完結 R18 WRONG─モンスター伯爵様、ふつつかな名ばかり妻ですが、どうぞよろしくお願いします

にじくす まさしよ

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過去との決別

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 国がオームさまのために準備してくれた家は、都心の少し離れた場所だった。もともと、とある伯爵家のものだったが、令息が可愛らしい平民に入れあげ、婚約者である公爵令嬢を悪女として糾弾して陥れようとしたことから返り討ちになり、一気に没落したらしい。
 なんとも、どこの三流劇なのだといいたいほど、眉唾ものの嫌な曰くつきではあるものの、領地で過ごしていたあのボロ家、んんっ、オームさまの思い出の温かい家よりもはるかに頑丈で手入れが行き届いている。

 予め来てたファラドたちによって、その家はきれいに磨き上げられていた。

 ここから実家までは、馬車で30分という距離なのだ。だから、この家をもらったのかもとオームさまの優しい気持ちに胸が温かくなる。

 実は、今回の功績と、以前、オームさまの功績が公には支払われていなことも問題しされた。
 実際は、とんでもない額が、オームさまの領地に注ぎ込まれたわけなのだが、それはもともと国の事業の範疇だ。
 当時の財務担当の責任者たちによるオームさまという英雄を蹴落とすための裏のやりとりをリークされるわけにもいかず、戦争の功績に見合った報奨金や年金を受取ることになったのである。

 オームさまを主役にした大々的にパーティが開かれ、彼の周囲にはたくさんの人だかりができた。

 かつて、こぞって彼のことを悪く言っていた人たちの、見事な掌返しに辟易した頃、美しい婦人が近づいてきた。その人物を認めるやいなや、海が真っ二つに分かれるように人の道が出来た。

「オーム、久しぶりね。泣く泣く別れてから、あなたのことを思わなかった日はないのよ?」
「……」

 深くVの字を刻んだデコルテラインに、太ももの付け根まで入ったスリット、背中は、おしりの谷間が若干見えるか見えないかくらいまであいていて、ぴたっとしたセクシーなドレスを着ている。
 薄い絹のような生地だから、まるで裸のような出で立ちだ。周囲の男性たちが、鼻の下を伸ばしてへらへら彼女をなめるように見ていてキモチワルイ。

 彼女の夫はどこにいるのだろう。この、公衆わいせつ罪ぎりぎりグレーの生き物を、しっかり管理していて欲しいものだ。

「ねぇ、あなた♡ この場に華やぎをもたらした方はどなた?」
「ん? あー、じゅ、じゅーる♡ 君は、知らなくていいよ」

 彼女に、オームさまの半径3メートルは近づいてほしくない。彼が、彼女のことを毛嫌いしていたことは聞いていても、順当にいけば彼と結婚していた人だから。
 わたくしは、これみよがしにオームさまに甘えた声でしなだれかかる。わたくしの意図を察してくれたのか、オームさまなりに応じてくれた。棒読みだけど。なんなら、♡まではーとって言ってたけど。

 因みに、参考文献は、ルーぴょん♡ハニーたん♡だ。

「まあ、あなたがオームの奥様。まあ、なんてかわいらしい方。ふふふ、申し遅れましたわ。わたくし、オームの元婚約者のヘンリー・Mイングクタンス・コイル・エイチと申しますの。時勢のいたずらで、わたくしがオームと離れ離れになったからといって、こんな女性を妻にするしかなかっただなんて、ね。あら、失礼しましたわ」

 彼女が、わたくしの頭から爪先まで品定めをして、小馬鹿にした笑みを浮かべる。色気のイの字もない小娘と嘲笑しているのがあからさまだった。

 かっちーん

「ああ、あなたが、オームさまのあらぬ悪評が流れた途端、元いた愛人との真実の愛を打ち明けて、慰謝料を払うどころか彼の財産をネコババしたあげく、ないことないこと言いふらした、情のかけらもなかった元婚約者ですか。あら失礼。ほほほ、世間知らずの小娘の戯言を本気になさったら、目尻のシワやほうれい線が深く刻まれますわよ。現にお胸のトップが、かなりおヘソに近くなってません? 少しはバストの筋力を鍛えては?」

 言葉にベールの一枚すらない喧嘩を売られたのだから、3倍にして返してやった。すると、周囲の女性陣たちからはくすくすと笑い声や、男性陣の、色っぽいが若さには勝てないななどという声が聞こえてくる。

「まああああ。なんて失礼な。これだから、今どきの子は礼儀がなってないのよ。オーム、あなた、いくら窮地だったからって、こんな性格の悪いヘビ女を妻にしたなんて、どうかしてるわ」

 あらあら、かわいいハムちゃんが、牙を向いて威嚇してきた。ワットくんの威嚇はかわいかったけど、こいつのは全くかわいくない。
 そっちが威嚇してくるのなら、わたくしも威嚇しちゃうわよ、と、ヘビ獣人としてありったけの殺気を放った。すると、彼女だけでなく、周囲の人々まで震え上がってしまう。オームさまは平気そうだったけど、やりすぎた。反省。

「先に喧嘩をふっかけてきたのはそちらでしょう? 夫がいる身でありながら、わたくしの愛する人の名を呼び捨てにして下品な娼婦のようにいいよってくるなんて。恥というものをご存知ないのかしら? 大人の女性の加齢臭を消すためとはいえ、香水がきつすぎません?」

 わたくしは事実をあるがままに言っただけなのだけれど、彼女には大ダメージを与えることに成功したようだ。よっしゃ、さらに追い打ち!

「ねぇ、おばさん」
「なっ、おばっ! おばさんですってぇ?」

 兄の元婚約者が、女性におばさんと言われることが一番女には効果的なのよと聞いたことがある。なので実践してみると、これまたクリティカルヒットだったようだ。

 しかし、このくらいでは、オームさまの屈辱を晴らすには足らなさすぎる。

 もういっちょ、何か口撃のワードがないかなーと考えていると、オームさまがわたくしの腰をそっと抱き寄せた。

「ジュール、もうそのへんで。エイチ夫人、昔のよしみで色々配慮いただいていたようだが、この通り、俺は、若くて可愛くて賢くてどんな状況になっても俺を見捨てずに支えてくれる最高の妻を得ることができた。あなたが去ってくれたおかげでな。婚約解消の際に、我が家から得た多額すぎる金銭に関しては、俺も合意しているし不問にするが、今後、俺や妻にちょっかいをかけてくるようなら容赦しない。わかったら、さっさと夫か愛人のところに戻れ」

 オームさまのとどめの口撃に、彼女は酸欠の魚さながらに口をぱくぱくさせるばかり。再び時の人となったオームさまに、公衆の面前でこれほど言われたのだ。彼女の社交界の立場はもうないだろう。

 一向に立ち去ろうとしなかったので、オームさまはわたくしの腰に手を回したままそこから離れたのであった。



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