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 わたくしたちは、オームさまを中心とした丸テーブルの席につく。オームさまを囲むようにワットくんとわたくし。わたくしの隣にルクス、ワットくんとルクスの間にファラドという席順だ。

 ファラドとルクスは、着席を断っていたが、オームさまだけでなくワットくんやわたくしに勧められたこともあり、席に着いた。

 今日の夕食は、

「俺から話をする前に、ワット、何か言うことがあるだろう?」
「兄上?」
「ジュールに対して、お前はきちんと謝罪をしていない。お前は、世間の悪評などが事実と異なることで俺に対しては良い印象で考えていた。ところが、ジュールに対しては、最初から敵意に満ちた発言をしていた。噂を鵜呑みにした、自分の感情だけで。そうだな?」
「は、はい……」

 オームさまの向こうで、ワットくんがしょげている。しょげすぎて、そのままハムスターになって砂に潜っていきそうなほどだ。

「オームさま、それは、ワットくんは、あとで、兄上が嘘の噂で傷ついたことがあったから、反省したとおっしゃっていましたわ。だから、オームさまに事の真偽をお聞きになられたのです。ですから、そんな風に言わなくても……」

 わたくしは、本当ならふたりの会話に割り込むべきではない。だけど、敬愛している兄から厳しい視線と口調を投げつけられたワットくんは、まだ14歳。一応、当事者であるわたくしから、ワットくんのフォローをしたほうがいいと判断した。

「ジュール、ワットを庇う優しい気持ちはわかる。だが、これに関して口を出さないでくれないか? ワットは、自分で悪いところに気づいた。そのことは、弟を誇らしく思う。だが、ジュールに対しての無礼な言動は看過できない。ジュールは、俺の、あーおれの、つ、まなんだからな」

 途中まですらすら話していたオームさまは、最後のほうがカミカミだ。たしかに、押しかけ名ばかり妻だけど、そこまで不満や嫌悪感を露わにしなくていいのに、とちょっとだけ不満に感じる。

「兄上、僕は、あとで謝ろうと思っていたんだ」
「あととはいつだ? こういうことは、時が経てば経つほど謝罪しにくくなるものだ。きちんと、皆がいるここで、謝罪しなさい。ただし、それをしないのであれば、今すぐこの部屋から出ていき、二度とこの家の門をくぐるな。留学先に戻って勉学に励むがいい。卒業まではこれまで通りの支援を続けてやろう」

 弟を大事にしているだろう彼が、これほど厳しいことを言うなんて。あとで、わたくしとふたりっきりでの謝罪でもかまわない。だけど、これはけじめでもあり、しっかり優劣を示すための措置でもある。名ばかりだけど、一応は妻であるわたくしが、この家にとってワットくんよりも立場が上なのだ、と。
 わたくしも、自分の妹や弟がオームさまに失礼なことをすれば、あれほどではないにしても、厳しく言うだろうと思う。

「……」

 4人の前で、自分の愚かな行動をを認めるのは、とても抵抗と羞恥があるにちがいない。それでも、ワットくんならできる。そう信じて、心の中で握りこぶしを作って頑張ってと応援する。
 オームさまもファラドもルクスも同じみたい。ワットくん自身は、わたくしに謝罪することとオームさまの厳しい言葉を考えるだけで精一杯で、皆の温かい光を宿した瞳に気づかないようだった。

「も……」

 ワットくんが、一文字を口から出した。わたくしたちの体が、同時に少し前のめりになる。

(この山を越えたら、その先は、いつもの優しいオームさまが待っているわ。頑張れ、頑張ってーワットくん)

 口に出して、エールを送ることができない。この気持ちが届けとばかりに、わたくしはワットくんを見つめた。

「申し訳、ございませんでした……。ジュールさんが、へび獣人というだけで、兄上が食べられたという馬鹿げた話を、確かめもせず信じ込んでしまいました。ヘンリーさんへのいじめをしていたことも。今思えば、どうしてあれほど簡単に信じたのかわからないほど、当時は無我夢中で……。本当は、最近のへび獣人たち捕食する者たちが、安易に他種族を食料にしないことをわかっていたんです。授業の近代史で学んでいましたし、兄上が食べられたから帰りたいと訴えたとき、先生もまさかと言っていましたから。ここに帰るまで、何度も調べる時間もチャンスもあったのに。僕は、結局、兄上が見ず知らずの女性に、取られたことが悔しかっただけだったんです。頭ごなしに怒鳴りつけてしまい、本当にすみませんでした」

 頭を下げながら、そう言った彼の声が震えている。心の底からの言葉なのが、痛いほど伝わってきた。わたくしは、感動というだけでは足らない、温かい気持ちがこみあげて来て、ワットくんを抱きしめたくなった。

「及第点と言ったところか。ジュール、すまない。ワットには、まだまだ学術だけでなく、様々な教育が必要だろう。庇うわけではないが、両親から受けるべきしつけや教育が受けることができなかったんだ。今後のワットの成長を信じて、ここは許してやってはもらえないか?」

 正直、全く怒っていないんだけど、あれが一般の令嬢や王族に対してなら大問題になる。わたくしは、きゅっと唇を結んだあと、つんっと顎をあげた。

「許します。もう二度と、思い込みで、人を傷つけるような言動はなさらないようにしてください。それが、謝罪を受け入れる条件ですわ」
「寛大な言葉、痛み入ります……。二度とないよう、今後はしっかり、自己研鑽にはげもうと思います」

 通常、未成年の場合、両家の代表が話し合う。本人は謝罪だけで、あとは、被害者側が、金銭や山、土地などといった謝罪の形を求められることが多い。
 そう言ったことも含めて、ワットくんは少しずつ覚えて行って、素敵な青年になれるといいなと思った。

「ふふふ、オームさま、ワットくんはとても賢くて勇気のある素敵な殿方ですわね」
「ああ、自慢の弟だ」

 オームさまの短い言葉に、うつむいていたワットくんが顔をあげる。その目からは、だばーっと涙があふれ出ていた。

「ワット、今後は何かあったら、先ずは俺に相談するんだぞ? 俺がいなかったら、ファラドだってルクスだっている。ジュールも、お前の味方になってくれる、頼もしい人なんだからな」
「うん、うん……ぐすっ」

 オームさまが、愛しい守るべき弟に、なんとも温かい瞳で頭を撫でている。優しい大きな手の下で、ワットくんは泣きながら、でも、嬉しそうにしていた。
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