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昨日とはうって変わって、雲一つない澄んだ青空が広がっている。シミを誤魔化すために刺繍を施したカーテンごしに、朝日の眩しい光が差し込んだ。
「ん……」
エンフィがいつものように、日が昇ると同時に目を覚ます。朝の忙しい時間が始まるのだ。
出来ることなら、寒い日はシーツにくるまっていたい。だが、冷たい水で顔を洗い、着替えようと意を決して起き上がった。
「フィ、もう起きたのか?」
「え……? え、ええ?」
朝の支度をしようとしたその時、シャツをはだけて、汗を拭きながら赤い髪の男が入ってきた。
「きゃ……」
反射的に悲鳴をあげそうになった。しかし、昨日迎えた夫のことを思い出し、慌てて両手で口を抑えて悲鳴を飲み込む。
「おはよう。まだ寝てて良いと思うよ。さっき、セバスさんとすれ違ってね。朝食は持って行くから、家事なんかせずに部屋でいて欲しいそうだよ」
「はぁ、びっくりしたぁ。そうなのね。じゃあ、もう少しゆっくりさせてもらおうかしら」
「セバスさんに少し聞いたけれど、君は働きすぎだ。どこの世界に、使用人よりも動く主人がいるんだ。しかも、この地方の特産品開発だって、営業販売はイヤルさんがしているけれど、経営やトラブル対処は君がしているそうじゃないか。僕が来たんだから、これからは少しどころかたくさん休んで。それにしても、僕を不審者のように見てたね。酷いなあ」
「ふふふ。起きたらルドがいないから、いつもと同じひとりかと思っちゃったのよ。でも、ひとつ勘違いしているわ。ここまで特産品が国全体に受け入れられるようになったのは、本当にイヤルのおかげなのよ?」
「はぁ、イヤルさんだけの手柄じゃないって言いたいのであって。いや、ごめん。この話はもうやめるよ。たしかに、イヤルさんが販路を拡大するために頑張っていたからね。それよりも、エンフィ、ひとりにしてごめん。日課である朝のトレーニングをしてたんだ」
「こんなに朝早くに? 外は0度近くで寒いのに、その恰好でするなんてすごいわね」
「まあね。小さなころから、体を鍛えてきたから。一日でも休むと調子が悪いくらいなんだ」
幼いころの渾名で呼び合うふたりには、夫婦の営みの事後の雰囲気が全くない。それもそのはず、ほかならぬルドが、エンフィの気持ちがついて来ていないことを知っており、そういった行為は彼女の気持ちがもう少し自分に向いてからと、戸惑う彼女に伝えたからだ。
だが、ふたりで一緒に夜を過ごさねば、流石にまずい。結局、自分から言い出しておいて、ルドメテは自身の理性と欲望の戦いを一晩中余儀なくされた。
彼のことを完全に信用したエンフィは、30分ほどなんだかんだと起きていたが、いつの間にかすやすやと眠りについた。ルドメテは、その真横で彼女の小さな寝返りや吐息を感じるたびにたまらなくなった。
幼いころに彼女が言っていた「おとうさまのようにたくましいひとがいいわ」という言葉通りの男になるために鍛えていた。一日どころか数日さぼっていたとしてもあまり影響はないが、長い夜を朝日が昇りきるまで耐えられなかっただけである。
「ねえ、ルド……。あのね、昨夜のこと、覚悟はしていたし、あなたには申し訳なかったと思っている。覚悟っていうのもあなたに失礼な話よね。でも、そんなわたしのことを待つと言ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」
「いや、僕にとっては積年の想いがあるけれど、君にとっては突然だったんだろう? たった数か月でどうこうできるなら、最初から夫ひとりだなんて無茶を言わないだろうし。ごく当たり前のことだよ」
エンフィは、ルドメテのその言葉に、震えるほど気持ちが揺れた。そんな彼が、あまりにも優しく太陽のような瞳で見てくるものだから、吸い込まれるように彼の顔に近づく。
そんなエンフィの行動に、少し目を見開いたあと、自然と近づく彼らの唇を、どちらも止めることはなかった。
「ふふふ、わたしね、本当にあなたでよかった。あのね、今はこれが精いっぱい。もう少し、あなたのその言葉に甘えさせてもらっていいかな?」
「勿論。というより、キスすら難しいと思っていたから嬉しいよ」
再びふたつの唇と吐息が交差する。
ルドメテは、このまま彼女をと思いつつ、一方で折角エンフィがこうして心を少し開いてくれたばかりなのに急きすぎたら全てが台無しだと自身の甘い誘惑に叱咤して我に返ることを何度も繰り返したのであった。
「ん……」
エンフィがいつものように、日が昇ると同時に目を覚ます。朝の忙しい時間が始まるのだ。
出来ることなら、寒い日はシーツにくるまっていたい。だが、冷たい水で顔を洗い、着替えようと意を決して起き上がった。
「フィ、もう起きたのか?」
「え……? え、ええ?」
朝の支度をしようとしたその時、シャツをはだけて、汗を拭きながら赤い髪の男が入ってきた。
「きゃ……」
反射的に悲鳴をあげそうになった。しかし、昨日迎えた夫のことを思い出し、慌てて両手で口を抑えて悲鳴を飲み込む。
「おはよう。まだ寝てて良いと思うよ。さっき、セバスさんとすれ違ってね。朝食は持って行くから、家事なんかせずに部屋でいて欲しいそうだよ」
「はぁ、びっくりしたぁ。そうなのね。じゃあ、もう少しゆっくりさせてもらおうかしら」
「セバスさんに少し聞いたけれど、君は働きすぎだ。どこの世界に、使用人よりも動く主人がいるんだ。しかも、この地方の特産品開発だって、営業販売はイヤルさんがしているけれど、経営やトラブル対処は君がしているそうじゃないか。僕が来たんだから、これからは少しどころかたくさん休んで。それにしても、僕を不審者のように見てたね。酷いなあ」
「ふふふ。起きたらルドがいないから、いつもと同じひとりかと思っちゃったのよ。でも、ひとつ勘違いしているわ。ここまで特産品が国全体に受け入れられるようになったのは、本当にイヤルのおかげなのよ?」
「はぁ、イヤルさんだけの手柄じゃないって言いたいのであって。いや、ごめん。この話はもうやめるよ。たしかに、イヤルさんが販路を拡大するために頑張っていたからね。それよりも、エンフィ、ひとりにしてごめん。日課である朝のトレーニングをしてたんだ」
「こんなに朝早くに? 外は0度近くで寒いのに、その恰好でするなんてすごいわね」
「まあね。小さなころから、体を鍛えてきたから。一日でも休むと調子が悪いくらいなんだ」
幼いころの渾名で呼び合うふたりには、夫婦の営みの事後の雰囲気が全くない。それもそのはず、ほかならぬルドが、エンフィの気持ちがついて来ていないことを知っており、そういった行為は彼女の気持ちがもう少し自分に向いてからと、戸惑う彼女に伝えたからだ。
だが、ふたりで一緒に夜を過ごさねば、流石にまずい。結局、自分から言い出しておいて、ルドメテは自身の理性と欲望の戦いを一晩中余儀なくされた。
彼のことを完全に信用したエンフィは、30分ほどなんだかんだと起きていたが、いつの間にかすやすやと眠りについた。ルドメテは、その真横で彼女の小さな寝返りや吐息を感じるたびにたまらなくなった。
幼いころに彼女が言っていた「おとうさまのようにたくましいひとがいいわ」という言葉通りの男になるために鍛えていた。一日どころか数日さぼっていたとしてもあまり影響はないが、長い夜を朝日が昇りきるまで耐えられなかっただけである。
「ねえ、ルド……。あのね、昨夜のこと、覚悟はしていたし、あなたには申し訳なかったと思っている。覚悟っていうのもあなたに失礼な話よね。でも、そんなわたしのことを待つと言ってくれて、本当に嬉しかった。ありがとう」
「いや、僕にとっては積年の想いがあるけれど、君にとっては突然だったんだろう? たった数か月でどうこうできるなら、最初から夫ひとりだなんて無茶を言わないだろうし。ごく当たり前のことだよ」
エンフィは、ルドメテのその言葉に、震えるほど気持ちが揺れた。そんな彼が、あまりにも優しく太陽のような瞳で見てくるものだから、吸い込まれるように彼の顔に近づく。
そんなエンフィの行動に、少し目を見開いたあと、自然と近づく彼らの唇を、どちらも止めることはなかった。
「ふふふ、わたしね、本当にあなたでよかった。あのね、今はこれが精いっぱい。もう少し、あなたのその言葉に甘えさせてもらっていいかな?」
「勿論。というより、キスすら難しいと思っていたから嬉しいよ」
再びふたつの唇と吐息が交差する。
ルドメテは、このまま彼女をと思いつつ、一方で折角エンフィがこうして心を少し開いてくれたばかりなのに急きすぎたら全てが台無しだと自身の甘い誘惑に叱咤して我に返ることを何度も繰り返したのであった。
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