完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。

にじくす まさしよ

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1 悪あがき

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 イヤルがやっと任期を終えた。残務処理や引継ぎがあるため、帰ってくるのは二週間後と聞いていたが、予定よりも早い彼の帰還に、エンフィたちは喜ぶ。

「イヤル、長い間お疲れ様。あなたに助けてもらった人々から、感謝の手紙が今年もたくさん届いているわ」
「大したことはしていないさ。それよりも、ロイエが逃げた。オレは、彼女を捕まえなきゃいけなくなったから、またすぐに行かなくてはならない」
「え? ロイエさんが? 彼女は難攻不落の魔塔の地下深くで、人々のために奉仕させられているんじゃなかったの?」
「それなんだが……。当初の予定通り、魔塔で身柄を拘束していればよかったんだけど、彼女の精神干渉という魔法は、王宮の魔法機関で研究するべきだって大貴族たちが言い出して。弱い魔力の使い手だから制御できると考えたのだろうね。だが、外に出た瞬間、ロイエは周囲の人間を少しずつ催眠状態にしていったようだ。ぱっと見はわからない程度の弱い催眠だけど、長期間にわたって何重もかけられて、彼女の逃亡に王宮の使用人たちが協力してしまった」
「ちょっと待ってください。イヤル様、馬鹿馬鹿しいことに、ロイエは自分を捕まえる原因になったのはエンフィ様のせいだと非常に恨んでいると聞いています。もしかして、ここに彼女が報復のためにやってくるのでは?」
「その可能性は非常に高い。だから、急遽ここにオレが帰るのを許してもらえたんだ。ざっと感知したところ、ロイエはここに潜伏していないようだ。ドーハン、すまないがオレがいない間、エンフィを頼む。魔塔から、邸全体を守る強力なアイテムを借りてきたから大丈夫だと思う。ただ、ロイエが捕まるまで邸から出ないようにしてくれ。エンフィ、すぐに捕まえてくるから、もう少しドーハンと待ってて」
「そんな……」

 忘れたいのに、いつまでもこうして彼女の影に怯えなくてはならないのか。理不尽な状況に、エンフィは天を恨みたくなる。

「ここに来ていないとわかれば、ロイエが行きそうなところには心当たりがあるんだ。だから、そうは待たせないと思うよ」
「心当たり?」
「ルドメテのところですね?」
「ああ。ルドメテが収監されている荒地は、彼のほかにも部下たちも一緒にいるからね。ロイエよりも監視が厳しくないから、ロイエがたどり着けばあっという間に全員逃げられるだろう」
「なら、早くいかないと」
「もう、魔塔の魔法使いたちが向かって罠を張っているよ。長く待たせないって言っただろう?」
「それならば、もう捕まっているかもしれませんね。ロイエも、馬鹿なことをしでかしたものですね。反省して刑期を終えれば、穏やかな老後が過ごせたでしょうに」
「そうであって欲しいがなあ。ロイエたちに、反省の文字はなさそうだから罪を重ねたんだ。再逮捕されれば、もう二度と太陽の光を見ることはないだろう」

 エンフィは、イヤルとドーハンの会話を聞き、今この瞬間、ロイエが逮捕されているよう祈る。なぜ、加害者である彼女が、自分を恨むのか。ぞくっとするような恐ろしい彼女の笑みが、すぐそこにあるように思えて体が震えた。

「エンフィ、大丈夫。オレはもう二度と失敗しないって決めたんだ。君を守るために、一瞬の隙も見せないよ」
「イヤル……。じゃあ、念のため、これをつけていって。今のあなたにとっては意味のないものかもしれないけれど……」

 エンフィは、対になっているピアスの片方を、彼の耳につけた。それは、彼からもらった守護のアーティファクト。彼の能力や意思を疑っているわけではない。信頼している気持ちも、それでも心配する気持ちも本物だ。

 イヤルは、そんな彼女の想いが面映ゆい。愛しさがこみあげてきて、彼女をぎゅっと抱きしめる。すると、イヤルとエンフィの間から、か細い猫の鳴き声のような音が聞こえた。

「ほわ、ほわぁ、ほわっ」
「ああ、すまない。起こしてしまったか」
「ふふふ、イヤルがわたしごと抱きしめたから少し苦しかったのね。よしよしフィーク、大丈夫よ。ほら、お父様ですよ」

 エンフィの腕の中には、イヤルが昨年帰ってきた時に授かった小さな子供がいた。まだ目が見え始めたばかりで首も据わっていない。
 エンフィが体をゆすると、安心したように泣き止む。そして、ぼんやりした瞳でじーっとイヤルを見ていた。

 指先を、そのもみじのような小さな手に持っていくときゅっと握る。イヤルは、そんな息子が愛おしすぎて、身もだえするのを必至にこらえた。

「イヤル様、フィーク様を抱っこされては?」
「いや、なんというか。そうしたいんだが。落としそうだし、壊れそうで恐ろしい」
「ふふふ、大丈夫。ほら、フィーク、お父様に抱っこしてもらいましょうね」
「あーう」

 イヤルは、エンフィのサポートでこわごわとフィークを抱っこした。見ている周囲がはらはらするほど、イヤルの手つきはおぼつかない。だが、幸せそうな彼らの姿に、セバスやマイヤなどは涙ぐんで喜んでいた。

 ひとしきり、息子のぬくもりと軽い重さを感じたあと、イヤルはルドメテが収監されている荒地へと転移したのであった。
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