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17.5 イヤル
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「ま、まさか、まさか、まさかまさか。あり、えない。お前が、魔法使いだって? 嘘だ!」
「……」
ロイエは、圧倒的な魔法使いとしての力の差を感じて、がくりと力を抜く。だが、ある事に気づき、現状を打破するための策謀を必死に考えた。
イヤルが詐欺をしていたころの自分の顔を覚えているということは、その頃にはすでに魔法使いだったはずだ。
地位も金も約束された魔法使い。ただし、身柄を国に管理される一生を送ることになる。有事の際には、一般人よりも過酷な仕事を余儀なくされる。そのために、報酬が良いと言っても過言ではない。
ロイエは、くそ真面目に国のために働く気がない。ゆえに、無理やり魔塔に連れていかれてからの10年の奉公をし終えると、金だけ持って表社会から消えたのである。そこから先は、魔法を使いながら金がなくなるたびに詐欺をしていた。警備団に気づかれないように、住処を転々としながら。
だが、基本的な鍛錬をしていなかったためか、年々魔力が廃れていった。魔法がなければ、この先食べるにもことを欠くのが明らかだ。これならば、大人しく魔法使いとして国の犬になっていればよかったという後悔と焦りを感じていたころ、イヤルという美味しすぎるカモが引っ掛かった。邪魔な妻がいるものの、これで一生安泰だと信じて疑わなかった。それからというもの、イヤルという隠れ蓑の下で好き放題してきたというわけだ。
なぜ、イヤルが便利な魔法使いということを隠していたのかはわからない。真面目なこの男が、自分のような理由で、魔法使いであるということを隠していたわけではないだろう。ただ、このことが、イヤルにとってのウィークポイントであることは瞬時に把握した。
把握したと同時に、ロイエはイヤルに見せつけるかのように体をくねらせて、すがるような視線を送った。なんだかんだで、男という生き物は、色香とともに保護欲を刺激させれば心が揺らぐ。その揺らぎという隙をつけば、魔法を使わなくとも自分になびかない男はいなかった。その過去の事実が、彼女の自信を取り戻させたのである。
「ねぇ、イヤル。あんた、私と出会う前から魔法使いだった。そうだね? そうでなきゃ、今の私のことはともかく、昔の私のことを記憶に刻み付けているはずがない。ねぇ、イヤルぅ。取引しようじゃないか」
「取引?」
「ああ、私があんたが数年前から魔法使いだったことを告白したら、あんたはどうなる? 下手すりゃ私らなんかよりも、もっとひどい処罰を受けるだろうね。そうなれば、事業やこの領地は、あっという間に死屍累々の貧乏領に逆戻りさ。あんただって、罪もない領民をそんな目に合わせたくないだろうし、臭い飯なんて食べたくないだろう? だからさ、あんた、私と手を組まないかい? 警備団に捕まった無能たちは、もう必要ない。魔法使いであるあんたひとりがいれば、あいつらの1000人よりも十分だからねぇ。そうすりゃ、あんたが魔法使いだってことを国に黙っててやるよ」
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる彼女は、とても無様にベッドにしばりつけられているようには見えない。それほど、彼女の提案は、イヤルにとって魅力的であり、断るはずがないと確信していた。見た目は平然としているが、内心はびくびく小動物のように恐怖に震え狼狽えているにちがいない、と。
その彼女の言葉は、思惑とは裏腹に、イヤルの心に一ミリたりとも響かない。イヤルは目を細めてその提案の返事をした。
「浅い悪知恵は、頭の回転を良くして舌の動きを滑らかにするようだな。残念ながら、オレが魔法使いだったこと、数年国に隠していたことは警備団を通じて王都に報告済みだ。罪を償う覚悟は、お前たちよりも出来ている」
ロイエは、生真面目で面白くないと思っていた男の、生真面目すぎるお利口な返答に、あごが外れんばかりに驚いた。誰だって、自分の保身のためなら取り繕うくらいはする。だというのに、馬鹿正直に自ら罪を犯したと名乗り出る愚か者がいようとは。あまりのことにあきれ返った。これまで、彼女の周りにはそんな人物はひとりもいなかった。
「なんだって? バカか、お前。お前が捕まるのはいい。だがねぇ、私まで巻き込まなくてもいいだろう? お前だけ、さっさと捕まっちまえば良かっただろうが!」
「お前ほどじゃないさ。あと、戯言もたいがいにしろ。オレがお前を逃がす理由など、全くない。ほどなく、警備団がここに来るだろう」
ロイエは、自分が犯した罪により科せられる刑罰を知っていた。ここで捕まれば、魔法使いの自分は一般人のルドメテや部下たちよりも重い、第一級犯罪者として永遠の牢獄に入れられるだろう。そんな未来はごめんだとばかりに、イヤルを口汚くののしりながら必死に逃げようともがく。
「い、いやだ、いやだ! 捕まりたくない! この大馬鹿野郎。さっさとお前なんか始末しとけばよかった! ルドメテのバカが、お前にもう少し稼いでもらおうだなんていわなければ、とっくに墓の下だったくせに。ほどけよ、畜生!」
「ロイエ、書類上とはいえ俺たちは夫婦になったんだ。夫婦らしく、一緒に仲良く捕まろうじゃないか」
「いやだっつってんだろおおおお!」
その時、乱暴に開けられたドアから警備団が忙しなく入ってきた。屋敷中に轟くような喧噪の中、まるで男のような言葉にならない絶叫が、ひときわ高く長く響き渡ったのであった。
「……」
ロイエは、圧倒的な魔法使いとしての力の差を感じて、がくりと力を抜く。だが、ある事に気づき、現状を打破するための策謀を必死に考えた。
イヤルが詐欺をしていたころの自分の顔を覚えているということは、その頃にはすでに魔法使いだったはずだ。
地位も金も約束された魔法使い。ただし、身柄を国に管理される一生を送ることになる。有事の際には、一般人よりも過酷な仕事を余儀なくされる。そのために、報酬が良いと言っても過言ではない。
ロイエは、くそ真面目に国のために働く気がない。ゆえに、無理やり魔塔に連れていかれてからの10年の奉公をし終えると、金だけ持って表社会から消えたのである。そこから先は、魔法を使いながら金がなくなるたびに詐欺をしていた。警備団に気づかれないように、住処を転々としながら。
だが、基本的な鍛錬をしていなかったためか、年々魔力が廃れていった。魔法がなければ、この先食べるにもことを欠くのが明らかだ。これならば、大人しく魔法使いとして国の犬になっていればよかったという後悔と焦りを感じていたころ、イヤルという美味しすぎるカモが引っ掛かった。邪魔な妻がいるものの、これで一生安泰だと信じて疑わなかった。それからというもの、イヤルという隠れ蓑の下で好き放題してきたというわけだ。
なぜ、イヤルが便利な魔法使いということを隠していたのかはわからない。真面目なこの男が、自分のような理由で、魔法使いであるということを隠していたわけではないだろう。ただ、このことが、イヤルにとってのウィークポイントであることは瞬時に把握した。
把握したと同時に、ロイエはイヤルに見せつけるかのように体をくねらせて、すがるような視線を送った。なんだかんだで、男という生き物は、色香とともに保護欲を刺激させれば心が揺らぐ。その揺らぎという隙をつけば、魔法を使わなくとも自分になびかない男はいなかった。その過去の事実が、彼女の自信を取り戻させたのである。
「ねぇ、イヤル。あんた、私と出会う前から魔法使いだった。そうだね? そうでなきゃ、今の私のことはともかく、昔の私のことを記憶に刻み付けているはずがない。ねぇ、イヤルぅ。取引しようじゃないか」
「取引?」
「ああ、私があんたが数年前から魔法使いだったことを告白したら、あんたはどうなる? 下手すりゃ私らなんかよりも、もっとひどい処罰を受けるだろうね。そうなれば、事業やこの領地は、あっという間に死屍累々の貧乏領に逆戻りさ。あんただって、罪もない領民をそんな目に合わせたくないだろうし、臭い飯なんて食べたくないだろう? だからさ、あんた、私と手を組まないかい? 警備団に捕まった無能たちは、もう必要ない。魔法使いであるあんたひとりがいれば、あいつらの1000人よりも十分だからねぇ。そうすりゃ、あんたが魔法使いだってことを国に黙っててやるよ」
勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる彼女は、とても無様にベッドにしばりつけられているようには見えない。それほど、彼女の提案は、イヤルにとって魅力的であり、断るはずがないと確信していた。見た目は平然としているが、内心はびくびく小動物のように恐怖に震え狼狽えているにちがいない、と。
その彼女の言葉は、思惑とは裏腹に、イヤルの心に一ミリたりとも響かない。イヤルは目を細めてその提案の返事をした。
「浅い悪知恵は、頭の回転を良くして舌の動きを滑らかにするようだな。残念ながら、オレが魔法使いだったこと、数年国に隠していたことは警備団を通じて王都に報告済みだ。罪を償う覚悟は、お前たちよりも出来ている」
ロイエは、生真面目で面白くないと思っていた男の、生真面目すぎるお利口な返答に、あごが外れんばかりに驚いた。誰だって、自分の保身のためなら取り繕うくらいはする。だというのに、馬鹿正直に自ら罪を犯したと名乗り出る愚か者がいようとは。あまりのことにあきれ返った。これまで、彼女の周りにはそんな人物はひとりもいなかった。
「なんだって? バカか、お前。お前が捕まるのはいい。だがねぇ、私まで巻き込まなくてもいいだろう? お前だけ、さっさと捕まっちまえば良かっただろうが!」
「お前ほどじゃないさ。あと、戯言もたいがいにしろ。オレがお前を逃がす理由など、全くない。ほどなく、警備団がここに来るだろう」
ロイエは、自分が犯した罪により科せられる刑罰を知っていた。ここで捕まれば、魔法使いの自分は一般人のルドメテや部下たちよりも重い、第一級犯罪者として永遠の牢獄に入れられるだろう。そんな未来はごめんだとばかりに、イヤルを口汚くののしりながら必死に逃げようともがく。
「い、いやだ、いやだ! 捕まりたくない! この大馬鹿野郎。さっさとお前なんか始末しとけばよかった! ルドメテのバカが、お前にもう少し稼いでもらおうだなんていわなければ、とっくに墓の下だったくせに。ほどけよ、畜生!」
「ロイエ、書類上とはいえ俺たちは夫婦になったんだ。夫婦らしく、一緒に仲良く捕まろうじゃないか」
「いやだっつってんだろおおおお!」
その時、乱暴に開けられたドアから警備団が忙しなく入ってきた。屋敷中に轟くような喧噪の中、まるで男のような言葉にならない絶叫が、ひときわ高く長く響き渡ったのであった。
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