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温かい鴨のスープとこの地方の特産品で作られたサラダ、それとエンフィの実家から送られてくる穀物で手作りしたバケッドなどが並んでいた。平民よりも質素であろう、あまりにもささやかな夕食を囲む。
ふたり用のテーブルは、互いのために若干小さく作られており、優しい木目のオーク材は手入れが行き届いているため艶やかに光っている。これは、並んで座る彼らが、新婚当時に自分たちで作った逸品だ。ところどころ小さな傷があるものの、そのどれもがふたりにとって大切な思い出が刻まれており、エンフィは、このテーブルに座る今に幸せを感じていた。
イヤルは、愛しい彼女が手間暇かけて作った料理に舌鼓を打ちながら、隣に座る彼女の好物である揚げた里芋の甘辛煮を小さな口に放り込んだ。
「ん……。もう、イヤルったら。里芋料理が上手にできたから、全部あなたに食べてほしいのに」
「ははは、オレはエンフィの作った料理はどれも好きだ。この親指サイズの里芋もね、ほくほくで美味しい。でも、10個もいらないかな。だから、残りは君が食べてくれ」
外はサクサクで中はほくほくの里芋は、ひとつ食べたらとまらない。これからもっと寒くなる真冬に向けて、免疫を高め、腎機能アップや腸内環境の改善など、体全体の体調を良くし、さらに美肌効果も高い里芋は、この地方の特産品の一つである。
特にこの地方の里芋の効果は絶大で、王都でも大人気だ。この効果は、詐欺師に騙された2年ほど前にイヤルの知人が発見し、以来この里芋を食べたいと、貴婦人たちがこぞって買い求めたため、里芋のおかげで失った経済の立て直しが2年ほどで光が見えてきたのもある。
「ん、ありがと。あーん、これを食べ始めたらずっと食べちゃうんだけど。太ったらあなたのせいよ」
「ははは、エンフィはやせすぎているくらいだから、もっと食べてふっくらしても全然大丈夫だよ」
「や、やせすぎ……ふっくら……」
エンフィは、イヤルの言葉に、頬に里芋を忍ばせたままそっと胸元を見下ろした。今日もばっちりぺったんこだ。
「やっぱり、ふっくらのほうが、いい?」
「え? エンフィいきなりなにを?」
イヤルは、眉をハの字にしてエンフィを見上げながらおずおずそんなことを言い出す妻に戸惑う。今の今まで里芋の話をしていたはずなのに、彼女がどうして悲しそうなのかさっぱりわからなかった。
「えー……と。その……ほら、男の人は大きいほうがいいんでしょ? セバスがえらんだマイヤだってメロンみたいに大きいし。私のは、ほら、これだもん」
「は?」
少々頭が混乱したイヤルは、彼女が何を言いたいのかはっきり理解するまで数秒を要した。そして、彼女の視線の先を一緒に見た瞬間大笑いした。
「ぷ、ぷぷ。はははは、エンフィ、いきなり何を言い出したのかと思ったら。ぷぷ、ははははは」
「笑うなんてひどいわ。私は真剣に」
「は、ははは。そうだね、真剣な話だね。はは」
なかなか収まらない彼の笑いが部屋中に響く。そして、ぷうっと頬を膨らませて拗ねてしまったエンフィのその頬に、笑いすぎて目じりに涙を貯めながらキスをした。
「もう、そんなことしたって誤魔化されないんだからね」
「わらってごめん。でも、あまりにもかわいくて」
「もう、またそんなことを言う」
「本当だよ。エンフィ、オレにとっては君のすべてがかわいいんだ。もちろん、君が気にしているところも愛おしい。ほら、口をあけて」
「ん……」
テーブルに並べられた料理は、ほとんど空になっている。最後に残った里芋を彼女の口に指先で入れたあとキスをした。
先ほどまで、食器とカトラリーの音、彼らの声が賑やかに鳴り響いていたはずなのに、今では彼らの吐息と唇を合わせた際に生じるリップ音と淫らな水の音しかしない。
「エンフィ、いい?」
「ええ、私もあなたが欲しい」
イヤルは、10日ほど王都で里芋事業の新規開拓をするために不在だった。領地にいる間も、詐欺師にだまし取られたために行った借金返済と領民のためにずっと駆け回っている。
こうしてふたりきりのゆっくりした時間は久しぶりだ。もう新婚とはいえない3年目にもかかわらず、彼らの心は新婚当時のように貪欲に互いを求めあう。
イヤルに、蒸気してあからんだ頬潤んだ瞳をして見上げてくるエンフィの猛烈な色香にくらくらしそうなほどの眩暈に似た何かが襲う。その衝動のまま彼女を抱き上げると、短い日の光に干されたふわふわのベッドのある寝室に急いだ。
ふたり用のテーブルは、互いのために若干小さく作られており、優しい木目のオーク材は手入れが行き届いているため艶やかに光っている。これは、並んで座る彼らが、新婚当時に自分たちで作った逸品だ。ところどころ小さな傷があるものの、そのどれもがふたりにとって大切な思い出が刻まれており、エンフィは、このテーブルに座る今に幸せを感じていた。
イヤルは、愛しい彼女が手間暇かけて作った料理に舌鼓を打ちながら、隣に座る彼女の好物である揚げた里芋の甘辛煮を小さな口に放り込んだ。
「ん……。もう、イヤルったら。里芋料理が上手にできたから、全部あなたに食べてほしいのに」
「ははは、オレはエンフィの作った料理はどれも好きだ。この親指サイズの里芋もね、ほくほくで美味しい。でも、10個もいらないかな。だから、残りは君が食べてくれ」
外はサクサクで中はほくほくの里芋は、ひとつ食べたらとまらない。これからもっと寒くなる真冬に向けて、免疫を高め、腎機能アップや腸内環境の改善など、体全体の体調を良くし、さらに美肌効果も高い里芋は、この地方の特産品の一つである。
特にこの地方の里芋の効果は絶大で、王都でも大人気だ。この効果は、詐欺師に騙された2年ほど前にイヤルの知人が発見し、以来この里芋を食べたいと、貴婦人たちがこぞって買い求めたため、里芋のおかげで失った経済の立て直しが2年ほどで光が見えてきたのもある。
「ん、ありがと。あーん、これを食べ始めたらずっと食べちゃうんだけど。太ったらあなたのせいよ」
「ははは、エンフィはやせすぎているくらいだから、もっと食べてふっくらしても全然大丈夫だよ」
「や、やせすぎ……ふっくら……」
エンフィは、イヤルの言葉に、頬に里芋を忍ばせたままそっと胸元を見下ろした。今日もばっちりぺったんこだ。
「やっぱり、ふっくらのほうが、いい?」
「え? エンフィいきなりなにを?」
イヤルは、眉をハの字にしてエンフィを見上げながらおずおずそんなことを言い出す妻に戸惑う。今の今まで里芋の話をしていたはずなのに、彼女がどうして悲しそうなのかさっぱりわからなかった。
「えー……と。その……ほら、男の人は大きいほうがいいんでしょ? セバスがえらんだマイヤだってメロンみたいに大きいし。私のは、ほら、これだもん」
「は?」
少々頭が混乱したイヤルは、彼女が何を言いたいのかはっきり理解するまで数秒を要した。そして、彼女の視線の先を一緒に見た瞬間大笑いした。
「ぷ、ぷぷ。はははは、エンフィ、いきなり何を言い出したのかと思ったら。ぷぷ、ははははは」
「笑うなんてひどいわ。私は真剣に」
「は、ははは。そうだね、真剣な話だね。はは」
なかなか収まらない彼の笑いが部屋中に響く。そして、ぷうっと頬を膨らませて拗ねてしまったエンフィのその頬に、笑いすぎて目じりに涙を貯めながらキスをした。
「もう、そんなことしたって誤魔化されないんだからね」
「わらってごめん。でも、あまりにもかわいくて」
「もう、またそんなことを言う」
「本当だよ。エンフィ、オレにとっては君のすべてがかわいいんだ。もちろん、君が気にしているところも愛おしい。ほら、口をあけて」
「ん……」
テーブルに並べられた料理は、ほとんど空になっている。最後に残った里芋を彼女の口に指先で入れたあとキスをした。
先ほどまで、食器とカトラリーの音、彼らの声が賑やかに鳴り響いていたはずなのに、今では彼らの吐息と唇を合わせた際に生じるリップ音と淫らな水の音しかしない。
「エンフィ、いい?」
「ええ、私もあなたが欲しい」
イヤルは、10日ほど王都で里芋事業の新規開拓をするために不在だった。領地にいる間も、詐欺師にだまし取られたために行った借金返済と領民のためにずっと駆け回っている。
こうしてふたりきりのゆっくりした時間は久しぶりだ。もう新婚とはいえない3年目にもかかわらず、彼らの心は新婚当時のように貪欲に互いを求めあう。
イヤルに、蒸気してあからんだ頬潤んだ瞳をして見上げてくるエンフィの猛烈な色香にくらくらしそうなほどの眩暈に似た何かが襲う。その衝動のまま彼女を抱き上げると、短い日の光に干されたふわふわのベッドのある寝室に急いだ。
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