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「イヤル、その言葉は聞き捨てならないわね」
イヤルと部下たちが並んでいる部屋の開いたドアの向こうには、彼の良く知る人物が立っていた。隣には、背の高い男が付き従っている。
「お久しぶり。突然来てごめんなさい。だけど、どうしてもあなたに会って話をしなければならなかったの。ドアの向こうで話は聞いていたわ。聞くつもりはなかったのだけれど、聞こえてきたの。領地のこと、どうして放ってきたの? 今、あなたの大切な領民たちが、ロイエさんたちによってひどい目にあっているのに」
「奥様!」
王都にほとんど出てこなかったエンフィのことを知っている部下は少ない。先ほど、領地のことを持ち出した部下が、思わずエンフィのことをそう呼んだことで、この場にいる誰もが彼女の存在を瞬時に悟った。
一番びっくりしていたのはイヤルだ。口に含んだお茶を喉を立てて飲み込むと、彼女の名前を呼んだ。
「エンフィ……? どうしてここに。オレが領民を放って王都に来ただって? 領地は君が守っているだろう? 君こそ、領地の仕事をほっぽり出して王都にくるなんておかしなことだね」
「イヤル、自分で何をいっているのかわかってないわよね? よく聞いて。領民たちには時間がないの。時間が経てば経つほど、彼らは危ない。聞きたいことがたくさんあるとは思う。だけど、彼らのためにもさっきの言葉は訂正して。ああ、全部ロイエさんに都合のいいように、思い込まされているんだったわね。よく考えて、思い出して。あの日、あなたからルドメテを薦められて二度目の結婚をしたのよ。それに、あなたから一方的に離婚されてその日のうちに追い出されたわたしが、どうして領地の仕事をしているなんて馬鹿なことを言うの?」
「え? あれ? 幼馴染のルドメテとどうしても結婚したいと言っていたのは君だよね。いや……。ロイエからルドメテを薦められて、それで。確かに、オレから言い出したような……。でも、君がオレといずれ離婚したいからルドメテを夫に迎え入れて欲しいって言ったよな? あれ? それに、領地の仕事は君の担当だろう? 離婚して領地を出て行っただなんて、おかしなことを言うんだね」
「イヤル、自分が言ったこと、何度も、よく、考えて。最終的にわたしが承諾したとはいえ、あなたから言い出したの。あなたが、わたしの両親やルドメテの両親を説得したのよ。彼らに聞いても同じことを言うわ。それに、あなたは王都にいる間に、離婚の書類を提出したあとに、だまし討ちのようにわたしと離婚して、ロイエさんと再婚したじゃない。ルドメテも、すぐにロイエさんと籍をいれたと聞いているわ」
「あ、あれ? ああ、そうだった、かも。オレはロイエと結婚して……。だから、領地はロイエが……。いやだけど、エンフィのおなかの中にはオレの子がいて……いや、子供がいるのはロイエ、だ……。でも、オレは彼女とは何もしていないのに、どうして子供ができたと思っているんだ? うぅ……、頭が痛い。ハンマーで叩きつけられいるように割れそうだ……」
エンフィは、つかつかと素早くイヤルに近づいた。そして、彼の瞳をのぞき込む。その瞳は、どことなくどろりと濁り、何も映していないかのように見えた。
そして、彼の呟いた言葉に、心の奥底にこびりついてた部分が洗われたかのようにきれいになる。もう終わったことだとあきらめていた。でも、あきらめきれずに、ずっと彼を思っていた部分が、あっという間に暗い影を追い払い、胸が熱くなる。
「イヤル、しっかりして。昔の、冷静沈着で何事にも動じないあなたはどこに行ったの? ねぇ、自分でもおかしいと気づいているよね? イヤル、ごめんなさい。あの時、ううん、妻なのに、もっと早くあなたの異常に気づいてあげられなくて。それと、結婚の時に誓ったあなたとの約束を破るわたしを許して」
エンフィはそう言うと、イヤルがずっと身に着けていたピアスに指を伸ばした。彼女のその行動を感じて、イヤルは抵抗を始める。
「エンフィ、何を。これはダメだ。これを外したらオレは、魔法使いとして10年は魔塔に行かなければならなくなる……。なんのために、これをつけたと思っているんだ。オレは、普通の人間として、ずっと君と生きていきたいんだ!」
「ドーハン、彼のピアスを外すのを手伝って。イヤルの魔法を抑え込んでいたピアスがあるから、魔法使いとしては初心者のロイエさんの魔法なんかを簡単にかけられてしまったのよ。このピアスのせいで、耐性が落ちてしまったから……。イヤル、あなたが魔法使いだってことをずっと秘密にしていたけれど、もうそんなことを言っている場合じゃないのよ。お願い、わたしの事を憎んでもいい。許さなくてもいい。だけど、ロイエさんたちのせいで、そして、あなたとわたしがふがいないばっかりに不幸になっている領地の人々のために、ロイエさんの洗脳を打ち破り本来のあなたに戻って」
「イヤル様、じっとしてください。失礼しますね」
「離せ、離してくれ! うわぁ!」
部下たちが手も足も出せないまま彼らを見守っている中、ドーハンに羽交い絞めにされていたイヤルの耳からピアスが外された。エンフィの手に、彼がずっとつけていたピアスが納まると、頭を抱えたイヤルの体が宙に浮いた。
イヤルと部下たちが並んでいる部屋の開いたドアの向こうには、彼の良く知る人物が立っていた。隣には、背の高い男が付き従っている。
「お久しぶり。突然来てごめんなさい。だけど、どうしてもあなたに会って話をしなければならなかったの。ドアの向こうで話は聞いていたわ。聞くつもりはなかったのだけれど、聞こえてきたの。領地のこと、どうして放ってきたの? 今、あなたの大切な領民たちが、ロイエさんたちによってひどい目にあっているのに」
「奥様!」
王都にほとんど出てこなかったエンフィのことを知っている部下は少ない。先ほど、領地のことを持ち出した部下が、思わずエンフィのことをそう呼んだことで、この場にいる誰もが彼女の存在を瞬時に悟った。
一番びっくりしていたのはイヤルだ。口に含んだお茶を喉を立てて飲み込むと、彼女の名前を呼んだ。
「エンフィ……? どうしてここに。オレが領民を放って王都に来ただって? 領地は君が守っているだろう? 君こそ、領地の仕事をほっぽり出して王都にくるなんておかしなことだね」
「イヤル、自分で何をいっているのかわかってないわよね? よく聞いて。領民たちには時間がないの。時間が経てば経つほど、彼らは危ない。聞きたいことがたくさんあるとは思う。だけど、彼らのためにもさっきの言葉は訂正して。ああ、全部ロイエさんに都合のいいように、思い込まされているんだったわね。よく考えて、思い出して。あの日、あなたからルドメテを薦められて二度目の結婚をしたのよ。それに、あなたから一方的に離婚されてその日のうちに追い出されたわたしが、どうして領地の仕事をしているなんて馬鹿なことを言うの?」
「え? あれ? 幼馴染のルドメテとどうしても結婚したいと言っていたのは君だよね。いや……。ロイエからルドメテを薦められて、それで。確かに、オレから言い出したような……。でも、君がオレといずれ離婚したいからルドメテを夫に迎え入れて欲しいって言ったよな? あれ? それに、領地の仕事は君の担当だろう? 離婚して領地を出て行っただなんて、おかしなことを言うんだね」
「イヤル、自分が言ったこと、何度も、よく、考えて。最終的にわたしが承諾したとはいえ、あなたから言い出したの。あなたが、わたしの両親やルドメテの両親を説得したのよ。彼らに聞いても同じことを言うわ。それに、あなたは王都にいる間に、離婚の書類を提出したあとに、だまし討ちのようにわたしと離婚して、ロイエさんと再婚したじゃない。ルドメテも、すぐにロイエさんと籍をいれたと聞いているわ」
「あ、あれ? ああ、そうだった、かも。オレはロイエと結婚して……。だから、領地はロイエが……。いやだけど、エンフィのおなかの中にはオレの子がいて……いや、子供がいるのはロイエ、だ……。でも、オレは彼女とは何もしていないのに、どうして子供ができたと思っているんだ? うぅ……、頭が痛い。ハンマーで叩きつけられいるように割れそうだ……」
エンフィは、つかつかと素早くイヤルに近づいた。そして、彼の瞳をのぞき込む。その瞳は、どことなくどろりと濁り、何も映していないかのように見えた。
そして、彼の呟いた言葉に、心の奥底にこびりついてた部分が洗われたかのようにきれいになる。もう終わったことだとあきらめていた。でも、あきらめきれずに、ずっと彼を思っていた部分が、あっという間に暗い影を追い払い、胸が熱くなる。
「イヤル、しっかりして。昔の、冷静沈着で何事にも動じないあなたはどこに行ったの? ねぇ、自分でもおかしいと気づいているよね? イヤル、ごめんなさい。あの時、ううん、妻なのに、もっと早くあなたの異常に気づいてあげられなくて。それと、結婚の時に誓ったあなたとの約束を破るわたしを許して」
エンフィはそう言うと、イヤルがずっと身に着けていたピアスに指を伸ばした。彼女のその行動を感じて、イヤルは抵抗を始める。
「エンフィ、何を。これはダメだ。これを外したらオレは、魔法使いとして10年は魔塔に行かなければならなくなる……。なんのために、これをつけたと思っているんだ。オレは、普通の人間として、ずっと君と生きていきたいんだ!」
「ドーハン、彼のピアスを外すのを手伝って。イヤルの魔法を抑え込んでいたピアスがあるから、魔法使いとしては初心者のロイエさんの魔法なんかを簡単にかけられてしまったのよ。このピアスのせいで、耐性が落ちてしまったから……。イヤル、あなたが魔法使いだってことをずっと秘密にしていたけれど、もうそんなことを言っている場合じゃないのよ。お願い、わたしの事を憎んでもいい。許さなくてもいい。だけど、ロイエさんたちのせいで、そして、あなたとわたしがふがいないばっかりに不幸になっている領地の人々のために、ロイエさんの洗脳を打ち破り本来のあなたに戻って」
「イヤル様、じっとしてください。失礼しますね」
「離せ、離してくれ! うわぁ!」
部下たちが手も足も出せないまま彼らを見守っている中、ドーハンに羽交い絞めにされていたイヤルの耳からピアスが外された。エンフィの手に、彼がずっとつけていたピアスが納まると、頭を抱えたイヤルの体が宙に浮いた。
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