15 / 32
13
しおりを挟む
父たちはすぐ、被害者たちから依頼されていた弁護士とコンタクトを取った。幸い、姉の夫のひとりが法曹界に顔が利くため、今回のこともスムーズに相談できたのである。
数日で様々な情報が入り、ドーハンが報告するために、ふさぎ込んで部屋に閉じこもったエンフィのもとを訪れた。
「では、これまでの被害者の方々も、わたしと同じようにロイエさんのことを答えようとしてもできないということなのね?」
「その通りです、エンフィ様。弁護士によると、こういった精神系の魔法は細かな規定があり、ロイエという人物が行ったことは禁忌事項に値するとのこと。しかも、どうしようもない状況ではなく、完全に犯罪に使用しており情状酌量の余地はないとのことです」
「まぁ……。じゃあ、やっぱりイヤルは彼女になんらかの精神操作を受けていたということ?」
「ロイエという人物が、件の犯人であればその可能性は高いです。しかも、ルドメテ様についてはご実家もご存じなかったようですね。彼がエンフィ様にしたことをお聞きになり、大層憤慨されていたようです」
エンフィは、思いもかけない名前を聞き、目を丸くした。短期間にショックが立て続けに起こったので、ルドメテのことまで思いを馳せる余裕がなかった。当然のように、彼は無関係だと思い込んでいたのもある。
「ルド……? ルドがどうしたっていうの? その言い方だと、まるで彼も……」
手足の先が冷たい。イヤルだけでもあっぷあっぷだった心が、軋みをあげていった。顔色が悪くなりふらついた。ドーハンは、そんなエンフィの体を支える。今日はこれ以上話をしないほうがいいだろうと思ったが、ほかならぬ彼女が聞きたがり、少し考えたのち、言いづらそうに続けた。
「エンフィ様、気を確かにお聞きくださいね。これもまた、確実な情報ではありませんが、犯罪集団のひとりに、ルドメテ様によく似た大男が目撃されていたのです。おそらく、今回のエンフィ様とのご結婚も、予め計画されていたのではないかと。とはいえ、彼の存在が大きな手掛かりになると、大規模な取り締まりを早急に行うようになったので、ご心配なさらず」
「まさか、ルドまで……。イヤルから、ルドはロイエさんからの強い推薦があり、うちもあちらのご家族も賛成したというから彼を受け入れたのに……いえ、今更こんなことを言っても仕方がないわね。それよりも、イヤルは? イヤルもその集団の一味として捕まえられるのかしら?」
「イヤル様については、今のところ半々という見解のようです。取り調べの結果、イヤル様も罪を償わなければなりませんし、被害者であるのならば危険だから早く助けなくてはなりません。だからこそ、今回の捜査の先行部隊はすでにあちらに向かっているようですね。後者であるのなら、再婚どころかエンフィ様との離婚も無効になりますし、元通りになるのです」
「そうなのね……」
エンフィは、イヤルもルドも被害者であってほしいと願う。彼らが犯罪行為の片棒を担いでいたなど、信じたくもなかった。
しかし、問題は犯罪のことだけではない。一番肝心なのは、イヤルとルドが彼女を愛しているということだ。しかも、ロイエのお腹には彼の子がいる。彼が無関係であったとしても、もう幸せしかなかった頃のふたりには戻れない。男女として、元通りの夫婦としての修復は望めないだろうと、きゅっと唇を結んだ。
ドーハンは、そんな彼女をまじまじと見つめる。
「エンフィ様、あなたは彼らが憎くないのですか?」
「憎くないとは言えないわ。それ以上に悲しいの。ただでさえ、一気にいろんなことがありすぎて、もうどうしていいのか、わたしにはわからない」
「エンフィ様、私の配慮が足らず申し訳ございませんでした。きっと、彼らはロイエに魔法で騙されているのです。ロイエさえ捕まれば……」
小さく震える華奢な肩に、ドーハンの大きな手が添えられる。ドーハンは、こんな風に傷つく彼女を見たくなかった。使用人である自分では望むことのできない彼女が、イヤルのもとに行ったあの日、彼が彼女を、ずっと笑顔でいさせてくれると思っていたのだ。
こんなことになるくらいなら、あの時、「エンフィ様、どうかお幸せに」などと門出を祝福するのではなかったと奥歯をかみしめた。
「ドーハン……。イヤルたちとは、もう終わったのよ。ううん、とっくの昔に終わっていたの。ルドも、あの時彼女に寄り添ったもの。たまたま、犯罪と関わりがあるかもしれないという事実があっただけで、彼らが彼女を選んだ事実は変わらない。でもね、彼らの不幸を望んでいるわけじゃないわ。だから、犯罪などとは、無関係であってほしいし、被害者なら、被害がこれ以上拡大しないように早く助かって欲しいと思う」
エンフィの、祈りのような願いは、彼女への想いを胸の奥深く隠していたドーハンの心を強く打つ。今の、ともすれば消えてしまいそうな彼女を、一度は手放した人を、自分自身で再び笑顔にしたいと強く願った。
数日で様々な情報が入り、ドーハンが報告するために、ふさぎ込んで部屋に閉じこもったエンフィのもとを訪れた。
「では、これまでの被害者の方々も、わたしと同じようにロイエさんのことを答えようとしてもできないということなのね?」
「その通りです、エンフィ様。弁護士によると、こういった精神系の魔法は細かな規定があり、ロイエという人物が行ったことは禁忌事項に値するとのこと。しかも、どうしようもない状況ではなく、完全に犯罪に使用しており情状酌量の余地はないとのことです」
「まぁ……。じゃあ、やっぱりイヤルは彼女になんらかの精神操作を受けていたということ?」
「ロイエという人物が、件の犯人であればその可能性は高いです。しかも、ルドメテ様についてはご実家もご存じなかったようですね。彼がエンフィ様にしたことをお聞きになり、大層憤慨されていたようです」
エンフィは、思いもかけない名前を聞き、目を丸くした。短期間にショックが立て続けに起こったので、ルドメテのことまで思いを馳せる余裕がなかった。当然のように、彼は無関係だと思い込んでいたのもある。
「ルド……? ルドがどうしたっていうの? その言い方だと、まるで彼も……」
手足の先が冷たい。イヤルだけでもあっぷあっぷだった心が、軋みをあげていった。顔色が悪くなりふらついた。ドーハンは、そんなエンフィの体を支える。今日はこれ以上話をしないほうがいいだろうと思ったが、ほかならぬ彼女が聞きたがり、少し考えたのち、言いづらそうに続けた。
「エンフィ様、気を確かにお聞きくださいね。これもまた、確実な情報ではありませんが、犯罪集団のひとりに、ルドメテ様によく似た大男が目撃されていたのです。おそらく、今回のエンフィ様とのご結婚も、予め計画されていたのではないかと。とはいえ、彼の存在が大きな手掛かりになると、大規模な取り締まりを早急に行うようになったので、ご心配なさらず」
「まさか、ルドまで……。イヤルから、ルドはロイエさんからの強い推薦があり、うちもあちらのご家族も賛成したというから彼を受け入れたのに……いえ、今更こんなことを言っても仕方がないわね。それよりも、イヤルは? イヤルもその集団の一味として捕まえられるのかしら?」
「イヤル様については、今のところ半々という見解のようです。取り調べの結果、イヤル様も罪を償わなければなりませんし、被害者であるのならば危険だから早く助けなくてはなりません。だからこそ、今回の捜査の先行部隊はすでにあちらに向かっているようですね。後者であるのなら、再婚どころかエンフィ様との離婚も無効になりますし、元通りになるのです」
「そうなのね……」
エンフィは、イヤルもルドも被害者であってほしいと願う。彼らが犯罪行為の片棒を担いでいたなど、信じたくもなかった。
しかし、問題は犯罪のことだけではない。一番肝心なのは、イヤルとルドが彼女を愛しているということだ。しかも、ロイエのお腹には彼の子がいる。彼が無関係であったとしても、もう幸せしかなかった頃のふたりには戻れない。男女として、元通りの夫婦としての修復は望めないだろうと、きゅっと唇を結んだ。
ドーハンは、そんな彼女をまじまじと見つめる。
「エンフィ様、あなたは彼らが憎くないのですか?」
「憎くないとは言えないわ。それ以上に悲しいの。ただでさえ、一気にいろんなことがありすぎて、もうどうしていいのか、わたしにはわからない」
「エンフィ様、私の配慮が足らず申し訳ございませんでした。きっと、彼らはロイエに魔法で騙されているのです。ロイエさえ捕まれば……」
小さく震える華奢な肩に、ドーハンの大きな手が添えられる。ドーハンは、こんな風に傷つく彼女を見たくなかった。使用人である自分では望むことのできない彼女が、イヤルのもとに行ったあの日、彼が彼女を、ずっと笑顔でいさせてくれると思っていたのだ。
こんなことになるくらいなら、あの時、「エンフィ様、どうかお幸せに」などと門出を祝福するのではなかったと奥歯をかみしめた。
「ドーハン……。イヤルたちとは、もう終わったのよ。ううん、とっくの昔に終わっていたの。ルドも、あの時彼女に寄り添ったもの。たまたま、犯罪と関わりがあるかもしれないという事実があっただけで、彼らが彼女を選んだ事実は変わらない。でもね、彼らの不幸を望んでいるわけじゃないわ。だから、犯罪などとは、無関係であってほしいし、被害者なら、被害がこれ以上拡大しないように早く助かって欲しいと思う」
エンフィの、祈りのような願いは、彼女への想いを胸の奥深く隠していたドーハンの心を強く打つ。今の、ともすれば消えてしまいそうな彼女を、一度は手放した人を、自分自身で再び笑顔にしたいと強く願った。
4
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる