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10.5~11 side ロイエ
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エンフィが追い出された日の夜半。いやに美しい月が館を照らしていた。闇夜に浮かぶその館は、美しくも空恐ろしいような気配を醸し出している。
その館の一角、エンフィがイヤルとともに夜を過ごしていた寝室では、事後の気だるさとむせ返るようなにおいを隠そうともせず、裸の男女が笑いあっていた。
「ロイエ、愛しい人。僕は君の頼みならなんだってする。だけどこの数か月、君の側から離れたことだけでも胸が切り裂かれんばかりにつらかった。それに、いくらあの女をだますためとはいえ、あの女にこの僕が好意を持っていたという催眠と暗示の魔法をかけるなんてひどい人だ。ああ、短い期間とはいえ、あの女と触れ合った自分の過去が忌々しい」
「ルドメテ、5年前から私だけの恋人だったあなたが、あの女の第二の夫になるだなんて、私だってつらかったわ。でも、キスだけだったのでしょう? それだけでもとっても悲しいけれど、心の奥底では私への愛のためにあの女の誘惑に勝った証拠でもあるのよね。私、そんなあなたの愛の深さを知ることができてとても嬉しい。ふふ、私たちが悲しみをこらえて過ごした日々が、やっと報われたの。思い返せば、2年前、私が男に変装してあの男に近づき、大金を手に入れた時には、今日の勝利は約束されていたのよ。あの男ったら、私と詐欺師が同じだとこれっぽっちも気づかないんだもの。笑いをこらえるのに必死すぎて、詐欺にあったと落ち込むあの男にねぎらいの言葉をかけるたびに震えちゃった」
この場には、ロイエと再婚した夫であるはずのイヤルがいない。それどころか、まだ籍も入れていないルドメテと共にベッドで戯れていたようだ。ふたりきりになった彼らは、追い出したエンフィだけでなく、まだこの部屋の主であるイヤルについて、信じられない発言をした。
「そうだな。色んな男をふたりでだまして金を手に入れても、所詮はあぶく銭。くくく、あの男が領地を立て直し、それまで以上の経済力を得てから領地をまるごといただくことにして正解だったね。これから先、この領地の経済力は右肩あがり。僕たちは一生遊んで暮らせるんだ」
「ふふふ、初級の魔法しか使えない私でも、私がビジネスパートナーとして有能だっていう暗示もうまくかかってくれたからね。実際は、あの男だけが働き詰めだったのに。ほんっと、あの男は今まで会ったどの男よりも単純でチョロかったわ」
ふたりは、これまでの苦労と、明るい未来への想像図を描いてはクスクス笑いあう。勿論、ふたりに領地や里芋の産業を円滑に経営する手腕も技術も知識もない。だというのに、領主になったからと、何もせず一生贅沢三昧な生活が約束されたと信じていた。
「ロイエ、僕の女神……。それはそうと、あいつが君にほれ込んだという催眠と、ほかならぬ君と肌を重ねあったという嘘の暗示と幻覚を見せてきたあいつを、いつ始末するんだい? お腹の子があいつだなんて嘘までついて。僕の子が、あいつの種だなんて、今すぐにあいつを切り裂きたいほどの怒りでなんとかなりそうだ」
「あと数日待って。私とあの男は籍を入れたばかり。あの女が不服申し立てを正式にすれば立場がゆらぐ。ふふふ、でも安心してね。あの女は、私たちの命令で愚かで無力な領民たちに無視されたあげく、徒歩で王都に向かう山中で不幸にも盗賊に襲われるの。あの女の死亡が確認されれば、私たちのものになった領地に手を出せるのはあの男だけになるわ。だから、あなたと正式に籍を入れてから、吉報が届き次第あなたの好きにすればいい。そうすれば、わたしたちは、合法的にこの領地の主になれるわ。そうなったら、その頃にはここを追い出された男のの生死操作くらいなんとでもなるもの」
ふたりは勝利を確信していた。その思惑とは裏腹に、領主になった彼らに逆らえないと思っていた領民たちが、エンフィとかたい信頼関係を築いており、翌朝にはエンフィを無事に王都に逃がすことなど考えもしなかったのである。
一方そのころ、イヤルは彼らとは違い、執務室でひとり資料をチェックをしていた。ルドメテは、エンフィを手伝い彼女の負担を減らしていたと言っていたが、その資料のどれもが彼が介入した形跡がない。積み重ねられた領地の資料は、全て、今まで通りエンフィが作成したものだった。
「はぁ、エンフィ……」
いくら考えてもおかしい。働き者のエンフィが、何もしていないはずがない。だが、確かにエンフィはここで王都の貴族夫人たちのように、一日中暇を持て余していた。そうに違いない。
おかしいのにおかしくないと、頭の中が何かが言い聞かせるような声が発せられ、エンフィのことを想えば想うほどモヤで覆われていくような気がした。
「そうだ、オレは……」
昼間、仕事で知り合ったロイエと愛し合い、そのことを伝えてエンフィに離婚を要求した。ここに帰る前には、離婚できるよう、ロイエが紹介してくれた弁護士の手によって恙なく処理されているはず。
「ロイエのおなかには、オレの子が……」
そうだ。離婚するために、ロイエが紹介してくれたルドメテを第二の夫に勧めた。その直前に、オレは初めて愛する人と避妊せずに肌を合わせた。子供はもう少し後だと決めていた。なのに、あの一回だけ、なぜか衝動のままに彼女と子を成すための行為をしたのだ。その結果、愛しい人が妊娠した。
モヤの向こう側では、ロイエとは似ても似つかぬ、優しく包み込んでくれるようなほほえみを浮かべる女性がいた。顔も、髪の色も、モヤで覆われているというのに、その女性が微笑んでいるのがわかる。
「……オレは……」
何かがおかしい。そうは思ってもロイエの魔法に長期間かかったイヤルは、まるで強力な洗脳された状態に陥っていた。それ以上思考することができないまま、ロイエに拒否され続けたために、執務室で寝食を取り続けたのであった。
その館の一角、エンフィがイヤルとともに夜を過ごしていた寝室では、事後の気だるさとむせ返るようなにおいを隠そうともせず、裸の男女が笑いあっていた。
「ロイエ、愛しい人。僕は君の頼みならなんだってする。だけどこの数か月、君の側から離れたことだけでも胸が切り裂かれんばかりにつらかった。それに、いくらあの女をだますためとはいえ、あの女にこの僕が好意を持っていたという催眠と暗示の魔法をかけるなんてひどい人だ。ああ、短い期間とはいえ、あの女と触れ合った自分の過去が忌々しい」
「ルドメテ、5年前から私だけの恋人だったあなたが、あの女の第二の夫になるだなんて、私だってつらかったわ。でも、キスだけだったのでしょう? それだけでもとっても悲しいけれど、心の奥底では私への愛のためにあの女の誘惑に勝った証拠でもあるのよね。私、そんなあなたの愛の深さを知ることができてとても嬉しい。ふふ、私たちが悲しみをこらえて過ごした日々が、やっと報われたの。思い返せば、2年前、私が男に変装してあの男に近づき、大金を手に入れた時には、今日の勝利は約束されていたのよ。あの男ったら、私と詐欺師が同じだとこれっぽっちも気づかないんだもの。笑いをこらえるのに必死すぎて、詐欺にあったと落ち込むあの男にねぎらいの言葉をかけるたびに震えちゃった」
この場には、ロイエと再婚した夫であるはずのイヤルがいない。それどころか、まだ籍も入れていないルドメテと共にベッドで戯れていたようだ。ふたりきりになった彼らは、追い出したエンフィだけでなく、まだこの部屋の主であるイヤルについて、信じられない発言をした。
「そうだな。色んな男をふたりでだまして金を手に入れても、所詮はあぶく銭。くくく、あの男が領地を立て直し、それまで以上の経済力を得てから領地をまるごといただくことにして正解だったね。これから先、この領地の経済力は右肩あがり。僕たちは一生遊んで暮らせるんだ」
「ふふふ、初級の魔法しか使えない私でも、私がビジネスパートナーとして有能だっていう暗示もうまくかかってくれたからね。実際は、あの男だけが働き詰めだったのに。ほんっと、あの男は今まで会ったどの男よりも単純でチョロかったわ」
ふたりは、これまでの苦労と、明るい未来への想像図を描いてはクスクス笑いあう。勿論、ふたりに領地や里芋の産業を円滑に経営する手腕も技術も知識もない。だというのに、領主になったからと、何もせず一生贅沢三昧な生活が約束されたと信じていた。
「ロイエ、僕の女神……。それはそうと、あいつが君にほれ込んだという催眠と、ほかならぬ君と肌を重ねあったという嘘の暗示と幻覚を見せてきたあいつを、いつ始末するんだい? お腹の子があいつだなんて嘘までついて。僕の子が、あいつの種だなんて、今すぐにあいつを切り裂きたいほどの怒りでなんとかなりそうだ」
「あと数日待って。私とあの男は籍を入れたばかり。あの女が不服申し立てを正式にすれば立場がゆらぐ。ふふふ、でも安心してね。あの女は、私たちの命令で愚かで無力な領民たちに無視されたあげく、徒歩で王都に向かう山中で不幸にも盗賊に襲われるの。あの女の死亡が確認されれば、私たちのものになった領地に手を出せるのはあの男だけになるわ。だから、あなたと正式に籍を入れてから、吉報が届き次第あなたの好きにすればいい。そうすれば、わたしたちは、合法的にこの領地の主になれるわ。そうなったら、その頃にはここを追い出された男のの生死操作くらいなんとでもなるもの」
ふたりは勝利を確信していた。その思惑とは裏腹に、領主になった彼らに逆らえないと思っていた領民たちが、エンフィとかたい信頼関係を築いており、翌朝にはエンフィを無事に王都に逃がすことなど考えもしなかったのである。
一方そのころ、イヤルは彼らとは違い、執務室でひとり資料をチェックをしていた。ルドメテは、エンフィを手伝い彼女の負担を減らしていたと言っていたが、その資料のどれもが彼が介入した形跡がない。積み重ねられた領地の資料は、全て、今まで通りエンフィが作成したものだった。
「はぁ、エンフィ……」
いくら考えてもおかしい。働き者のエンフィが、何もしていないはずがない。だが、確かにエンフィはここで王都の貴族夫人たちのように、一日中暇を持て余していた。そうに違いない。
おかしいのにおかしくないと、頭の中が何かが言い聞かせるような声が発せられ、エンフィのことを想えば想うほどモヤで覆われていくような気がした。
「そうだ、オレは……」
昼間、仕事で知り合ったロイエと愛し合い、そのことを伝えてエンフィに離婚を要求した。ここに帰る前には、離婚できるよう、ロイエが紹介してくれた弁護士の手によって恙なく処理されているはず。
「ロイエのおなかには、オレの子が……」
そうだ。離婚するために、ロイエが紹介してくれたルドメテを第二の夫に勧めた。その直前に、オレは初めて愛する人と避妊せずに肌を合わせた。子供はもう少し後だと決めていた。なのに、あの一回だけ、なぜか衝動のままに彼女と子を成すための行為をしたのだ。その結果、愛しい人が妊娠した。
モヤの向こう側では、ロイエとは似ても似つかぬ、優しく包み込んでくれるようなほほえみを浮かべる女性がいた。顔も、髪の色も、モヤで覆われているというのに、その女性が微笑んでいるのがわかる。
「……オレは……」
何かがおかしい。そうは思ってもロイエの魔法に長期間かかったイヤルは、まるで強力な洗脳された状態に陥っていた。それ以上思考することができないまま、ロイエに拒否され続けたために、執務室で寝食を取り続けたのであった。
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