完結(R18 詰んだ。2番目の夫を迎えたら、資金0で放り出されました。

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
3 / 32

2

しおりを挟む
 温かい鴨のスープとこの地方の特産品で作られたサラダ、それとエンフィの実家から送られてくる穀物で手作りしたバケッドなどが並んでいた。平民よりも質素であろう、あまりにもささやかな夕食を囲む。

 ふたり用のテーブルは、互いのために若干小さく作られており、優しい木目のオーク材は手入れが行き届いているため艶やかに光っている。これは、並んで座る彼らが、新婚当時に自分たちで作った逸品だ。ところどころ小さな傷があるものの、そのどれもがふたりにとって大切な思い出が刻まれており、エンフィは、このテーブルに座る今に幸せを感じていた。

 イヤルは、愛しい彼女が手間暇かけて作った料理に舌鼓を打ちながら、隣に座る彼女の好物である揚げた里芋の甘辛煮を小さな口に放り込んだ。

「ん……。もう、イヤルったら。里芋料理が上手にできたから、全部あなたに食べてほしいのに」
「ははは、オレはエンフィの作った料理はどれも好きだ。この親指サイズの里芋もね、ほくほくで美味しい。でも、10個もいらないかな。だから、残りは君が食べてくれ」

 外はサクサクで中はほくほくの里芋は、ひとつ食べたらとまらない。これからもっと寒くなる真冬に向けて、免疫を高め、腎機能アップや腸内環境の改善など、体全体の体調を良くし、さらに美肌効果も高い里芋は、この地方の特産品の一つである。
 特にこの地方の里芋の効果は絶大で、王都でも大人気だ。この効果は、詐欺師に騙された2年ほど前にイヤルの知人が発見し、以来この里芋を食べたいと、貴婦人たちがこぞって買い求めたため、里芋のおかげで失った経済の立て直しが2年ほどで光が見えてきたのもある。

「ん、ありがと。あーん、これを食べ始めたらずっと食べちゃうんだけど。太ったらあなたのせいよ」
「ははは、エンフィはやせすぎているくらいだから、もっと食べてふっくらしても全然大丈夫だよ」
「や、やせすぎ……ふっくら……」

 エンフィは、イヤルの言葉に、頬に里芋を忍ばせたままそっと胸元を見下ろした。今日もばっちりぺったんこだ。

「やっぱり、ふっくらのほうが、いい?」
「え? エンフィいきなりなにを?」

 イヤルは、眉をハの字にしてエンフィを見上げながらおずおずそんなことを言い出す妻に戸惑う。今の今まで里芋の話をしていたはずなのに、彼女がどうして悲しそうなのかさっぱりわからなかった。

「えー……と。その……ほら、男の人は大きいほうがいいんでしょ? セバスがえらんだマイヤだってメロンみたいに大きいし。私のは、ほら、これだもん」
「は?」

 少々頭が混乱したイヤルは、彼女が何を言いたいのかはっきり理解するまで数秒を要した。そして、彼女の視線の先を一緒に見た瞬間大笑いした。

「ぷ、ぷぷ。はははは、エンフィ、いきなり何を言い出したのかと思ったら。ぷぷ、ははははは」
「笑うなんてひどいわ。私は真剣に」
「は、ははは。そうだね、真剣な話だね。はは」

 なかなか収まらない彼の笑いが部屋中に響く。そして、ぷうっと頬を膨らませて拗ねてしまったエンフィのその頬に、笑いすぎて目じりに涙を貯めながらキスをした。

「もう、そんなことしたって誤魔化されないんだからね」
「わらってごめん。でも、あまりにもかわいくて」
「もう、またそんなことを言う」
「本当だよ。エンフィ、オレにとっては君のすべてがかわいいんだ。もちろん、君が気にしているところも愛おしい。ほら、口をあけて」
「ん……」

 テーブルに並べられた料理は、ほとんど空になっている。最後に残った里芋を彼女の口に指先で入れたあとキスをした。

 先ほどまで、食器とカトラリーの音、彼らの声が賑やかに鳴り響いていたはずなのに、今では彼らの吐息と唇を合わせた際に生じるリップ音と淫らな水の音しかしない。

「エンフィ、いい?」
「ええ、私もあなたが欲しい」

 イヤルは、10日ほど王都で里芋事業の新規開拓をするために不在だった。領地にいる間も、詐欺師にだまし取られたために行った借金返済と領民のためにずっと駆け回っている。

 こうしてふたりきりのゆっくりした時間は久しぶりだ。もう新婚とはいえない3年目にもかかわらず、彼らの心は新婚当時のように貪欲に互いを求めあう。

 イヤルに、蒸気してあからんだ頬潤んだ瞳をして見上げてくるエンフィの猛烈な色香にくらくらしそうなほどの眩暈に似た何かが襲う。その衝動のまま彼女を抱き上げると、短い日の光に干されたふわふわのベッドのある寝室に急いだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...