15 / 32
8
しおりを挟む
「ワット、まだ幼かったお前を、この国から遠い場所に留学させた理由を覚えているか?」
「は、はい……戦争が終わった途端、それまで英雄扱いだったのに、国の中央が兄上を恐れて悪者にして、ダブリュー家の根も葉もない悪評判が立ち、僕を安全でそんな噂に煩わされないように、です」
わたくしは、ワットくんの隣に立って、一緒に彼の話しを真面目に聞いている。ワットくんはというと、怒られると緊張して震えていた。その姿は、ぷるぷる震えているハムちゃんそのものだ。
かわいそかわいい姿に、思わず彼の肩をぽんぽん叩く。
「ワットくん、単なる誤解のせいだったのだから、オームさまは怒っていらっしゃらないと思うわ。そうでしょう、オームさま? わたくしも無関係じゃないし、一緒に聞くから落ち着いて。ね?」
オームさまを見ると、やはりというか少しは怒っていたいみたい。わたくし相手じゃなくても、ワットくんの態度は問題だらけなのだから、それもそうだろう。だけど、肝心のわたくしがこんな風に言ったものだから、オームさまは心の中の負の感情をコントロールするかのように、ふぅーっと長い息をついた。
すると、一瞬で緊迫した場の空気がほんの少し和らぐ。
少しは慰めになったのか、ワットくんがこちらを見て、ちょっと驚いたあと肩の力を抜いた。
ただ、わたくしが肩を叩いたとき、オームさまが一瞬目を細くしてワットくんを睨んだ気がするが、オームさまを見ると、普段通りの雰囲気のままだった。やはり、単なる気の所為だったようだ。
「え、お前、じゃなくて、ジュールさんは何も悪くないのに……」
「ふふふ、ワットくんはわたくしの義弟なんだから、おねえちゃんとしてそばにいるわ。迷惑かしら?」
「迷惑、じゃない。あの、ありがと……」
うわぁ、彼からありがとうという言葉が聞けるなんて。思わず鼻血がでそうなほど愛くるしい。今すぐ、このハムちゃんを抱っこしていいかなとか、ちょっと邪な気持ちが芽生える。
わたくしたちの感情が落ち着いたことを見計らったのか、オームさまが話の続きを始めた。
「その件は、概ねその通りだ。あとは、この国だけの問題だけではなく、国家間の話になる。この国にとって俺は有益だったが、相手国にとっては……これから、友好国としてよりよい関係を築かねばらなない両国の、特になんの罪もない人々にとって、俺の存在は厄介なものだ。それは、ワットにも理解出来ると思う」
「それは……。でも、戦争してたんだからしょうがないじゃないですか。我が国だって、相当数の犠牲があったんです。当時、兄上は必死に命令を遂行していただけでしょう?」
「……そう言ってくれるワットや、ファラドにルクス、そして今はジュールがいるから、俺はそれでじゅうぶんなんだ」
「だけど、だからといって、兄上だけに罪をなすりつけて、それまでの功績をなかったことにして、更に賠償金を請求して根こそぎ奪っていくことはしなくても良かったんじゃないですか? もともと、国が戦争なんて起こさなかったら良かった話ですし。兄上に助けられたはずの人々ですら、未だに兄上を悪くいうなんて、僕は……悔しいし、悲しいし、何もできない自分が情けないです」
「ワットくん……」
ぎゅっと拳を握るワットくんの気持ちがひしひしと伝わってくる。せめて、財政と、無意味な悪評さえなければ、まだ思春期のこのコはこれほど傷つかなかっただろう。
ワットくんの話は、今は国中の人々が知っていることだ。わたくしは、かける言葉が何一つ見つからず、オームさまがどう答えるのかを待った。
「ワット、ありがとう。ただ、一部誤解というか、いらぬ心配をかけていたんだな。金がないのは、まあ、皆が思っているように、国に取り上げられたわけじゃないんだ。ヘンリーには取られたのは事実だが。噂話にしても、ちょっと事情があってな。俺はなんとも思っていない」
「え?」
「は?」
「ええ?」
「うそ」
何がどう誤解しているというのか。モンスターと呼ばれていることは本当で、婚約も破棄され、今でもこの家の台所事情が業火なのも事実なのに。
ファラドたちの驚愕した表情からすると、彼らも聞かされていなかったようだ。
「お前ももう14だし、この際だから、誰にも伝えてなかった事も含めて、皆に全て打ち明けようと思う」
ここじゃなんだからと、5人揃って一番広い食堂に向かう。そこで、ルクスが作ってくれた料理を食べながら、彼の話しを聞くことになった。
「は、はい……戦争が終わった途端、それまで英雄扱いだったのに、国の中央が兄上を恐れて悪者にして、ダブリュー家の根も葉もない悪評判が立ち、僕を安全でそんな噂に煩わされないように、です」
わたくしは、ワットくんの隣に立って、一緒に彼の話しを真面目に聞いている。ワットくんはというと、怒られると緊張して震えていた。その姿は、ぷるぷる震えているハムちゃんそのものだ。
かわいそかわいい姿に、思わず彼の肩をぽんぽん叩く。
「ワットくん、単なる誤解のせいだったのだから、オームさまは怒っていらっしゃらないと思うわ。そうでしょう、オームさま? わたくしも無関係じゃないし、一緒に聞くから落ち着いて。ね?」
オームさまを見ると、やはりというか少しは怒っていたいみたい。わたくし相手じゃなくても、ワットくんの態度は問題だらけなのだから、それもそうだろう。だけど、肝心のわたくしがこんな風に言ったものだから、オームさまは心の中の負の感情をコントロールするかのように、ふぅーっと長い息をついた。
すると、一瞬で緊迫した場の空気がほんの少し和らぐ。
少しは慰めになったのか、ワットくんがこちらを見て、ちょっと驚いたあと肩の力を抜いた。
ただ、わたくしが肩を叩いたとき、オームさまが一瞬目を細くしてワットくんを睨んだ気がするが、オームさまを見ると、普段通りの雰囲気のままだった。やはり、単なる気の所為だったようだ。
「え、お前、じゃなくて、ジュールさんは何も悪くないのに……」
「ふふふ、ワットくんはわたくしの義弟なんだから、おねえちゃんとしてそばにいるわ。迷惑かしら?」
「迷惑、じゃない。あの、ありがと……」
うわぁ、彼からありがとうという言葉が聞けるなんて。思わず鼻血がでそうなほど愛くるしい。今すぐ、このハムちゃんを抱っこしていいかなとか、ちょっと邪な気持ちが芽生える。
わたくしたちの感情が落ち着いたことを見計らったのか、オームさまが話の続きを始めた。
「その件は、概ねその通りだ。あとは、この国だけの問題だけではなく、国家間の話になる。この国にとって俺は有益だったが、相手国にとっては……これから、友好国としてよりよい関係を築かねばらなない両国の、特になんの罪もない人々にとって、俺の存在は厄介なものだ。それは、ワットにも理解出来ると思う」
「それは……。でも、戦争してたんだからしょうがないじゃないですか。我が国だって、相当数の犠牲があったんです。当時、兄上は必死に命令を遂行していただけでしょう?」
「……そう言ってくれるワットや、ファラドにルクス、そして今はジュールがいるから、俺はそれでじゅうぶんなんだ」
「だけど、だからといって、兄上だけに罪をなすりつけて、それまでの功績をなかったことにして、更に賠償金を請求して根こそぎ奪っていくことはしなくても良かったんじゃないですか? もともと、国が戦争なんて起こさなかったら良かった話ですし。兄上に助けられたはずの人々ですら、未だに兄上を悪くいうなんて、僕は……悔しいし、悲しいし、何もできない自分が情けないです」
「ワットくん……」
ぎゅっと拳を握るワットくんの気持ちがひしひしと伝わってくる。せめて、財政と、無意味な悪評さえなければ、まだ思春期のこのコはこれほど傷つかなかっただろう。
ワットくんの話は、今は国中の人々が知っていることだ。わたくしは、かける言葉が何一つ見つからず、オームさまがどう答えるのかを待った。
「ワット、ありがとう。ただ、一部誤解というか、いらぬ心配をかけていたんだな。金がないのは、まあ、皆が思っているように、国に取り上げられたわけじゃないんだ。ヘンリーには取られたのは事実だが。噂話にしても、ちょっと事情があってな。俺はなんとも思っていない」
「え?」
「は?」
「ええ?」
「うそ」
何がどう誤解しているというのか。モンスターと呼ばれていることは本当で、婚約も破棄され、今でもこの家の台所事情が業火なのも事実なのに。
ファラドたちの驚愕した表情からすると、彼らも聞かされていなかったようだ。
「お前ももう14だし、この際だから、誰にも伝えてなかった事も含めて、皆に全て打ち明けようと思う」
ここじゃなんだからと、5人揃って一番広い食堂に向かう。そこで、ルクスが作ってくれた料理を食べながら、彼の話しを聞くことになった。
21
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説
エリート魔術師様に嫌われてると思ったら、好き避けされてるだけでした!
小達出みかん
恋愛
治療院の魔術師助手として働くイリスには、苦手な上司がいる。エリート魔術師のサイラス・スノウだ。クールな彼は、なぜかイリスにだけ冷たい。しかしある日、体調不良で病欠したサイラスに荷物を届けに行くと、発情期を迎えた彼に「なぜあなたがここに? そうか、これは夢なんですね」と押し倒されてしまう!
実はサイラスは、この世界にただ一人の「淫魔」の生き残りであった。
発情期には、人間とセックスしないと飢えてしまう彼のために、イリスは仕方なしに、月一の発情期に付き合う取引を結ぶが、彼はなぜか恋人のように溺愛してきて――。
※普段はクールな天才魔術師…のはずが、実はじっとり執着系で愛が激重、そんなヒーローを、ヒロインがビビりつつもよしよし…と受け入れてあげるラブコメ、です。
※病院みたいな施設を舞台にした、なんちゃってファンタジー世界です、設定などゆるふわです…
【完結】匂いフェチの変態公爵様に執着されていると思っていたら、どうやら私フェチだったようです。
Tubling@書籍化&コミカライズ決定
恋愛
シャルロッテ・オーランドルフ辺境伯令嬢は兄のリヒャルトと共にオーランドルフ騎士団に所属し、日々鍛錬に励んでいた。
軍の規律を守り、隊長にまで上りつめた男勝りのシャルロッテ。
そんな彼女に対して、兄の親友であるアルフレッド・カレフスキー公爵閣下はたびたび辺境伯領を訪ねて来てはまとわりつき、匂いを嗅いでくる変態公爵……だと思っていた。
兄の話だとアルフレッドと距離が近いのは自分だけではないらしい。
その日から気持ちが晴れないシャルロッテはアルフレッドと関わらない為に騎士団の遠征に行く事を父に申請する。
その事実を知らされたアルフレッドが一か月後の国王陛下の生誕祭で取った行動とは…?
堅物な女騎士が匂いフェチの変態公爵に快楽で堕とされる、ただただ甘いだけの恋愛ファンタジーです。
基本ヒーローが攻めですが途中逆転もありです。
8話からはヒーロー視点になります。
〇R18シーンがある話には※マークが入っています。
〇話の半分以上はR18です、ご注意ください。
〇本文はだいたい4万文字程度と短めになります。
〇ご都合主義の完全なる創作物なので、ゆるい目で読んでやってください。
〇最後は完全にハッピーエンドです。
名乗る程でもありません、ただの女官で正義の代理人です。
ユウ
恋愛
「君との婚約を破棄する」
公衆の面前で晒し物にされ、全てを奪われた令嬢は噂を流され悲しみのあまり自殺を図った。
婚約者と信じていた親友からの裏切り。
いわれのない罪を着せられ令嬢の親は多額の慰謝料を請求されて泣き寝入りするしかなくなった。
「貴方の仕返しを引き受けましょう」
下町食堂。
そこは迷える子羊が集う駆け込み教会だった。
真面目に誠実に生きている者達を救うのは、腐敗しきった社会を叩き潰す集団。
正義の代行人と呼ばれる集団だった。
「悪人には相応の裁きを」
「徹底的に潰す!」
終結したのは異色の経歴を持つ女性達。
彼女は国を陰から支える最強の諜報員だった。
「君を愛していくつもりだ」と言った夫には、他に愛する人がいる。
夏八木アオ
恋愛
◆鈍感で優柔不断なヘタレヒーローx高慢で強情な高嶺の花ヒロイン。立場に縛られた未熟な二人が幸せになるまでのお話です◆
幼い頃から王妃になるべく教育を受け、王太子妃になる予定だった公爵令嬢のイリス。
聖女と呼ばれる、異世界から来た女性に王太子妃の座が渡されることとなり、突然婚約解消された。今度はヴェルディア領の次期公爵、ノア・ヴァンデンブルクと結婚することになったが、彼が従妹のアンナに懸想しているのは社交界では有名な話である。
初夜、夫はイリスをベッドに誘わず、少し話をしようと持ちかけた。白い結婚を望まれるのだろうかと推測していたが、ノアはイリスの手を取って、彼女を愛するつもりだと告げた。
※他サイトにも掲載中
落ちこぼれ魔女・火花の魔法改革!〜孤独なマーメイドと海の秘宝〜
朱宮あめ
児童書・童話
火花は天真爛漫な魔女の女の子。
幼なじみでしっかり者のノアや、臆病だけど心優しい親友のドロシー、高飛車なダリアンたちと魔法学校で立派な魔女を目指していた。
あるとき、授業の一環で魔女にとって魔法を使うための大切な燃料『星の原石』を探しに行くことに。
火花とドロシーが選んだのは、海の中にある星の原石。
早速マーメイドになって海の中を探検しながら星の原石を探していると、火花は不思議な声を聴く。
美しくも悲しい歌声に、火花は吸い寄せられるように沈没船へ向かう。
かくして声の主は、海の王国アトランティカのマーメイドプリンセス・シュナであった。
しかし、シュナの声をドロシーは聴くことができず、火花だけにしか届かないことが発覚。
わけを聞くと、シュナは幼い頃、海の魔女・グラアナに声を奪われてしまったのだという。
それを聞いた火花は、グラアナからシュナの声を取り戻そうとする。
海の中を探して、ようやくグラアナと対峙する火花。
しかし話を聞くと、グラアナにも悲しい過去があって……。
果たして、火花はシュナの声を取り戻すことができるのか!?
家族、学校、友達、恋!
どんな問題も、みんなで力を合わせて乗り越えてみせます!
魔女っ子火花の奇想天外な冒険譚、ここに誕生!!
婚約破棄のその先に悪魔が笑って待っていた。
ノワール
恋愛
伯爵令嬢リシュベルには麗しい騎士の婚約者がいた。
だが、策略により、大勢の前で婚約破棄を宣言されてしまった。愛されていると思ったのに。
あまりのショックでその場に倒れてしまったリシュベルを、じっと見つめる人物がいた。
どうやら、悪魔に捕獲されることは初めから決まっていたようです。
ずっと不幸だったリシュベルが、幸せ?になっていくシンデレラストーリーです。
但し、そこで待ち受けていたのは、優しい王子様ではなく、残酷な悪魔だった。
*流行りの婚約破棄ものではありません。
*R18は予告なく
*人外(悪魔)は出てきません。
*ネタバレになるためタグは随時追加です。
⭐︎なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる