長にしてAランク冒険者。暗雲の騎士とか訳が解らない二つ名があるリオルド様。
ーーことは遡る事約1時間
「イリア! 俺のイリア。今日こそ私の気持ちを受け取って欲しい! 」
声高らかにリオルド様はバーンッ!と扉を壊さんばかり現れた。
私の家は街の中心部よりかなり離れ、周りは廃墟だらけの更に郊外に住んでいた。このような買い物に行くもの、森や他の街へ出るのも不便な場所にわざわざ住む者は少なく、とても静かな郊外であった。
ーー住まいの場所を教えた覚えはないのですが。何故いらっしゃるのでしょう。
ババーンっと現れたリオルド様を無表情のままじっと見つめるしか無かった。
現在私は毒無効化の魔法薬を開発中で、作業用のカウンターテーブル上にはぎっしりと資料や毒物、薬物が置いてあった。カウンターの後方にはダイニングテーブルがあり、そこにも資料を山積みにしていた。
そして、リオルド様が勢いよく扉を開けたことで、ダイニングテーブルに積んであった資料が床に落ちて、少々イラッとしてしまった。
ーーチッ。
「ぁ、いきなり来たのには、訳があって。受け取って欲しい物があるんだ! 」
無意識にしてしまった舌打ちが聞こえてしまったようで怯みはしたが、今回目的を持って現れた様子。イリアに喜んでもらえるとウキウキで今日はやってきていたのであった。
「…はぁ。聞きたいことは色々ありますが、今私は手が離せないので少々お待ち下さい」
毒薬を出しておくことはできないので、片付けをして明日使用するポーションを必要な分だけカウンターの上に出しておく。
一方リオルドは、勢いで押しかけてしまったことに今更ながら後悔をしつつ、想い人の家に来ている事に乙女の如く、ソワソワドキドキと複雑な感情を抱いていた。
とりあえず、玄関の端でおとなしくお部屋の中をキョロキョロしている。
――家に勝手に来るのは初めてではないのに、毎度この初めて入りました。ドキドキソワソワ感を出すのは何故なのでしょう。
「…すみません。お待たせしてしまって。今この出している資料を片付けますので」
最初に待って欲しいと言われてから、数分程度しか経っていないだろう。
ごちゃごちゃと置かれた資料をまとめて、一人暮らしの為一脚しかない椅子をリオルドがいる側のテーブルに移動させた。
自分は脚立に腰掛ければよい。
何か手伝うか?と玄関から一歩も動かずおりこうにしているリオルドを制して、つま先立ちにならないと届かない棚へ器具を仕舞えば一旦は終わる。
「これを仕舞ったら、お茶の準備をいたしますので」
「イリアのお茶! ……はっ、でも今出さないと入らないか……」
今回持って帰ってきた材料が大きく、テーブルの上は極力開けていてもらった方が良かった。
「イリア! 持ってきた物が大きいから、お茶はありがたいが少し待って欲しい! 」
「はぁ、じゃあ、ありがたくその持ってきてくださった物を拝見しましょう」
ーーなにも頼んでいないのですが、何を持ってきたのやら。
小さい溜息をついた。
何故かたまにこうして頼んでも居ないのに材料や食材、珍しい魔道具をもってくる時がある。
以前は指輪を持ってきたが、相手に好意を抱く魔法がかかっており、つける前に殴って追い返した。
それを本人は俺の事を好きになって欲しいとのたまいてくるのであるから、本当に質が悪い。
何を考えているのやら。
家を隠す隠蔽魔法も、幻術も何度かえてもかいくぐってここまできてしまう。
私の家を目指すと迷路に入ったようになるはずだが、迷わず辿り着けるのは、さすがと言っても良いのかも知れない。
何故、イリアの家がわかったかというと、実は数年間のストーキングのおかげである。
ストーカーだめ、絶対。
お陰で、リオルドは隠密のスキル、幻術、隠蔽魔法の類いの見破りができるようになっているのは本人はまだ知らない。
玄関でおとなしく待っていたリオルドはマジックバックから、大きな大きな獣の頭を出してきた。
茶色のぼそぼそとした毛に覆われ、短い角が二つ。
綺麗に血抜きがされているのか、切断部分から血はしたたり落ちていない。
「ボルンベアですか」
「そうだ! 以前目玉が欲しいって言っていたから、今回の騎士団の演習でたまたま見つけて狩ってきた」
ボルンベアの顔だけで、リオルド様の上半身が悠に隠れてしまう。
暖かい時期は繁殖のために気性が荒く、火魔法を使うことと巨体ながらすばしっこく、外皮も堅い為なかなか仕留めるのに手間がかかるモンスターである。
そんなボルンベアの目玉は薬の材料になる。
――はて、いつボルンベアの目玉が欲しいと言ったか……。
イリア自身が覚えてないくらい、昔のことか、独り言だったか、世間話の一環で話したのかわからないくらいの些細な事をこの人は覚えていた。
実際購入すると高くつくため、今回は有難い贈り物である。
ダイニングテーブルの上に乗せようと歩みを進めたら、先ほど入ってきた時の衝撃で崩れた資料が床に落ちていたようで、その紙を踏んでリオルドは体制を崩してしまった。
手に持っていたボルンベアの頭は宙を舞い、イリアの横を通り過ぎてカウンターへダイレクトアタック。体制を崩したリオルドは前のめりになり、先ほど移動させた椅子に突っ込んでいった。
ガッシャーーーン!
けたたましい音が部屋に響いた。
カウンターに置いておいた明日必要なポーションが割れ、戸棚にしまっておいた物も倒れた様子。
そして、リオルドが椅子に突っ込んだ事で、椅子の脚折れてしまったようだ。
「……っ! すまないイリア! 」
「……はぁ、いえ、私も資料を全て片付けられていなかったことが原因ですので、気になさらず」
小さく出た溜息と床に転がったボルンベアの頭、ポーションの成れの果て、自立しなくなった椅子に視線を向けて、もう一つ小さな溜息。
「箒を持ってきますので、リオルド様動かず待っていて下さい。ぁ、あと、お怪我はありませんか? 」
「問題ない。ただ、椅子もポーションもダメにしてしまった。弁償する! 」
わかりましたから、取り合えずそのままお待ちください。と会話を区切られ、ちゃんとした謝罪を受けてはもらえなかった。
しょんぼりと小さくなってしまったリオルドは小さく返事をして、壊してしまった椅子を壁側に寄せて、踏んでしまった資料を机に上げた。
ほどなくして箒と塵取りと雑巾を持ったイリアが戻ってきて、てきぱきと片付けをしていく。
ボルンベアは家に備わっているマジックボックスへとりあえず閉まって、ガラス片も濡れた床も全部綺麗にした。
「イリア、ポーションだが、今俺が持っている物で足りるだろうか?中級5本、初級3本ある」
「あぁ、結構です。まだこの戸棚に予備はありますので、戸棚の中の物も整理するのでもうしばらくお待ちいただけますか?脚立を取ってきます」
唯一部屋の中にあった椅子は、壊れてしまったから脚立を取りに、隣の部屋に行こうとしたらしょぼくれて大人しくしていたリオルドが声を上げた。
「俺が椅子になる! 」
「……は?」
椅子を壊してしまった事、ポーションの代わりも受け取ってもらえず、でもなにかすぐお詫びをしたい。そして、椅子になることを立候補。
「ぇ、いえ、脚立がありますので、椅子は結構です」
「いや! このままでは、申し訳が立たない。もちろん、改めてポーションと椅子は弁償する! 今のこの時だけは俺を椅子代わりに! 」
丁重に断っても、椅子になる。踏んでくれ、申し訳ないから自身に罰を与えると聞かなかった。
押し問答を続けて、話している間に隣のキッチンに置いてあった脚立を持ってきても、リオルドはその脚立を使用させず自身が四つん這いになってその上に登れと譲らなかった。
「……わかりました。では明日使うポーションをとるだけ、一回だけです。そもそも私が資料を全て片付けなかったからリオルド様が転んでしまったんです。何も罪悪感など抱かなくて結構なのですが」
「いいんだ。一脚しかない椅子を壊してしまって、ポーションだってイリアが自分で作っている物じゃないか。手間暇かけた物を壊してしまったせめてもの償いだ」
リオルドはカウンターの下に四つ這いになった。
改めて異様な光景である。あの崇高な騎士様が自ら跪いて四つ這いに。
マントは今日はつけていなかったが、黒の上着を着ていても背中のがっちり感はよくわかった。
イリア一人が上に乗ったくらいでは、よろけたりしないくらい安心感がある。
――意外としっかりした背中ですね。
靴を脱いで、いざリオルドの背中に――。
「靴のまま踏んでもらって構わないが」
「いやです」
さすがに、騎士様の背中を土足で上がるのは気が引けるので、靴を脱いだ。
背の上に乗ると手足が長いせいか、意外と高さがあった。
そして足の下では何やらぼそぼそと呟いている。……いや、微妙に悶えている?
「靴のままでも良いのだが、これでは罰ではなくご褒美かも知れない」
「ぁぁ、イリアが、俺を踏んで……」
「イリアの靴の匂い」
――速く、ポーションを出してしまいましょう。
耳を澄ますのではなかったと後悔するイリア。
扉を開けると、倒れてはいたが壊れている物はなかった。
必要なポーションを取り出すには、倒れた物を一度起こして避けなければならない。
こういう時に日ごろから整理しておけばとも思ったが、今回がイレギュラー過ぎる。
戸棚の奥に転がってしまったポーションを取るのに、足のつま先に力が入ってしまった。
「んっ……」
以外に力が入ったのが痛かったのか、リオルドが少し身悶えた。
「あ、すみません。痛かったですか。もうすぐ終わりますので」
「……いや、もっと踏んでくれ」
明らかに罰ではなく、ご褒美に転換していた。身じろぎしたのは痛かったのではなく、感じたからの様。
つま先に力を入れる度に微妙に動くものだから、バランスを崩してお尻の方を踏んでしまったり、一度頭に足が行ってしまったりなかなか作業が進まない。
「リオルド様。動かないでください。あなたは今椅子でしょう?」
「ぁっ、はいっ」
やっとのことでポーションを出し終わり、背中からおりた。
降りるときに名残惜しそうにしている変態は無視。
汚れたわけではないが、背中とお尻の皺を伸ばそうをはらうように数回叩いた。
「ぁっ、ふぅ、もう……終わりか? 」
「えぇ、ありがとうございました」
冒頭の状況がこれである。
四つ這いなまま、未だ息荒く立てずにいる訳で、それを私は冷ややかな目で眺めるしかない。
「イリア……慰めて欲しい……」
潤んだ瞳、上気し、ほんのりピンクに染まった顔を上げ、四つ這いのままイリアに懇願をした。
慰めて欲しいという言葉通り、悪い事をしたからフォローをしてということではなく、この人の場合は下半身をどうにかして欲しいということ。
見なくてもわかる。きっと立派にテントを張って、私が背に乗っている時からお尻をもじもじさせていたから、今ごろ凄いシミになっているだろう。
――そんな目で見つめられたら誰だって……。
「あぁっ、イリアっ、なんて素敵なんだ……」
リオルドは無事、家から追い出されました。
――帰宅後のリオルド。
「んっ、イリアっ、あっ、俺を踏んでるイリアっ、あの冷たい眼差しっ」
シミを作ったスラックスは宿舎に帰ってからすぐ着替えたが、思い出すだけで下半身に熱が集中してしまう。
着替えをしたばかりだが、どんどんスラックスにまた新しいシミができてしまう。
昂った自信を撫でるように、スラックスの上から何度もすいた。
頭を踏まれた時は、触っていもいないのにイクかと思った。
背中に残るイリアの脚の踏まれる感覚、温度、イリアも緊張していたのか足の裏がしっとり湿り気を帯びていたような気がする。
自身の部屋に入って、ベッドにもいかず床にまた四つん這いになった。
イリアの家でのことを思い出して、片手で大きくなった自身を慰めた。
「ぁ、ぁっ、イリア。イリアも俺の背中を踏むのは、緊張したのか。ぁ、……んっ」
つぅと先端から垂れる汁が、カーペットにシミを作る。
「……ん、ふっ、っ、……もっと踏まれたかった」
頭の中で、イリアに踏んでもらいながら、蔑まれ、あそこを嬲られる事を想像する。
「ぁ、もっとっ、もっと踏んでくださいっ、ぁ、ぁ、っ」
慰めている手を大きくスライドさせ、先端の汁を手に絡めて筋をなぞる。
スピードがどんどん速くなるにつれて、腰が揺れて、頭の中ではイリアに足で思いっきりあそこを痛いくらいに踏まれた。
「あぁぁっ!気持ちいっ、良くなってっ……すみま、せっ、イクっ! でちゃっ……!! 」
ビクビクと何度か身体を震わせ、四つ這いのままカーペットにイった。
余韻に浸りながら、肩で息をつく。
「イリアに踏んでもらうにはどうしたら良いか……」
ーーそして翌日。
バーーーーンとまたやってきたリオルドは、新品の椅子と、割ってしまったポーションの倍の数、ポーション作りに使う材料を持ってきた。
苦虫を噛みつぶしたような、嫌そうな顔をしているがそんなことはなんのその。
依頼から帰ってくる頃合いを見計らっての登場である。
「昨日のお詫びを持ってきた!本当にすまなかった。それでは!」
今回は珍しくお詫びだけで本当に帰るようで、出すものを出して出口に向かうリオルドが大変珍しかった。
呆気に取られてしまったが、時間も時間で夜ということもあるし、連日非番な訳はない。
第三部隊副隊長であるがゆえ誰が考えても暇な訳もなく、本人はそんなこと一切言わないが合間を縫ってきてくれたのであろう。
「リオルド様、お待ちください」
そんな彼を嫌いにはなれず、つい甘やかしてしまうのかも知れない。
「昨日はおもてなしもできず、申し訳ありません。本日も椅子とポーション、材料までありがとうございます。こちら、もしよろしければ私がブレンドしたハーブティーです。良ければ飲んでください」
そう言って、小さな小堤を二つリオルドに持たせた。
1つは朝・昼用の集中力を目覚めが良くなり、高めるお茶。もう1つは寝る前用のリラックス効果がある物。
「ありがたく受け取っていく。では、また」
それから数日。リオルドの執務室でも寝室でもお茶の良い匂いが部屋を満たした。
おかずにされた事を知らないイリアの中では、リオルドの株が少し上がった。
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