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オムライス
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442年ぶりの皆既月食と天王星食の日ですが、物語はオムライスです。美味しいですね。
作者はすっかり忘れてまして、帰宅途中で空を見上げている人たちのお陰で最大の頃を奇跡的に見ることが出来ました。皆様にも幸運が訪れますように。
ひろしさんが連れて来てくれたのは、駅前の大きなビルの中にあるオムライスの専門店。卵をフライパンの上でライスをラップするタイプのものだった。
薄焼きの卵だから、運ばれて来たオムライスの所々にご飯の粒がうっすら見える。
「後から包むのも、後乗せのナイフで割ってふわとろの卵がかかるのもいいけど、やっぱり王道はこっちだと思うんだよね」
「私、頼む時って、だいたい後乗せのナイフで切るやつですね。家では、ケチャップライスをお皿に盛ってから薄焼きにしたかった厚めの卵で包んじゃってますけど。そういえば、ひろしさんのお店ってオムライスがないですよね。あと、ナポリタン。どこの喫茶店にもあると思ってました」
「ああ、実は自信がなくてね。この店みたいに焼きながらフライパンの上でラップしたいんだけど、破れてしまうし、ライスを固めてしまってね」
「わぁ、パラパラほろほろふんわりですね。卵も薄いのにしっかりしていて美味しい」
「でしょ。ゆかりちゃんに一度食べてもらいたかったんだ。こういうタイプのオムライスも美味しいって言って貰えるものなんだね」
「昔ながらの料理でも新しい形の料理でも、美味しい物は美味しい物なんですよ。ただ、インスタ映えしないとなかなかー」
「うん、そうだね。でも、うちは一時の賑わいはいらないかな。静かで寛げる空間でのんびり過ごしてもらえたらいいと思ってるんだ」
「ふふ、私もひろしさんのお店にずっといたいですし、常連さんたちも同じ気持ちだと思います。バズって色んな人が騒いじゃうと、ひろしさんのお店じゃなくなっちゃう気がします」
「そう? そんな風に言ってくれて嬉しいよ」
うちで作ったのでは、卵の厚みが3ミリ以上はあるし固いからスプーンを入れる時に力が多少必要で形がくずれるんだけど、お店のオムライスはスプーンが勝手に沈み込む感じ。なのに、スプーンで掬った場所以外は、運ばれて来た形そのままをキープしている。
私が頼んだのは、バターライスに、きのこのホワイトソースがかけられたもの。ひろしさんは、ごろごろビーフのデミグラスソースのものに、ハンバーグが乗っているオムライスだ。
大きな口を開けて、ぱくぱくよく食べるのを見ると、こちらまで美味しく感じてつられて口に運んでしまう。実際に美味しいんだけれども。
こんなにも入らないかなっていうくらい、お店のオムライスは大きかったんだけれどあっという間に完食できた。
「ふぅ、お腹いっぱーい。ご馳走様でしたぁ。あ、お金は払いますからね」
「気に入って貰えてよかった。俺が誘ったから奢られてて。また、こうして夕食を付き合ってくれると嬉しい」
「じゃあ、今日はご馳走になっちゃいます。バイトの無い日ならいつだっていいですよ! お姉ちゃんもひろしさんと一緒なら安心だって言ってましたから」
「はは、そう言って貰えると嬉しいな」
「本当ですよ? ひろしさんは今でも事故の事を気にしてますけど、あれは誰にも避けられなかったって警察の人も言っていたし、ひろしさんだから軽傷で済んだんです。お姉ちゃんも私ももうなんとも思ってないんですから、私たちがひろしさんを責めていないのに、自分で自分を責めないでくださいね」
「……ありがとう」
彼が、こんな風に私やお姉ちゃんを気遣うのも、全て事故のせいだと思う。他のお客さんにも同じように接しているけれど、なんというか、私にはさっきのドライフードといい、今回の食事といい、優しすぎると思う。
だから、気にしないでねって笑って伝えると、ひろしさんは複雑そうな表情を一瞬見せた後はにかんだ。そして、きゅっと口を結ぶと、私の様子を伺いながら言葉を続けたのである。
「あのさ、ゆかりちゃん。喫茶店で話していた男の事なんだけど……」
「先輩の事ですか?」
「その……断るんだよね?」
先輩から告白された日から、なんとなく私に聞きたそうにしているなって思っていた。あの時の会話も、今日のおしゃべりも全部聞かれているだろうし、予想はしていたので、正直に今の気持ちを伝える。
「ええ。お姉ちゃんの事がなくても、なんというか私には勿体ないっていうか。先輩には、もっと良い人のほうがいいと思うんです。ストレスが一緒にいるだけでなくなるような、先輩を支える事が出来るような人が。例えば、この間みたいに、後で後悔してしまうくらい他人に怒鳴る事がないようにしてくれる人が、きっといると思うんです。私じゃあ、先輩は凄く気を使ってくれているので、もっとイライラしちゃうと思います。私も、ずっと気疲れすると思うんですよね」
「そうか……そっか……」
私の話を聞いて、ひろしさんが頷きながら水を飲んだ。すでに、お互いのお皿は下げられている。あとは会計のみとなっていて、なかなか店を出ようとしない彼に首を傾げた。
「でもどうしてですか?」
「ごめん、聞く気はなかったんだけど聞こえちゃって……」
「いえ、そうじゃなくて。どうしてそんな事を聞くんですか?」
「どうしてって、それは……」
「それは?」
「……ゆかりちゃんを好きになったから、デス」
「へ? え? ええ? わ、わたし? す、すすすき? ええ?」
全くもって、予想外の返事だったから頭がプチパニックになった。まさか、今まで優しくしてくれた理由ってそっち?
「突然言ってごめん。どう考えても、俺には太刀打ち出来なさそうな男だったから、なんだかんだで付き合うようになるのかなって諦めようと思ってたんだ。だけど、彼を断るのなら、俺との事を考えてくれないかな?」
今言わないと、最終的に絆されてゆかりちゃんが彼と付き合う事になりそうでそれは嫌だったからって言う彼を見て、現実味が薄れ、周囲の喧騒が全く耳に入って来なくなった。
真剣な眼差しから目を逸らせない。笑う事も、誤魔化す事もできず、真正面から彼の瞳と言葉、そして気持ちを投げかけられるがまま、しばらく見つめ合った。
コップと調味料、そして伝票だけが乗っている小さめのテーブルの上に置いた私の手に、彼の手が重なる。
「ひろし、さん……」
立派に喫茶店を経営している大人の男の人の手だから大きいのかなって関係ない事が現実逃避的に頭に浮かぶ。
節くれだった指と、手の甲に浮き出る骨まで男っぽさを醸し出していて、力なんて入れられていないのに、彼の手の下の自分の手を引き抜く事もできないでいた。
「君にとって、俺もお姉さんを傷つけた男だ。だから、嫌なら断っていい。本当は伝えるつもりもなかったんだ。大分年上だし、しがない喫茶店のマスターだから。ただ、俺の店に毎日来て本を読んでいる姿も、友達と楽しそうにしている様子も、あの男に背筋を伸ばしてしっかり伝える姿勢も、何もかもが好きだ。これからも、ゆかりちゃんに俺の淹れるコーヒーを飲んで欲しいし、いつか納得のいくオムライスを作る事が出来るようになった時に一番に食べて欲しい」
ひろしさんは、私よりも8つも年上だ。お姉ちゃんのほうが年齢が近いし、年下すぎて話も合わない子供なんて眼中にないと思っていた。
頭がふわふわする。ふらふらしているような感覚に見舞われた。
重なった彼の手の平が熱くて、緊張で手が冷える間もなく、私は照れくささと、嬉しい気持ちが心の中でむくりと起き上がるのを自覚したのである。
作者はすっかり忘れてまして、帰宅途中で空を見上げている人たちのお陰で最大の頃を奇跡的に見ることが出来ました。皆様にも幸運が訪れますように。
ひろしさんが連れて来てくれたのは、駅前の大きなビルの中にあるオムライスの専門店。卵をフライパンの上でライスをラップするタイプのものだった。
薄焼きの卵だから、運ばれて来たオムライスの所々にご飯の粒がうっすら見える。
「後から包むのも、後乗せのナイフで割ってふわとろの卵がかかるのもいいけど、やっぱり王道はこっちだと思うんだよね」
「私、頼む時って、だいたい後乗せのナイフで切るやつですね。家では、ケチャップライスをお皿に盛ってから薄焼きにしたかった厚めの卵で包んじゃってますけど。そういえば、ひろしさんのお店ってオムライスがないですよね。あと、ナポリタン。どこの喫茶店にもあると思ってました」
「ああ、実は自信がなくてね。この店みたいに焼きながらフライパンの上でラップしたいんだけど、破れてしまうし、ライスを固めてしまってね」
「わぁ、パラパラほろほろふんわりですね。卵も薄いのにしっかりしていて美味しい」
「でしょ。ゆかりちゃんに一度食べてもらいたかったんだ。こういうタイプのオムライスも美味しいって言って貰えるものなんだね」
「昔ながらの料理でも新しい形の料理でも、美味しい物は美味しい物なんですよ。ただ、インスタ映えしないとなかなかー」
「うん、そうだね。でも、うちは一時の賑わいはいらないかな。静かで寛げる空間でのんびり過ごしてもらえたらいいと思ってるんだ」
「ふふ、私もひろしさんのお店にずっといたいですし、常連さんたちも同じ気持ちだと思います。バズって色んな人が騒いじゃうと、ひろしさんのお店じゃなくなっちゃう気がします」
「そう? そんな風に言ってくれて嬉しいよ」
うちで作ったのでは、卵の厚みが3ミリ以上はあるし固いからスプーンを入れる時に力が多少必要で形がくずれるんだけど、お店のオムライスはスプーンが勝手に沈み込む感じ。なのに、スプーンで掬った場所以外は、運ばれて来た形そのままをキープしている。
私が頼んだのは、バターライスに、きのこのホワイトソースがかけられたもの。ひろしさんは、ごろごろビーフのデミグラスソースのものに、ハンバーグが乗っているオムライスだ。
大きな口を開けて、ぱくぱくよく食べるのを見ると、こちらまで美味しく感じてつられて口に運んでしまう。実際に美味しいんだけれども。
こんなにも入らないかなっていうくらい、お店のオムライスは大きかったんだけれどあっという間に完食できた。
「ふぅ、お腹いっぱーい。ご馳走様でしたぁ。あ、お金は払いますからね」
「気に入って貰えてよかった。俺が誘ったから奢られてて。また、こうして夕食を付き合ってくれると嬉しい」
「じゃあ、今日はご馳走になっちゃいます。バイトの無い日ならいつだっていいですよ! お姉ちゃんもひろしさんと一緒なら安心だって言ってましたから」
「はは、そう言って貰えると嬉しいな」
「本当ですよ? ひろしさんは今でも事故の事を気にしてますけど、あれは誰にも避けられなかったって警察の人も言っていたし、ひろしさんだから軽傷で済んだんです。お姉ちゃんも私ももうなんとも思ってないんですから、私たちがひろしさんを責めていないのに、自分で自分を責めないでくださいね」
「……ありがとう」
彼が、こんな風に私やお姉ちゃんを気遣うのも、全て事故のせいだと思う。他のお客さんにも同じように接しているけれど、なんというか、私にはさっきのドライフードといい、今回の食事といい、優しすぎると思う。
だから、気にしないでねって笑って伝えると、ひろしさんは複雑そうな表情を一瞬見せた後はにかんだ。そして、きゅっと口を結ぶと、私の様子を伺いながら言葉を続けたのである。
「あのさ、ゆかりちゃん。喫茶店で話していた男の事なんだけど……」
「先輩の事ですか?」
「その……断るんだよね?」
先輩から告白された日から、なんとなく私に聞きたそうにしているなって思っていた。あの時の会話も、今日のおしゃべりも全部聞かれているだろうし、予想はしていたので、正直に今の気持ちを伝える。
「ええ。お姉ちゃんの事がなくても、なんというか私には勿体ないっていうか。先輩には、もっと良い人のほうがいいと思うんです。ストレスが一緒にいるだけでなくなるような、先輩を支える事が出来るような人が。例えば、この間みたいに、後で後悔してしまうくらい他人に怒鳴る事がないようにしてくれる人が、きっといると思うんです。私じゃあ、先輩は凄く気を使ってくれているので、もっとイライラしちゃうと思います。私も、ずっと気疲れすると思うんですよね」
「そうか……そっか……」
私の話を聞いて、ひろしさんが頷きながら水を飲んだ。すでに、お互いのお皿は下げられている。あとは会計のみとなっていて、なかなか店を出ようとしない彼に首を傾げた。
「でもどうしてですか?」
「ごめん、聞く気はなかったんだけど聞こえちゃって……」
「いえ、そうじゃなくて。どうしてそんな事を聞くんですか?」
「どうしてって、それは……」
「それは?」
「……ゆかりちゃんを好きになったから、デス」
「へ? え? ええ? わ、わたし? す、すすすき? ええ?」
全くもって、予想外の返事だったから頭がプチパニックになった。まさか、今まで優しくしてくれた理由ってそっち?
「突然言ってごめん。どう考えても、俺には太刀打ち出来なさそうな男だったから、なんだかんだで付き合うようになるのかなって諦めようと思ってたんだ。だけど、彼を断るのなら、俺との事を考えてくれないかな?」
今言わないと、最終的に絆されてゆかりちゃんが彼と付き合う事になりそうでそれは嫌だったからって言う彼を見て、現実味が薄れ、周囲の喧騒が全く耳に入って来なくなった。
真剣な眼差しから目を逸らせない。笑う事も、誤魔化す事もできず、真正面から彼の瞳と言葉、そして気持ちを投げかけられるがまま、しばらく見つめ合った。
コップと調味料、そして伝票だけが乗っている小さめのテーブルの上に置いた私の手に、彼の手が重なる。
「ひろし、さん……」
立派に喫茶店を経営している大人の男の人の手だから大きいのかなって関係ない事が現実逃避的に頭に浮かぶ。
節くれだった指と、手の甲に浮き出る骨まで男っぽさを醸し出していて、力なんて入れられていないのに、彼の手の下の自分の手を引き抜く事もできないでいた。
「君にとって、俺もお姉さんを傷つけた男だ。だから、嫌なら断っていい。本当は伝えるつもりもなかったんだ。大分年上だし、しがない喫茶店のマスターだから。ただ、俺の店に毎日来て本を読んでいる姿も、友達と楽しそうにしている様子も、あの男に背筋を伸ばしてしっかり伝える姿勢も、何もかもが好きだ。これからも、ゆかりちゃんに俺の淹れるコーヒーを飲んで欲しいし、いつか納得のいくオムライスを作る事が出来るようになった時に一番に食べて欲しい」
ひろしさんは、私よりも8つも年上だ。お姉ちゃんのほうが年齢が近いし、年下すぎて話も合わない子供なんて眼中にないと思っていた。
頭がふわふわする。ふらふらしているような感覚に見舞われた。
重なった彼の手の平が熱くて、緊張で手が冷える間もなく、私は照れくささと、嬉しい気持ちが心の中でむくりと起き上がるのを自覚したのである。
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