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悪夢から目覚めたイヤルは、エンフィと互いに慈しみ合うように見つめあったあと、彼女から話を聞き瞬時に事態を把握した。
「わかった。エンフィ、酷い目にあったのにオレや領民のことを考えてくれてありがとう。すぐに領地に向かって皆を助けてくる。そして、ロイエたちを捕えて、……オレも魔法使いであることを明かして出頭しようと思う」
「いけません、今イヤル様が動くなど。あなたには、長期の療養が必要です。それに、あなただって被害者なんですよ。警備団が行っているのなら彼らに任せましょう。魔法使いのことは、我々もどうしていいのかわかりませんが、体調がよくなってからでもいいでしょう? 奥様もなんとか仰ってください!」
イヤルが頭を起こしそう言うと、部下のひとりが悲鳴のような制止の言葉を発した。イヤルを止めることができるのは、エンフィだけだと信じて彼女に懇願する。
「それでこそイヤルね。いってらっしゃい」
「奥様! あんまりです。イヤル様は過労死寸前の体で、今魔法の解放を行ったばかり。冗談抜きで、天から迎えがきてしまいます」
ところが、エンフィは倒れそうな彼の背中を押した。部下たちは悲鳴をあげ、どうにか彼を止めようとするがほかならぬイヤルの意思は固そうだ。
「こうなったら、イヤルは止めても無駄よ。そして、必ずやり遂げてくれる。あなたたちだって、彼の頑固さは知っているでしょう? わたしたちは、イヤルが無事に帰ってこれるように全力で支援するだけよ」
「そんな……」
部下たちは、エンフィの言葉とは裏腹に、彼女の瞳が揺れているのを見て唇を噛む。ここにいる人間の中で、イヤルのことを一番心配して不安なのは彼女に違いないのだから。
そんな、何とも言えない空気の中、ドーハンがエンフィの側に寄り添いながらイヤルに声をかけた。
「そうですね。イヤル様、エンフィ様のことは私にまかせて、領地に向かわれてください」
「ドーハンか、久しぶりだな……」
挑発のような彼の言葉に、イヤルは一瞬目を見張ったあと、不敵に唇の端をあげる。
イヤルは、エンフィの実家に行く度に会うドーハンが気に入らなかった。隠そうとしていても、同じ思いを抱える男の存在は、見ていて不愉快以外の何物でもなかったからだ。しかも、エンフィにとって、実家では近しい人物。たとえエンフィとどうこうなるような間柄ではないとはいえ、できることならドーハンと距離をおいてもらいたかった。
しかし、現在のエンフィの立場は危うい。一気にふたりの夫に捨てられた女性として、この先良縁は望めない。一度離婚してしまったイヤルと再婚するには、厳しい条件がいくつかあり時間がかかるのだ。
エンフィの実家で、イヤルと再婚するまでの間保護をしてもらうにも限界があるだろう。だからこそ、ドーハンが今もエンフィを大切に思っていることを知り、現状彼女を任せられるのは彼しかいないと痛感した。
彼女が望まない以上、ドーハンは彼女に男としての自分を出さないのもわかるからこそ、気にくわないものの彼がエンフィの側にいれば安心だという複雑な心境になった。
肉体は疲れ切っている。おそらくは部下たちの言う通り、長期療養が必要だろう。だが、今のイヤルには魔法の力がある。その力が、彼の体の細胞ひとつひとつを活性化し、疲労を消していた。
離婚そのものを無効にしたとしても、魔法使いとして名乗りをあげるからには、数年は彼女と離れ離れだ。下手をすれば、ロイエたちとともに罪人としての一生を送ることになる。罪人の自分の側に、エンフィを置くわけにはいかない。イヤルは、守護のアーティファクトを渡したことを後悔したことはない。ただ、自分の愚かな行動の結果が、今の最悪な状況を作り上げたのだと、せめて領民だけでも救いたいと思うのだった。
「これから、皆にも迷惑をかけるだろう。すまないが、あとを頼む」
「我々のことはご心配なく。はぁ、我らのボスが無鉄砲なせいで振り回されるのは慣れていますからね。これまで以上に邁進し、業績を上げます。イヤル様、どうかご無事で……」
イヤルは、不安げに自分を見つめている部下たちに、いつものようにそう言うと、最後にエンフィを抱きしめた。
「エンフィ、ちょっと出かけてくるよ」
「はい、吉報だけを待っているわね。気を付けて」
イヤルは、普通の移動手段では時間がかかりすぎると転移の魔法を使った。勤勉な彼は、魔法の勉強だけはしていたのである。とはいえ、練習なしのぶっつけ本番の転移魔法が正確にできるのかどうかはわからない。
そんな一抹の不安とともに、彼が何かを短く唱えた瞬間、彼の姿はエンフィたちの前から消えたのだった。
「わかった。エンフィ、酷い目にあったのにオレや領民のことを考えてくれてありがとう。すぐに領地に向かって皆を助けてくる。そして、ロイエたちを捕えて、……オレも魔法使いであることを明かして出頭しようと思う」
「いけません、今イヤル様が動くなど。あなたには、長期の療養が必要です。それに、あなただって被害者なんですよ。警備団が行っているのなら彼らに任せましょう。魔法使いのことは、我々もどうしていいのかわかりませんが、体調がよくなってからでもいいでしょう? 奥様もなんとか仰ってください!」
イヤルが頭を起こしそう言うと、部下のひとりが悲鳴のような制止の言葉を発した。イヤルを止めることができるのは、エンフィだけだと信じて彼女に懇願する。
「それでこそイヤルね。いってらっしゃい」
「奥様! あんまりです。イヤル様は過労死寸前の体で、今魔法の解放を行ったばかり。冗談抜きで、天から迎えがきてしまいます」
ところが、エンフィは倒れそうな彼の背中を押した。部下たちは悲鳴をあげ、どうにか彼を止めようとするがほかならぬイヤルの意思は固そうだ。
「こうなったら、イヤルは止めても無駄よ。そして、必ずやり遂げてくれる。あなたたちだって、彼の頑固さは知っているでしょう? わたしたちは、イヤルが無事に帰ってこれるように全力で支援するだけよ」
「そんな……」
部下たちは、エンフィの言葉とは裏腹に、彼女の瞳が揺れているのを見て唇を噛む。ここにいる人間の中で、イヤルのことを一番心配して不安なのは彼女に違いないのだから。
そんな、何とも言えない空気の中、ドーハンがエンフィの側に寄り添いながらイヤルに声をかけた。
「そうですね。イヤル様、エンフィ様のことは私にまかせて、領地に向かわれてください」
「ドーハンか、久しぶりだな……」
挑発のような彼の言葉に、イヤルは一瞬目を見張ったあと、不敵に唇の端をあげる。
イヤルは、エンフィの実家に行く度に会うドーハンが気に入らなかった。隠そうとしていても、同じ思いを抱える男の存在は、見ていて不愉快以外の何物でもなかったからだ。しかも、エンフィにとって、実家では近しい人物。たとえエンフィとどうこうなるような間柄ではないとはいえ、できることならドーハンと距離をおいてもらいたかった。
しかし、現在のエンフィの立場は危うい。一気にふたりの夫に捨てられた女性として、この先良縁は望めない。一度離婚してしまったイヤルと再婚するには、厳しい条件がいくつかあり時間がかかるのだ。
エンフィの実家で、イヤルと再婚するまでの間保護をしてもらうにも限界があるだろう。だからこそ、ドーハンが今もエンフィを大切に思っていることを知り、現状彼女を任せられるのは彼しかいないと痛感した。
彼女が望まない以上、ドーハンは彼女に男としての自分を出さないのもわかるからこそ、気にくわないものの彼がエンフィの側にいれば安心だという複雑な心境になった。
肉体は疲れ切っている。おそらくは部下たちの言う通り、長期療養が必要だろう。だが、今のイヤルには魔法の力がある。その力が、彼の体の細胞ひとつひとつを活性化し、疲労を消していた。
離婚そのものを無効にしたとしても、魔法使いとして名乗りをあげるからには、数年は彼女と離れ離れだ。下手をすれば、ロイエたちとともに罪人としての一生を送ることになる。罪人の自分の側に、エンフィを置くわけにはいかない。イヤルは、守護のアーティファクトを渡したことを後悔したことはない。ただ、自分の愚かな行動の結果が、今の最悪な状況を作り上げたのだと、せめて領民だけでも救いたいと思うのだった。
「これから、皆にも迷惑をかけるだろう。すまないが、あとを頼む」
「我々のことはご心配なく。はぁ、我らのボスが無鉄砲なせいで振り回されるのは慣れていますからね。これまで以上に邁進し、業績を上げます。イヤル様、どうかご無事で……」
イヤルは、不安げに自分を見つめている部下たちに、いつものようにそう言うと、最後にエンフィを抱きしめた。
「エンフィ、ちょっと出かけてくるよ」
「はい、吉報だけを待っているわね。気を付けて」
イヤルは、普通の移動手段では時間がかかりすぎると転移の魔法を使った。勤勉な彼は、魔法の勉強だけはしていたのである。とはいえ、練習なしのぶっつけ本番の転移魔法が正確にできるのかどうかはわからない。
そんな一抹の不安とともに、彼が何かを短く唱えた瞬間、彼の姿はエンフィたちの前から消えたのだった。
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