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「ワット、まだ幼かったお前を、この国から遠い場所に留学させた理由を覚えているか?」
「は、はい……戦争が終わった途端、それまで英雄扱いだったのに、国の中央が兄上を恐れて悪者にして、ダブリュー家の根も葉もない悪評判が立ち、僕を安全でそんな噂に煩わされないように、です」

 わたくしは、ワットくんの隣に立って、一緒に彼の話しを真面目に聞いている。ワットくんはというと、怒られると緊張して震えていた。その姿は、ぷるぷる震えているハムちゃんそのものだ。
 かわいそかわいい姿に、思わず彼の肩をぽんぽん叩く。

「ワットくん、単なる誤解のせいだったのだから、オームさまは怒っていらっしゃらないと思うわ。そうでしょう、オームさま? わたくしも無関係じゃないし、一緒に聞くから落ち着いて。ね?」

 オームさまを見ると、やはりというか少しは怒っていたいみたい。わたくし相手じゃなくても、ワットくんの態度は問題だらけなのだから、それもそうだろう。だけど、肝心のわたくしがこんな風に言ったものだから、オームさまは心の中の負の感情をコントロールするかのように、ふぅーっと長い息をついた。

 すると、一瞬で緊迫した場の空気がほんの少し和らぐ。

 少しは慰めになったのか、ワットくんがこちらを見て、ちょっと驚いたあと肩の力を抜いた。
 ただ、わたくしが肩を叩いたとき、オームさまが一瞬目を細くしてワットくんを睨んだ気がするが、オームさまを見ると、普段通りの雰囲気のままだった。やはり、単なる気の所為だったようだ。

「え、お前、じゃなくて、ジュールさんは何も悪くないのに……」
「ふふふ、ワットくんはわたくしの義弟なんだから、おねえちゃんとしてそばにいるわ。迷惑かしら?」
「迷惑、じゃない。あの、ありがと……」

 うわぁ、彼からありがとうという言葉が聞けるなんて。思わず鼻血がでそうなほど愛くるしい。今すぐ、このハムちゃんを抱っこしていいかなとか、ちょっと邪な気持ちが芽生える。

 わたくしたちの感情が落ち着いたことを見計らったのか、オームさまが話の続きを始めた。

「その件は、概ねその通りだ。あとは、この国だけの問題だけではなく、国家間の話になる。この国にとって俺は有益だったが、相手国にとっては……これから、友好国としてよりよい関係を築かねばらなない両国の、特になんの罪もない人々にとって、俺の存在は厄介なものだ。それは、ワットにも理解出来ると思う」
「それは……。でも、戦争してたんだからしょうがないじゃないですか。我が国だって、相当数の犠牲があったんです。当時、兄上は必死に命令を遂行していただけでしょう?」
「……そう言ってくれるワットや、ファラドにルクス、そして今はジュールがいるから、俺はそれでじゅうぶんなんだ」
「だけど、だからといって、兄上だけに罪をなすりつけて、それまでの功績をなかったことにして、更に賠償金を請求して根こそぎ奪っていくことはしなくても良かったんじゃないですか? もともと、国が戦争なんて起こさなかったら良かった話ですし。兄上に助けられたはずの人々ですら、未だに兄上を悪くいうなんて、僕は……悔しいし、悲しいし、何もできない自分が情けないです」
「ワットくん……」

 ぎゅっと拳を握るワットくんの気持ちがひしひしと伝わってくる。せめて、財政と、無意味な悪評さえなければ、まだ思春期のこのコはこれほど傷つかなかっただろう。

 ワットくんの話は、今は国中の人々が知っていることだ。わたくしは、かける言葉が何一つ見つからず、オームさまがどう答えるのかを待った。

「ワット、ありがとう。ただ、一部誤解というか、いらぬ心配をかけていたんだな。金がないのは、まあ、皆が思っているように、国に取り上げられたわけじゃないんだ。ヘンリーには取られたのは事実だが。噂話にしても、ちょっと事情があってな。俺はなんとも思っていない」

「え?」
「は?」
「ええ?」
「うそ」

 何がどう誤解しているというのか。モンスターと呼ばれていることは本当で、婚約も破棄され、今でもこの家の台所事情が業火なのも事実なのに。

 ファラドたちの驚愕した表情からすると、彼らも聞かされていなかったようだ。

「お前ももう14だし、この際だから、誰にも伝えてなかった事も含めて、皆に全て打ち明けようと思う」

 ここじゃなんだからと、5人揃って一番広い食堂に向かう。そこで、ルクスが作ってくれた料理を食べながら、彼の話しを聞くことになった。
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