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 どちらさまでしょうか? と訊ねて玄関を開けると、そこにトナカイがいるだなんて誰が信じるだろうか。

 いや、私だって他人から聞いたら信じない。だけど、今まさに、それが現実となっている。

「……」
「……」

 トナカイは、じーっとこっちを見ている。特に興奮している様子もなく、かといって、フレンドリーに「突然すみませーん。はじめまして、こんにちは! あ、わたくし、北欧のほうから参りましたトナカイと申します」という風にしゃべる悪徳詐欺訪問セールスの人でもない。当然、ご近所さんでもない。

「あのー……どういったご用件でしょうか?」

 はい、こんなことを言っても通じるはずはない。でも、なんとなく何かを言わなきゃいけないという念に駆られたのだ。この時は、真剣にトナカイ相手に普通に声をかけてしまっていた。

「……」

 なんか、はないきみたいなものだけをトナカイは口や鼻から出すのみ。幸い、危害を加える気はなさそうだ。どうしたものか戸惑っていると、トナカイが私の横をすっと通って、無駄にでっかい玄関から中に入ってきた。

「もしかして、寒すぎて暖を取りに来たのかしら?」

 トナカイなのに? いや、トナカイとはいえ、流石に寒すぎるのかも。

 下手に怒らせたら負ける。その自信しかない。私は、トナカイのなすがまま、見守った。モモンガの時のようにトナカイにとって危険はないだろうし。どちらかというと、危険なのは私のほう。

「あ、モモンガちゃん!」

 どうしよう。トナカイが行く先には、小さなモモンガがいる。トナカイに見つかったら食べられちゃうかも。
 でもちょっと待って、トナカイってモモンガを食べるんだっけ? 草食? 雑食だったり肉食なら、食後のモモンガは絶好の食事かもしれないけど、シカは草食だから、似たりよったりのトナカイも草食。だと思う。多分。知らんけど。

 なるべくトナカイを刺激しないように、なんとか先回りしてモモンガを保護しようとした。きっとモモンガも逃げているはず。

 ところが、私の思惑とは裏腹に、トナカイはモモンガをあっさりと見つけてしまった。そして、興味本位なのか、それともデザートのつもりなのか、モモンガに近づいていく。

「ダメ! モモンガちゃん、危ない!」

 とっさに、トナカイとモモンガの間に立って、トナカイの行く手を遮ろうとした。絶体絶命のピンチなのは、モモンガよりも私かもしれない。

「と、トナカイさん、あれはちっこくて、そ、そう、きっと満腹にならないわ。わ、私が美味しいものをあげるから、モモンガちゃんは見逃してあげて」

 通じないと思う。でも、動物でも何かを守るときはこうやっているから、私がモモンガをかばっていることくらいは伝わっていて欲しい。

 大きなトナカイは正直恐ろしい。でも、私よりももっと小さなモモンガを守ってあげなきゃと思った。

 祈りというか、言葉というか、私の気持ちが通じたのか、トナカイがピタッと止まった。そして、首を少しかかげて私をジーっと見つめてくる。

「えーと、食材を置いている部屋はあっちなの。私には、あなたの好きなものがわからない。あっちに行って見て、あなたの欲しいものがあったらあげる。だから、一緒に行きましょう。ね?」

 すると、モモンガが私の体を伝って登ってきた。私が庇っているのをわかってくれて少しはなついてくれたのかとちょっと嬉しいが、今は逃げて欲しい。

「モモンガちゃん、危ないからあっちに行っててー……あ」

 両手でモモンガを隠そうとしたが、その前に、トナカイがモモンガをぱくんと咥えてしまった。

「あああああ! モモンガちゃん、モモンガちゃん! ちょ、トナカイーさん、モモンガちゃんをぺってしてー!」

 ごくんとはしていなさそうだ。つまり、まだトナカイの口の中にモモンガはいるだろう。

 私の必死の懇願を、嘲笑うどころか普通になんにもなかったかのように、トナカイがくるりと体を反転させた。慌てて引き留めようとしたが、駆けていくトナカイの足に追いつけるわけなんてない。

 家からモモンガを咥えて完全にさっていったトナカイをおいかけてモモンガを助けたい気持ちはある。だけど、こうなってはどうしようもない。

 目の前で、助けたかわいそうなモモンガが、トナカイに食べられちゃった数時間の事件は、こうして終わったのであった。

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