完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。

にじくす まさしよ

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 ふたり目の夫を迎えてから、イヤルは仕事のために家をあけた。式のあと、家にいたのはたった1週間という短さだ。その間、迎え入れたルドメテと過ごしたほうがいいと彼が言ったから、イヤルとふたりの時間はほとんどとれなかった。

 幸い、イヤルとルドメテが旧知の仲だったことから、予めここでのことを聞いていたようだ。イヤルが不在であっても、領地でルドメテやエンフィはもちろん、周囲の人々も多少の戸惑いがある程度で、彼が領地で働くようになって以降困ることはなかった。

「ルド、お帰りなさい。いつもありがとう。領地の人たちは元気にしていた?」
「フィ、ただいま。雪解け水のおかげで、例年通りの春を迎えることができて良かったってみんな喜んでいる。シグナス地区にいた妊婦さんも、無事に赤ちゃんが産まれたって。君が管理していた水路の点検などを視察するためのルートを考えてくれていたし、君が言った通りに、故障個所はきっちり修復がなされていたから問題なかった」
「まぁ、いつもならなにかしらトラブルがあるのに。いつもこの調子ならうれしいわ。それに、子供が産まれるだなんておめでたいことだわ。彼女、ご主人を亡くされていたし、悪阻がひどくて心配だったの」
「もうひとりのご主人と一緒に、頑張られたそうだよ。そうそう、もう少し暖かくなったら、一緒に行こうか。エンフィが、文字を教えてくれて仕事に就けるようになったし、ご主人が亡くなってつらい時に手伝ってくれたおかげだって感謝していたんだ。赤ちゃんを見てほしいそうだよ」
「ええ、是非」

 エンフィは、イヤルの子を待ち望んでいたが、あいにく月の物が来てしまった。赤ちゃんが欲しいとは思うものの、それ以来イヤルとは会っていないし、ルドメテと完全な結びつきはまだなのだからできようはずがない。

「それにしても、イヤルはかなり忙しいみたいだね。冬は危険だから仕方がないにしても、いつもこんな感じだったのかな?」
「そうね。これまでも冬の間はあまり帰ってこなかったけれど、ここまで長く不在にするのは初めてだわ。海外に行くことも多いし、時化で海を渡れなかったのかも」

 不定期に届く、イヤルからの頼りには元気にしているとしか書かれていない。あとは業務報告のような素っ気ないものばかり。それでも、彼が書いた文字をなぞり、無事を祈り続けていた。

「奥様ー、奥様ー」
「まあ、マイヤが大声を出すだなんて珍しいわね。どうしたの?」
「それが、ご主人様が、イヤル様が来週帰って来られるっていう手紙が来たんですよ!」
「ええ? 本当?」
「はは、フィ良かったね。ずっと会いたがっていたもんね」
「あ、ルド。あなたの気持ちも考えずにはしゃいじゃって。ごめんなさい」
「何を言っているんだ。イヤルが帰ってくるのは僕だって嬉しいよ。そうと決まれば、ずっと仕事三昧だっただろうイヤルを迎える準備をしなくちゃね」

 ルドメテを迎えた初めての春。何もかもがうまくいっている。イヤルが帰ってきたら、もっともっと光輝くような未来が広がっているのだと、この時のエンフィたちは思っていた。

 あわただしくイヤルを迎えるための準備をして過ごしながら、一日、一時間、一分が待ち遠しく早く来週にならないかとじれったく感じていたのに、あっという間にその日が来た。

 久しぶりに領主であるイヤルが帰ってくると聞き、広くない庭には、各地を任せている村長や町長なども集まり彼の到着を待っていた。

 予定時刻よりも早く、彼を乗せた車やってくる。魔力を言動としたそれは、ほとんど音がしない。だが、この家が所有しているものよりもはるかに大きく、そしてスピードも速かった。

「どこの車なのかしら?」
「運転席にいるのはイヤルっぽいな」
「まあ、では買い替えたのかしら。すごく高いのに……」

 家で所有していた車も、平民では手が出ない。何かと必要だからと、子爵家である実家から譲り受けたもので、小さくとも維持費もばかにならなかったのに、目の前でどんどん近づくそれは、高位貴族くらいしか手が届かないものに見えた。

 戸惑いと焦燥が沸いたものの、それよりも自分でもイヤルが運転している姿を目視できたことで嬉しさが圧倒的に心を占めた。

 静かに、まるで最徐行でやってきたかのように止まった車からイヤルが下りてくる。冬の太陽にさらされた肌が、少し焼けていた。

「イヤル、おかえりなさい!」

 彼の姿が久しぶりで、まぶしく輝いているかのように見えた。駆けていき抱き着こうと一歩踏み出す。しかし、いつもなら両手を広げてエンフィを待つ彼は、彼女を一瞥しただけで後部座席のほうに向かう。

「え?」

 どうしたことかと、動きかかった体がぴくりと止まった。

 一同が見守る中、後部座席から、イヤルに宝石を扱うかのように大切に手を取られて立ち上がったのは、初めて見る女性だったのである。


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