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ルーメンたちのおかげで、オームさまはここに来たときよりも元気になっているように見える。わたくしは、彼のおかげで歩ける状態だ。体よりも心が疲労困憊しているから、辛うじて、だけど。
あのまま地の底でいるわけにはいかないから、どちらからともなく立ち上がって、出口に向かっていった。
しかしながら、わたくしが今着ているのはオームさまのシャツ一枚。靴どころか靴下もなく裸足のため、彼が背中におぶってくれている。広くてがっしりした背中に体をあずけると、やっぱり男性に対する嫌悪感がわかない。先程は、極度の緊張状態だったからだと思っていたのに、今も平気なまま。
となると、答えは一つだと思った。
(わたくし、オームさまのことを……)
わたくしが100%平気な男性はこの世界ではひとりだけ。真実は一つ。
導き出した答えによると、それは、兄という存在である。
(要するに、ここに来て夫婦だけど契約だし、オームさまからは嫌らしさを感じないもの。親しい家族になったことで、お兄さまのように思えるようになったんだわ)
そうとわかれば、オームさまとは兄と同じように普通に接することができる。それほど考えずとも答えが出て自身の問と答に納得したわたくしは、オームさまとこれまで以上に会話が弾みそうだと確信する。
それにしても、オームさまは、強いだけでなく記憶力も素晴らしい。この領地のほぼ全域にわたる、縦横無尽の炭鉱の経路をほぼ把握されていた。しかも、単なる鳥瞰図的な視点ではなく、立体的に。
「すごいですわ……完璧な空間認知力があるなんて」
「時間をかけて自分で歩いて覚えたからな。それほど大したことはない。ただ、わかっているのは大きな炭鉱の7割ほどなんだ。前にも言ったと思うが、秘密裏に小さな坑道を掘って功績を盗んでいた奴らも多いから、アリの巣のようになっている部分や崩れて入れない場所も多い」
落ちた場所は、まだ地上に近いところだったらしい。そこから、比較的広くて頑丈な坑道を道なりに進めば地上に出られるとのことだった。
永久の牢獄に囚われたかと思われた惨劇は、もうじき終わりを迎える。とんでもない雪山の登山になった。それというのも、わたくしの無理なお願いのせいだ。ルーメンたちがいなければ、どうなっていたかと思うと背筋が凍る。もう二度と、オームさまの言葉を軽視しないようにしようと心に決めた。
わたくしの体に、なるべく衝撃を伝えないように歩いてくれるオームさまの背中で、彼にこれ以上の負担がかからないようにしっかり体を保持していると、オームさまが咳ばらいをした。
「ごほん、あー。ジュール、聞きたいことがあるんだが。言いたくなければ答えなくていい」
「はい、なんでもお聞きください。オームさまにお答えできないことは、ほとんどありません」
一体、どんな質問があるのだろう。
今後のわたくしの考えのことか、領地の展望のことか、兄の支援が得られるのかどうか、様々な質問の内容の憶測が頭に浮かぶ。命の恩人である彼が聞きたいことならなんでも答えようと、半瞬の迷いなく答えた。
「ジュール、さっきの光るパスタの束はなんだ? 知っているのだろう?」
「へ? パスタの束? 領地のことや、これからのことじゃなくて、でございますか? わたくし、もう無理に視察に連れて行って欲しいなど言いませんわ」
まさか、ルーメンのことを聞かれるとは思わなかった。それくらい、ルーメンの存在はわたくしにとって当たり前のことだったから。
「いや、それじゃない。視察は、安全な近場なら一緒に行っていいと判断した。ジュールは思っていた以上に、体力も準備や雪道の歩き方などの知識もあったから、頭ごなしに単なるご令嬢だと決めつけていたことは撤回する。領地やこれからのことは、まあ、問題が山積みだが、ひとつひとつ積み重ねていけばなんとかなる。いざとなれば、じぃさんばぁさんたちを無理やり拉致してこの地から逃げればいい。ジュールとのこれからについては、あー、帰ってから、契約内容について変更などをおいおい話し合いたいと思っている。そんなことよりも、あの光るパスタの束については、読んできた文献や伝説、童話などを思い返してみてもわからないんだ。ジュールはあれらと親しく話をしていたし、俺が死なずにすんだのは、あれのおかげだろう? あのまま、俺が死んでしまっていれば、炭鉱の底に取り残されたジュールも助からなかっただろう。機密事項かもしれないが、よければ俺に教えて欲しい」
オームさまは、きっと何よりもルーメンたちのことを聞きたかったにちがいない。わたくしは、死の淵にいた彼とふたり無事なことに嬉しすぎて、彼のそういう疑問などに気が付かなかった。良く考えてみれば、彼じゃなくてもルーメンたちの存在は謎だし、わたくしと会話していることも疑問だらけだっただろう。こっちから説明すべき問題だったのに、反省。
「あれは……、機密事項というか、秘密にしていたほうが何かといいので、兄にも話したことがありません。ですが、オームさまも関係者みたいなので話していいと思います神様の使いです。ひとつは、わたくしの魂を。もうひとつは、オームさまの魂を守護している存在ですわ」
「魂を守護する神の使い? そのような存在、聞いたことがない。賢者たちは知ってるかもしれないが」
「賢者様でもご存じないかと。この世界中で、わたくし以外、知っている者はいないはずです。話せば長くなるのですが……」
わたくしは、この世界に転生してから、初めてルーメンのことを他人に話したのであった。
あのまま地の底でいるわけにはいかないから、どちらからともなく立ち上がって、出口に向かっていった。
しかしながら、わたくしが今着ているのはオームさまのシャツ一枚。靴どころか靴下もなく裸足のため、彼が背中におぶってくれている。広くてがっしりした背中に体をあずけると、やっぱり男性に対する嫌悪感がわかない。先程は、極度の緊張状態だったからだと思っていたのに、今も平気なまま。
となると、答えは一つだと思った。
(わたくし、オームさまのことを……)
わたくしが100%平気な男性はこの世界ではひとりだけ。真実は一つ。
導き出した答えによると、それは、兄という存在である。
(要するに、ここに来て夫婦だけど契約だし、オームさまからは嫌らしさを感じないもの。親しい家族になったことで、お兄さまのように思えるようになったんだわ)
そうとわかれば、オームさまとは兄と同じように普通に接することができる。それほど考えずとも答えが出て自身の問と答に納得したわたくしは、オームさまとこれまで以上に会話が弾みそうだと確信する。
それにしても、オームさまは、強いだけでなく記憶力も素晴らしい。この領地のほぼ全域にわたる、縦横無尽の炭鉱の経路をほぼ把握されていた。しかも、単なる鳥瞰図的な視点ではなく、立体的に。
「すごいですわ……完璧な空間認知力があるなんて」
「時間をかけて自分で歩いて覚えたからな。それほど大したことはない。ただ、わかっているのは大きな炭鉱の7割ほどなんだ。前にも言ったと思うが、秘密裏に小さな坑道を掘って功績を盗んでいた奴らも多いから、アリの巣のようになっている部分や崩れて入れない場所も多い」
落ちた場所は、まだ地上に近いところだったらしい。そこから、比較的広くて頑丈な坑道を道なりに進めば地上に出られるとのことだった。
永久の牢獄に囚われたかと思われた惨劇は、もうじき終わりを迎える。とんでもない雪山の登山になった。それというのも、わたくしの無理なお願いのせいだ。ルーメンたちがいなければ、どうなっていたかと思うと背筋が凍る。もう二度と、オームさまの言葉を軽視しないようにしようと心に決めた。
わたくしの体に、なるべく衝撃を伝えないように歩いてくれるオームさまの背中で、彼にこれ以上の負担がかからないようにしっかり体を保持していると、オームさまが咳ばらいをした。
「ごほん、あー。ジュール、聞きたいことがあるんだが。言いたくなければ答えなくていい」
「はい、なんでもお聞きください。オームさまにお答えできないことは、ほとんどありません」
一体、どんな質問があるのだろう。
今後のわたくしの考えのことか、領地の展望のことか、兄の支援が得られるのかどうか、様々な質問の内容の憶測が頭に浮かぶ。命の恩人である彼が聞きたいことならなんでも答えようと、半瞬の迷いなく答えた。
「ジュール、さっきの光るパスタの束はなんだ? 知っているのだろう?」
「へ? パスタの束? 領地のことや、これからのことじゃなくて、でございますか? わたくし、もう無理に視察に連れて行って欲しいなど言いませんわ」
まさか、ルーメンのことを聞かれるとは思わなかった。それくらい、ルーメンの存在はわたくしにとって当たり前のことだったから。
「いや、それじゃない。視察は、安全な近場なら一緒に行っていいと判断した。ジュールは思っていた以上に、体力も準備や雪道の歩き方などの知識もあったから、頭ごなしに単なるご令嬢だと決めつけていたことは撤回する。領地やこれからのことは、まあ、問題が山積みだが、ひとつひとつ積み重ねていけばなんとかなる。いざとなれば、じぃさんばぁさんたちを無理やり拉致してこの地から逃げればいい。ジュールとのこれからについては、あー、帰ってから、契約内容について変更などをおいおい話し合いたいと思っている。そんなことよりも、あの光るパスタの束については、読んできた文献や伝説、童話などを思い返してみてもわからないんだ。ジュールはあれらと親しく話をしていたし、俺が死なずにすんだのは、あれのおかげだろう? あのまま、俺が死んでしまっていれば、炭鉱の底に取り残されたジュールも助からなかっただろう。機密事項かもしれないが、よければ俺に教えて欲しい」
オームさまは、きっと何よりもルーメンたちのことを聞きたかったにちがいない。わたくしは、死の淵にいた彼とふたり無事なことに嬉しすぎて、彼のそういう疑問などに気が付かなかった。良く考えてみれば、彼じゃなくてもルーメンたちの存在は謎だし、わたくしと会話していることも疑問だらけだっただろう。こっちから説明すべき問題だったのに、反省。
「あれは……、機密事項というか、秘密にしていたほうが何かといいので、兄にも話したことがありません。ですが、オームさまも関係者みたいなので話していいと思います神様の使いです。ひとつは、わたくしの魂を。もうひとつは、オームさまの魂を守護している存在ですわ」
「魂を守護する神の使い? そのような存在、聞いたことがない。賢者たちは知ってるかもしれないが」
「賢者様でもご存じないかと。この世界中で、わたくし以外、知っている者はいないはずです。話せば長くなるのですが……」
わたくしは、この世界に転生してから、初めてルーメンのことを他人に話したのであった。
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